『雪と怠惰の臨時休業』
白雲ゲレンデは、県内でもっとも地味なスキー場である。
スローガンは「ほどほどの斜面、ほどほどの値段、ほどほどの客足」。
従業員の間では「ほどほどに死にたい職場」と陰で呼ばれている。
十二月の終わり。
年末年始営業を控え、従業員たちはまるで雪だるまのように疲弊していた。
リフト係のミホは、朝から無表情でゲートに立ちながら「ここに立ってると、私まで雪になる」とつぶやいた。
整備班のケンジは、雪上車の中でエンジン音に紛れて「誰かが営業止めてくれねぇかな」とこぼした。
そして支配人のサトウは、事務所の隅で冷めたカップ麺を啜りながら、心の底で祈っていた。
「このまま大雪で道が封鎖されればいいのに。」
だが、自然は人間の希望ほど器用ではない。
雪は降るが、道は塞がらない。
客は増えるが、給料は変わらない。
そこでミホが言った。
「もういっそ、“営業できません”ってお知らせ出しちゃえばよくないですか?」
サトウは乾いた笑いを漏らした。「どうやって?」
ミホはスプーンで雪をすくいながら、さらりと答えた。
「“安全確認のため”とか、“ちょっとした危険がありそう”とか。
……なんなら、“安全確認に時間がかかる危険な何か”とか。」
ケンジが吹き出した。「おい、それもう爆破予告の一歩手前じゃねぇか。」
「一歩手前ならセーフですよ。ほら、社会って“ギリ健”のほうが強いって言うじゃないですか。」
その言葉に、サトウの中で何かがカチリと音を立てた。
そして彼は、午後のコーヒーをすすりながらメールを打った。
件名:「白雲ゲレンデ 一部エリアの安全確認について」
本文:「不審物のようなものが見つかりました。確認のため臨時休業します。」
——たったそれだけ。たった一文の怠惰。
だが翌朝、その怠惰は地滑りのように拡散していた。
ローカルニュースが取り上げ、SNSでは「白雲ゲレンデで爆発物!?」の見出しが踊った。
中尾オーナーからの電話は火山の噴火のように荒々しかった。
「何をした!?なぜ“爆発物”なんて言葉が出てんだ!」
サトウは震える声で答えた。「そんなこと、一言も……!」
「でも“不審物”って書いたんだろうが!」
「だって、“雪崩の危険”とかよりマイルドじゃないですか!」
「マイルドじゃねぇよ!」
警察が来た。
テレビも来た。
町の喫茶店では「またテロか?」と爺さんたちが興奮し、
スキー客は払い戻しを求めて列を作った。
唯一喜んだのは、従業員たちだった。
ミホは笑って言った。「やっと休めますね。」
ケンジはカップ酒を開け、「これがほんとのホワイト休暇だ」と言った。
その日の午後、ニュースのテロップにこう出た。
《白雲ゲレンデ、不審物騒ぎで休業。従業員の誤報か?》
それをテレビで見たサトウは、湯気の立たない味噌汁を前にしてつぶやいた。
「誤報で済んでよかった……」
だが、その夜。
ニュースは更新された。
《白雲ゲレンデ、再び臨時休業。職員が“脅迫メール”誤送信》
そう、ミホがやらかしたのだ。
「だって、問い合わせが来るから“確認中です”って返そうとしたんですけど、
スマホの予測変換で“確認爆発です”って出ちゃって……」
ケンジが口を開けたまま凍りつく。
サトウは血の気を失いながらも、「それ、天才的だな……」とつぶやいた。
最終的に、警察が正式に「人為的ミス」と発表。
被害はなかった。
ただし、イメージは完全に崩壊した。
シーズン後半、客足は前年比マイナス八割。
その代わり、従業員全員に“長期休暇”が与えられた。
皮肉にも、願いは叶ったのだ。
休暇初日、サトウは町の銭湯で湯船に浸かりながら言った。
「世の中、休みを取るにも命懸けだな。」
ミホは髪を拭きながら笑った。
「人間、働きすぎると“爆発的な解決策”しか思いつかなくなるんですよ。」
「……やめろ、その言葉、ニュースの見出しにされそうだ。」
三人は湯の中で静かに笑った。
雪はまだ降り続いていた。
ゲレンデの斜面は真っ白で、人影はなかった。
それでも、彼らにとっては——それがいちばん美しい風景に見えた。




