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第十二話「昔のこと」

グロではないですが、【残酷な描写】が多く登場します。お気をつけください。




 忌み子、と呼ばれることが多かった。


 アルファの父さんとアルファの母さん。戦争に使う道具を作って売り急激な成長を遂げた社長の父さんと、歴史ある一門の末裔の豪商の娘であった母さん。その二人が結婚して生まれたのが、双子の姉さんと僕だった。


 アルファの両親から生まれて、姉さんもアルファ。でも、僕だけオメガだった。


 八歳で最終的に性は決定する。そこまではあまり自分の性について知らなかったし、比較的優しくしてもらった。服とか物がなくなっていることはしょっちゅうだったし、買い物に置いていかれることも多かったけれど、暴力を振るわれることはなかった。勉強も少しは教えてもらえたし、ご飯だって普通にもらえた。あったかい部屋で寝られたし、お風呂にも入れた。


 何より、姉さんと話せた。遊べた。ちょっと喧嘩することだけだってできたし、仲直りもできた。でも、八歳で結局、全部変わってしまった。


 性別は変わらなかった。僕がオメガだと初めて知ったのは、蔵に閉じ込められてからだった。埃の匂いのする、敷地の端の物置と変わらない蔵に僕は入れられて。


 「他者を誘惑する、卑猥な、汚れた性別」。男のくせに、存分に男の役割を果たすことができず、女のように孕む。それだけにとどまらず、他人を誑かす、性に奔放な不浄な者。


 それが僕だと、蔵の見張りに教えられた。その人が僕の服を脱がせて押し倒した時は姉さんがちょうど来てくれて、その人はいなくなった。でも父さんからの当たりはさらに強くなり、それをきっかけに姉さんも昼間に来ることは無くなった。薬を渡され始めたのもこの頃だ。


 体を洗うことはおろか、食事もままならなくなった。二日に一回くらいご飯がぐちゃぐちゃになって蔵の前に置いてあって、うまくいけば一週間に一回くらい服と体を洗えた。女中さんの誰かが服とかを全部洗ったあとの盥の水で、やっと服と体や髪を洗えるんだ。


 姉さんはずっと変わらずに蔵に来てくれた。夜にこっそり寝巻きのまま来ては、ご飯とかお菓子とかをくれた。でもある日、それが父さんに気づかれてしまった。


 姉さんは悪くない。僕の性別が姉さんを狂わせた。父さんはそう言って、何度も何度も僕を叩いた。直接叩かれるのなんて初めてで、ただ泣いて過ぎ去るのを待つしかなかった。


 そこからは、もう誰も来てくれなくなった。居場所はなくて、僕がいないのにいるような感覚で。それは、叩かれるよりずっと辛かった。姉さんに教えてもらった知識を使って本を小さな窓の光で読んだり、体が大きくなるにつれて寝る場所が狭くなって片付けたり。


 やっぱりたまに外に出ることができて、でももう誰とも話せない。きらきらに着飾った姉さんは、父さんや母さんと同じ「汚いものを見る」目をしていたから。


 しばらくして、話したこともない女中さんが来た。いきなり外に引っ張り出されて、髪や体を洗われて髪を切られた。外は眩しくてチカチカした。それがたぶん十四のときだ。


 女中の服を渡されて、仕事をすることになった。なぜか薬の量はさらに増えていて。生理やヒートがこの年齢になったら来るはずだったけれど来なかったから、安全だと判断されたのだろうと思った。薬がそれらを抑えるものだと知ったのは最近だ。


 姉さんの部屋とかも掃除できるようになって、何より寝るときに布団と毛布がもらえるようになった。ご飯も一日に一回以上食べられるようになった。階段の下の部屋はそれなりに広かったし、家の中だからそこまで寒くもなかった。それもしばらく続いて、そうしたらいきなり父さんに「嫁になれ」と言われた。


 莉愛の代わりにお前を嫁がせる。オメガだから子作りも可能だ、ちょうどいい。初めて家の役の立てるんだ、感謝しろ、と。


 なんで僕なのかはわからない。ただ姉さんが婚約を拒んで、僕が代わりになったんだということはぼんやりとわかった。


 姉さんと久しぶりに話して、いろいろな作法を教えてもらった。冷たい態度だったけれど、本当にいろいろ教えてもらった。そして決して男性だと気づかれるなと言われた。それ以上にオメガだと気づかれるなと。


 そのまま、東雲様に会って、ここに来た。なんで僕だったのか、それは僕にもわからない。



◇◇◇



 まとまらず、思い出しながら話していたから、すごく長くなってしまった。でも、遥歩さんはもちろん、和也様も何も言わずにただ話を聴いてくれていた。


 和也様の耳に入れていい話だったのかと後悔したけれど、和也様は眉をきつく寄せたまま、そうかと呟いた。


「これ以上お前を問い詰めても無駄そうだな。金田家の考えはわからないんだろう」


金田、は僕のもともとの名字だ。つまり、父さんたちの考えが僕にはわかっていないんだろう?と確認していることになる。


 わからないから頷くと、じゃあいいよと言われた。


「お前に俺らを害する気はなさそうだし。父さんには黙っておく。お前がうっかり話したときに何の援護もしないけど、少しは協力するよ」


悪い奴じゃなさそうだし。そう小さく付け足して、和也様がソファから降りる。


「遥歩。それでいいか」


「坊ちゃんのご決定ですから」


ん、と小さく返事をして和也様が部屋に戻って行く。


 …見逃して、もらえた?


「お前も早く寝ろよ。体調崩したら、父さんが心配するんだから。…それと、和奏に言ったら許さないから。あいつ、お前のこと信用してるっぽいし」


そう言って、和也様は部屋のドアを閉める。


 和奏様に言うな、の言葉に頷いて、僕はやっと息を吸った。


 極度の緊張から解放されたせいか、それとも過去を思い出したせいか。いまさら、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。


「お風呂に行きましょうか。和也様もああ言っておられましたものね」


遥歩さんが、そっと誘導してくれた。その後について歩いていると、姉さんの声がふっと頭の中に過ぎる。さっき思い出したせいなんだろうけれど。


『オメガだって、気づかれちゃダメだからね。絶対に』


 真剣な目で、僕の肩を掴んで顔を覗き込んでいた姉さんを、なぜか思い出す。

 

 家のために、と言われた。それが真実なんだろう。でも、どこか別の思いも感じたような気がした。


 たぶん昔、僕が蔵守りの男に「おそわれ」た時のことを思い出したんだと思う。あんな目に遭わないでほしい、もうこれ以上傷つけられないで。そんな切実な願いが、あったような気がした。


 心配するような「いってらっしゃい」がずっと、耳に残っている。








○補足のぷち設定○


はるの本名は 金田 はる(現在は結婚したため東雲はる)

姉さん、と作中で呼ばれている、双子の姉は金田 莉愛(りあ)

父さん、は金田 隆一(りゅういち)

母さん、は金田 美紗(みさ)


と言います。


そろそろ莉愛が本文で登場予定です。

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