表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

『雪と怠惰の臨時休業』

作者: 南蛇井
掲載日:2025/11/07

白雲ゲレンデは、県内でもっとも地味なスキー場である。

スローガンは「ほどほどの斜面、ほどほどの値段、ほどほどの客足」。

従業員の間では「ほどほどに死にたい職場」と陰で呼ばれている。


十二月の終わり。

年末年始営業を控え、従業員たちはまるで雪だるまのように疲弊していた。

リフト係のミホは、朝から無表情でゲートに立ちながら「ここに立ってると、私まで雪になる」とつぶやいた。

整備班のケンジは、雪上車の中でエンジン音に紛れて「誰かが営業止めてくれねぇかな」とこぼした。

そして支配人のサトウは、事務所の隅で冷めたカップ麺を啜りながら、心の底で祈っていた。

「このまま大雪で道が封鎖されればいいのに。」


だが、自然は人間の希望ほど器用ではない。

雪は降るが、道は塞がらない。

客は増えるが、給料は変わらない。

そこでミホが言った。

「もういっそ、“営業できません”ってお知らせ出しちゃえばよくないですか?」


サトウは乾いた笑いを漏らした。「どうやって?」


ミホはスプーンで雪をすくいながら、さらりと答えた。

「“安全確認のため”とか、“ちょっとした危険がありそう”とか。

……なんなら、“安全確認に時間がかかる危険な何か”とか。」


ケンジが吹き出した。「おい、それもう爆破予告の一歩手前じゃねぇか。」


「一歩手前ならセーフですよ。ほら、社会って“ギリ健”のほうが強いって言うじゃないですか。」


その言葉に、サトウの中で何かがカチリと音を立てた。

そして彼は、午後のコーヒーをすすりながらメールを打った。

件名:「白雲ゲレンデ 一部エリアの安全確認について」

本文:「不審物のようなものが見つかりました。確認のため臨時休業します。」

——たったそれだけ。たった一文の怠惰。

だが翌朝、その怠惰は地滑りのように拡散していた。


ローカルニュースが取り上げ、SNSでは「白雲ゲレンデで爆発物!?」の見出しが踊った。

中尾オーナーからの電話は火山の噴火のように荒々しかった。

「何をした!?なぜ“爆発物”なんて言葉が出てんだ!」

サトウは震える声で答えた。「そんなこと、一言も……!」


「でも“不審物”って書いたんだろうが!」

「だって、“雪崩の危険”とかよりマイルドじゃないですか!」

「マイルドじゃねぇよ!」


警察が来た。

テレビも来た。

町の喫茶店では「またテロか?」と爺さんたちが興奮し、

スキー客は払い戻しを求めて列を作った。

唯一喜んだのは、従業員たちだった。

ミホは笑って言った。「やっと休めますね。」

ケンジはカップ酒を開け、「これがほんとのホワイト休暇だ」と言った。


その日の午後、ニュースのテロップにこう出た。

《白雲ゲレンデ、不審物騒ぎで休業。従業員の誤報か?》

それをテレビで見たサトウは、湯気の立たない味噌汁を前にしてつぶやいた。

「誤報で済んでよかった……」


だが、その夜。

ニュースは更新された。

《白雲ゲレンデ、再び臨時休業。職員が“脅迫メール”誤送信》


そう、ミホがやらかしたのだ。

「だって、問い合わせが来るから“確認中です”って返そうとしたんですけど、

スマホの予測変換で“確認爆発です”って出ちゃって……」


ケンジが口を開けたまま凍りつく。

サトウは血の気を失いながらも、「それ、天才的だな……」とつぶやいた。


最終的に、警察が正式に「人為的ミス」と発表。

被害はなかった。

ただし、イメージは完全に崩壊した。

シーズン後半、客足は前年比マイナス八割。

その代わり、従業員全員に“長期休暇”が与えられた。

皮肉にも、願いは叶ったのだ。


休暇初日、サトウは町の銭湯で湯船に浸かりながら言った。

「世の中、休みを取るにも命懸けだな。」


ミホは髪を拭きながら笑った。

「人間、働きすぎると“爆発的な解決策”しか思いつかなくなるんですよ。」


「……やめろ、その言葉、ニュースの見出しにされそうだ。」


三人は湯の中で静かに笑った。

雪はまだ降り続いていた。

ゲレンデの斜面は真っ白で、人影はなかった。

それでも、彼らにとっては——それがいちばん美しい風景に見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