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転生先はダーツで決定?!たわしなワタシのニューライフ!

作者: 野干かん

 どこまでも無限に続いていそうで、手を伸ばせば届きそうな青の天穹を目にした私は、自身の人生を終えて死後の世界に旅立ったのだと理解する。


 久しく瞳に収めることもなかった青い天穹。

 そこから目を離してしまうのは勿体ないと思うものの、私が今置かれている状況を理解しようと視線を下ろす。


 するとどうだろう、目の前にはこの世のものとは思えない美女が、凛と立っているではないか。


 肌は絹ごし豆腐のような、疵も汚れもない真っ白さ。

 私は豆腐が好きだ。薬味やら醤油をかけて味わうのが一般的なのだというが、雪のように白い豆腐を汚してしまうなど言語道断。

 少しずつ箸先で崩しながら、一口一口味わうことこそが、最良の瞬間といえる。


 髪は、風に揺れる黄金の稲穂を思わせる。

 少し歩けば田園風景が視界の端まで広がる田舎に、私は生まれた。

 カラッとした夏が終われば、アカネトンボが空を自由に飛び回り、コンバインが田畑を駆ける。

 大人たちが木で組んだ稲干し台に掛けた稲と、あの御髪は似ている。

 あぁ、そうだ。興味本位で引っ張って、大人たちに怒られたっけ。


 瞳は…シャインマスカットだろうか。

 一度しか食べたことはないが、あの時の記憶は今でも鮮明に覚えている。

 私にとって高価だったシャインマスカット。一口に食べてしまうのは勿体ないと考え、キャンディを舐めるかのように転がしてみた。

 味はしなかったものの、価値のあるものを口に入れているという高揚感と特別感に感動を覚えた。

 じっくりとまあるいシャインマスカットを味わった後、皮に優しく歯を立ててみると、ハリのある皮はぷつりと弾け甘い果汁と果肉を放り出す。

 貧乏舌だった私にも一口でわかる高級感。

 「人々は味ではなく情報を食べている」なんて、テレビで偉ぶった人が言っていたが、シャインマスカットを食べた私は間違いなく、高級で美味しいものを食べていた。

 もう一つしかないことを惜しみながら、私は最後の一つを口に放り込んだのだ。


 思い出ばかり語ってしまった、いけないいけない。


 私は生前、神という存在を信じてはいなかった。

 だが目の前にいる女性は女神でないはずもない。


 病魔に臥せり、ただ苦しみの中で天井を眺める日々から、私はついに解放されたのだ。嗚呼、なんと慈悲深い。


 しかし意外なこともある。

 神も仏も信じていなかった私だが、死後は三途の川で奪衣婆だつえばに衣服を剥ぎ取られ、懸衣翁けんえおうが罪を計るのとばかり思っていた。

 十王じゅうおうによるあの世の裁判というものも受けてみたかったが、アレらは創作だったのかもしれないと思うと、僅かばかりの切なさが胸をよぎる。


 そんな雑念は捨て去り、美しい女神の許へと足を運ぶと、ころりと笑顔がこぼれ落ちた。


 生前に何度見たか分からない、純粋無垢な子供のような笑顔にも、長く生き多くを知った老人のような笑みでもあるそれは、私の心を綺麗さっぱり洗い流し、次の一歩を進ませる糧にもなる。


 笑顔とはなんと素晴らしいものか。


「ごきげんよう、美しい女神様」

「ごきげんよう。本日はようこそ、この転生の場へお越しくださいました」

「転生の場、ですか?」

「はい。私は死後の魂を別の形へ転生させる職務を拝命した女神にございます」


 ほう、輪廻転生りんねてんしょうと。

 仏の教えを信じる方々は、生と死の苦しみから解放されること、そう輪廻転生からの解放を目的としていたはず。


 教徒でない私にも、悟りを開く機会が与えられるとは、なんたる僥倖。

 来世から、いや今から慈悲ある神々を信仰しよう。


「感謝いたします、女神様。して、この私めは如何なる姿に転生するのでしょうか?」

「実はですね、まだ決まっていないのです」

「ほう?」

「昨年までの前任者は、その生涯に応じて転生する先、姿を決めていたのですが、事務的な決定では些かエンタメ性に欠けると上からのお達しがありまして」


 エンタメ性?神々というのも案外に俗なのかもしれない。

 しかし、神々にも社会があり、お上から何か達し、求められる姿には親しみさえ覚える。

 そう、神々が人を作ったのだと。


「今回からはダーツで転生先を決定します!」


 女神が天を向く向日葵のような笑顔を露わにすれば、円グラフのように様々な転生先が記された回転盤が現れる。


 これはなんだっただろうか。

 テレビで見たことがある気がしなくもないが、記憶から掘り起こすほどのものでもない気がする。


 書かれている転生先というのは。


 エルフ。これは知っている、ファンタジー小説に出てくる美男美女の人種だ。周囲が美男美女であれば、毎日がバラ色に違いないだろう。


 オーク。確か…人を襲うモンスターだったか?まったく違う生涯というのも一興。


 トンボ。はて…生まれ変わるのであれば、ヤゴだと思うのだけど、神様は成体を種として認識するのだろうか?


 パジェロ。…?

