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第六話 令嬢の役目

「見つからない?」

「倉庫から出た形跡がない。倉庫の中はもぬけの殻だった」


思ったよりも早い暗部からの報告を受け、侯爵令嬢の使用人は困惑した。

暗部は優秀で、人探し程度ならすぐに済ませる。処理に時間がかかると思っていた所に、予想外の報告が上がってきた。


「拐った少女は?」

「別の人間が保護した。何処にいるかは判明している。そちらは手出ししないでいいのだろう?」

「そうだ。被害者とはいえ、ただの庶民だ。放っておいて問題ない」


一応、確認したかっただけだ。


口封じにゴロツキ達を早々に処分したかったが、暗部が見つけれないとなると問題になる。


「街から出たのではないのだろう?なら、まだいるはずだ。すぐに見つけ出して処分してくれ」

「…わかった」


焦る使用人に、暗部としての矜恃を守る為に男達は音も無く動き出した。

無駄な努力だとは知らずに。





「レーミア」


ベッドに横たわるレーミアの髪の毛を手で梳きながらアウラは名を呼ぶ。


運び込んだ時は、汚物や血まみれだった身体は綺麗に、何も無かったかのようになっていた。

アウラ自ら肌と髪の手入れをし、手触りのいい寝間着に着替えさせた。


月明かりが差し込む窓をすり抜けるように、拳大の影のようなものがアウラの肩に止まる。


「そう。そういう事ね」


影はそのままアウラの中に沈み込んで消えた。


レーミアの髪を梳く手つきは優しく、アウラは寝顔を見ながら溜息を吐く。


「あなたはどうして欲しい?同じ目にあって欲しい?もっと酷い目にあって欲しい?殺したい?あなたの手で殺したい?あなたはどうしたい?」


静かに問い掛ける。なんと答えられても必ず叶えてみせると思いながら。


「…アウラ」

「!」


一瞬、目覚めたのかと思ったが、寝言のようで、アウラの名前を口にしただけに見えた。


「食べ過ぎはだめ…」

「…」


何とも言えない顔になるアウラ。

確かに、おやっさんの料理は美味しく、食べ過ぎと言われても仕方ない量を食べたような気もする。ただの食事で満たされる事はないとしても。


「そうね。食べ過ぎはよくないわね」


ふふふと笑いながら、アウラはレーミアの額に口付けを落とす。


「不味いモノは態々食べなければいいのよ。食べないなら捨ててしまいましょう。そうしましょうね?レーミア」


寝息を立てるレーミアの頭をひと撫でしてアウラは立ち上がり、霞のように消えていった。





妙な心地悪さに、目をうっすら開ける。

暗い。シーツに手を滑らせるとザラリとした感触。手の平を見ると土で汚れていた。


「?」


むくりと起き上がる。妙に暗い。室内を緩く照らす燭台の明るさがない。それに、何か臭う。

寝ぼけた頭が覚醒するにつれ、困惑が湧き上がってくる。


「ここ、どこ」


寝付きが悪く、ようやっと眠りに付いたベッドの上ではなく、何故か土剥き出しの地面に横たわっていた。


「な、なんで?誰か?!」


呼べば部屋の外で待機している使用人が飛んでくる。しかし、いくら待っても誰も来ない。


「随分と早いお目覚めね?お嬢さん」

「誰?!」


代わりに女の声が聞こえる。周りを見渡しても誰もいない。

ようやっと目が慣れ、隅の方に誰かいるのが見えた。


「誰なの!答えなさい!わたくしを誰だと思って…」

「しー。あまり騒ぐと聞こえてしまうわ」

「な、なにを」

「ウガガァ!ゴアア!」

「ひっ!」

「あらあら、あっちも目が覚めたようね」


石造りの壁。そこに1つの柵扉があり、さっきの雄叫びのような声はそこから聞こえてくる。

