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朝の冷たい空気の中、アランの馬車が伯爵家の門前に停まった。セリーヌは玄関で伯爵夫人に見送られながら、胸の奥で静かに決意を固めていた。今朝こそ、アランと話をするべきだ。これ以上、この気まずい沈黙を続けるわけにはいかない。
扉が開き、アランが変わらぬ冷静な表情で彼女を迎えた。
「おはようございます、アラン様。」
「おはよう。」
セリーヌの挨拶に短く応えると、アランは視線を外に向けたまま馬車へ促した。彼のいつも通りの態度に、セリーヌは内心で小さく息をついた。
馬車が走り出すと、車輪の音だけが二人の間に響く。いつもならその沈黙に耐えながら、窓の外の景色を見つめてやり過ごすセリーヌだったが、今朝は違った。手のひらを軽く握りしめ、勇気を振り絞って声を出す。
「アラン様……少しお話ししてもよろしいですか?」
アランは一瞬だけ眉を動かし、彼女に視線を向けた。
「なんだ?」
その冷静な声に一瞬ためらいかけたが、セリーヌは唇を噛んで言葉を続けた。
「私たちは婚約者同士ですのに、ほとんど会話もありません。このままでいいとは思えないのです。どうか……私の話を聞いていただけませんか?」
アランはしばらく黙ったまま彼女を見つめていたが、やがて少しだけ姿勢を崩し、腕を組んだ。
「話してみろ。」
その短い言葉に背中を押され、セリーヌは静かに口を開いた。
「昨日、学園で……リリアさんとアラン様がご一緒にいらっしゃるところを拝見しました。王子のために彼女を気遣われるのは理解しています。ですが、私にとっては――」
一瞬言葉が詰まる。だが、アランの無表情な視線に負けじと続けた。
「――やはりつらいのです。私たちは婚約しているのに、アラン様が他の方とあのように親しくされている姿を見るのは……どうしても耐えられません。」
アランの目がわずかに細まった。それは驚きか、苛立ちか、セリーヌには判別がつかなかった。
「リリア嬢は、王子の特別な相手だ。彼女が注目を浴びている今、王子の立場を守るために僕が行動しているだけだ。」
「それは分かっています……けれど、それだけではありませんよね?」
セリーヌの言葉に、アランの顔が険しくなる。
「君は何を言いたいんだ?」
セリーヌは彼の問いに少しだけためらった。けれども、胸の内に抱えた疑問をどうしても抑えることができなかった。
「アラン様、リリアさんに……特別な感情をお持ちなのではありませんか?」
その言葉に、アランは沈黙した。馬車の中には再び重い空気が流れる。セリーヌは答えを待ちながら、不安に駆られる心を必死に抑えた。
やがて、アランが低い声で答える。
「君にとって、僕がどう見えているかは分からない。だが、一つ言えるのは、僕が何を考え、どう行動するかは僕の自由だということだ。」
その冷たい言葉に、セリーヌの胸が締め付けられる。彼の答えは曖昧なままだが、それ以上問い詰めることはできなかった。
「……分かりました。」
セリーヌは小さくそう答えると、視線を膝の上に落とした。馬車の中には再び沈黙が訪れ、車輪の音だけが響き続けた。
馬車が学園に近づく頃には、セリーヌの胸にはこれまで以上の孤独感が広がっていた。それでも彼女は、泣きそうになるのを堪えながら、馬車の窓の外に視線を向けていた。