 これは一体?…私の知らない生き物だろうか。


 回り始めた回転盤に、好きな場所は選べないのだろうと理解しつつも、新たな生涯を歩める慈悲に私は感謝する。


「ありがとうございます、女神様」


 にこりと微笑んだ女神様は、一本のダーツを私に手渡した。


 これが運命を決める。

 そう思うと手に力が篭もり、指先に汗が滲む。

 どれだけ長い生涯かは分からないが、再びの生を送るのならば楽しいものにしたいと思ったのだ。


 意を決してダーツを投げてみれば、経験がないのにも関わらず真っ直ぐと飛んでいき、トンッと音を立てて回転盤に刺さったようだ。

 回転が速度を落としゆっくりとなる様は、無限にも感じられ、病床に臥せていた時を思い出させる。


 目で文字を捉えられるくらいの速度になると、ダーツは刺さった場所を発見でき、私は目を丸くした。


「転生先は『たわし』です!」

「たわし…」


 随分と無機質な転生先ではあるが、生き物として生涯を終えた身からすれば、無機質なたわしへの転生というのも興味が湧く。


 これからの生涯は、バサバサとした姿となり数多の汚れを落とす、奉仕の時なのだ。


 霞んでいく視界の中で女神だけが微笑んでいて、私の意識は消え去っていく。


―――


 目が醒める、という表現が正しいのかは分からない。

 今のたわしには、周囲を見つめるためのまん丸な目玉がないのにも関わらず、不思議と周囲を眺めることができる。

 柔らかな脳みそがないのにも関わらず、こうしてものを考えることができる。


 不思議だ、ただそう思った。


 周囲を見回してみると、掃除用品コーナーの一角に収められているのだと即座に理解できた。


 隣にあるのはイガグリのように茶色く、折れ曲がった毛虫のような形状をした、標準的なたわしだ。

 生前、たわしのことを深く考えたことはなかったのだが、不思議と思考の内にはたわしに対する知識が植え付けられている。


 たわし。

 漢字で書くと束子たわし

 植物の繊維を束ね、纏めることで生産される清掃用具の一種だ。


 私の材質はヤシの繊維を用いた普通の品で、使い道も調理器具や風呂場の掃除に用いられるのだろう。

 思い出すと病に臥せる前には、頻繁な風呂掃除に用いていた気がする。


 そう、私は清掃用具として奉仕の生涯を送るのだ。


 数日の時が経った。


 たわしというのはそこまで頻繁に買われるものではないらしく、ただ掃除用品コーナーに足を運ぶ人間たちを眺めて過ごしていた。


 そんなある日。指先が綺麗な一人の女性が私を手に取り、買い物カゴに放り込んだのだ。

 嗚呼、ついに私の生涯に光が差しはじめた。


 それからというもの、私は台所を第二の故郷とし鍋やフライパンの洗浄や、野菜の泥落としなどに従事することとなる。

 生前であればそういった扱われ方に不満も表しただろうが、いざたわしとなってからは不思議と満足感が心の内から溢れ出てくるではないか。


 きっと女神様が、たわしとしての生涯が苦にならないよう取り計らってくれたのだろう。なんと慈悲深い。


 溢れ出るこの感情を、私は信仰心だと確信し、心よりの信仰を胸に神々への祈りを捧げる。


 青の天穹より見守る神々よ。素晴らしき生涯を与えてくれたこと、ここに感謝いたします。この生涯が終わろうとも、私は貴方方を信仰し続けることを誓います。


 私が購入されてしばらく。ヤシの繊維でできた身体は、徐々に腐敗を始め、鼻につく悪臭を放ち、身体の一部が剥離を始めた。


 奉仕を始めて二ヶ月弱になる。長く持ったようなのだろう。

 使用後に洗剤を用いて洗い、水に長く浸けないよう保管してくれた女性には感謝の言葉以外ない。


 新しいたわしが台所に置かれると、私は女性に握られ、ゴミ箱に放り込まれてしまう。

 嗚呼、これで二度目の生涯も終わってしまうのだ。

 いざ終わるのだと実感するは、寂寥感が心を駆け抜けながらも、小さな満足感が胸を満たしていった。


―――


 どこまでも続いていそうな青の天穹が視界を覆っている。

 同じ景色を見たのは二ヶ月ほど前だというのにも関わらず、数年から数十年も見ていなかった気もする。


「ごきげんよう、女神様」

「ごきげんよう。二度目の生は如何でしたか?」

「非常に満足のいく、とても素晴らしい経験でした。このような経験をさせていただいたことに、心よりの感謝を申し上げます」

「…そう、お感じになられたのなら、何よりです。…はい」


 女神様は困惑していらっしゃるようだが、なにか粗相をしてしまっただろうか?


「して、私の輪廻転生は続くのでしょうか?」

「ええ、貴方が生前行った悪行の分、貴方の魂が擦り切れ消滅するそのときまで繰り返されます」

「私の罪ですか?」

「はい。貴方が老若男女問わず行った、拷問し、強姦し、殺害し、屍姦した。それらを簡単に清算することはできません」


 なるほど。これは地獄の責め苦の一端だったのか。


「被害者たちは貴方に対して、常ならぬ報いを望みました。故に、これらの意思なき物へと転生させ、その哀れで無情な生涯をエンターテインメントとして消費することが決定したのです」

「なるほど…」


 私は死してなおも、エンターテインメントを誰かに提供できるとは、嗚呼…なんと誇らしいことか。


 ならば私はこれからも輪廻転生を続け、神々や死せる魂たちにエンターテインメントを提供しよう。これこそが、私の使命なのだから!


 インターネットで私の行いを賛美していた者たちも、きっと喜んでいることだろう。

 おいでなさい、あの世はいいところだ。


「さあ、次の転生先を決めましょう!」

「は、はい」


 困惑する女神様は私にダーツを託す。

 次の転生先は何なのか、踊る心のままに私はダーツを投げて微笑んだ。


「嗚呼、楽しみです」


 ダーツはストンと小気味よい音を立てて刺さった。

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