困惑と恐怖で声を出せずにいると、隅にいた人物は、腰掛けていた椅子から立ち上がり近付いて来た。


「ここがどこだか分かるかしら?」

「わ、わからない」

「ボルゴイの飼育場よ。で、この部屋は種付け場所」

「は?」

「ボルゴイって繁殖力がすごいらしいわ。相手が同じボルゴイでも、牛でも豚でも哺乳目ならなんでもいいらしいの」

「何をいって」

「で、1番すごいのは。種付けた相手の種類に関係なく、産まれるのはボルゴイになるのだそうよ。全く不思議な生き物よね?」

「そ、それがなんなのよ!あんた誰なのよ!」


幼い子供に言って聞かせるように説明する、目の前の人物が何を言ってるのか分からない。

ボルゴイの繁殖なんて興味無い。関係無い。


「でもね?相手が人間だったらどうなるかは、誰も知らないみたいなの。興味無いかしら?」

「あ、あるわけない!家に帰してよ!お爺様に言いつけるわよ!」

「くすくす」

「何がおかしいのよ!」


目の前の女は、何がそんなにおかしいのか、口元に手を当てて笑う。

へたり込むように座るのに目線を合わせるように腰を屈め、目と鼻の先まで顔を近付け囁くように呟く。


「帰れるわけないじゃない。あなたはここでボルゴイの孕袋になるんだから。子供が出来なくても、ボルゴイの性欲発散には役立つでしょ?」

「なっ…!」

「しぃー。五月蝿い口は閉じましょうね。自殺されても困るから、力が入りにくくしましょうか」

「…!…?!」


声は出なくなり、ガクッと身体に力が入らなくなり、地面へ這い蹲る格好になる。


「こんな布切れはいらないわね」


女は寝間着に手をかけ、乱暴に引き裂きながら奪い取る。


「それじゃ、何日か経ったら様子を見に来るわ。ごきげんよう、孕袋さん。元気な子供が出来るといいわね」


待って!


喉が裂けそうなほどの声は出ず、震えてもどかしく動く腕を伸ばすが届かず。

何故か暗かった室内が急に明るくなり、女は柵扉をゆっくりと空けて霞が掻き消えるように姿を消した。


「ゴ、ゴゴオ」

「ガ?ゴアアア!」


暗がりの柵扉の向こうからのそりと姿を現す。

話に聞いた事はあったが、実物を見るのは初めてで、話聞く通りに、いや、それ以上に醜悪極まりない顔。

脂肪が多いのか、何重にも皮が重なったように見える身体。

体格は豚と同じかやや大きいぐらい。


入って来た2頭は潰れたような鼻を鳴らし、キョロキョロと見渡す。内の1頭がこちらに気付いた。

令嬢は力が上手く入らない手足を動かし後ずさるが、すぐに壁に当たり絶望と恐怖で出したい叫びは出ず、涙と鼻水やら涎で顔面がぐしゃぐしゃになる。


こちらに向かってくる2頭のボルゴイ。

股間から伸びるモノはブルブルと歩く度に揺れ、『種付け部屋』という単語が令嬢の頭の中を駆け巡る。


誰か!助けて!お爺様!お父様!お母様!


近付いてくるボルゴイがイヤにゆっくり見える。

醜悪な顔を更に歪ませ、ニチャアと笑んだような、垂れた舌から落ちたヨダレがボトボトと地面に染みを作る。


ガクガクと震わせる身体にボルゴイの吐息が掛かる。生温かく、臭気たっぷりの吐息が身体の表面を撫で、令嬢は生まれて初めて失禁をした。


ぴちゃぴちゃ


小便をボルゴイが舐めている。

思考が停止した令嬢の横顔に何かが当たる。目だけを動かすとボルゴイの顔が目と鼻の先にあった。


令嬢の記憶はそこで途切れた。


「それじゃあ、何日かしたら様子を見に来るから」

「かしこまりました」

「これ気付け薬ね。あまり使い過ぎると正気を失うから加減してちょうだい」

「はい」


飼育場の管理小屋でアウラは瓶に入った薬を手渡す。

強心剤としても使われる薬物の一種で、使い過ぎると下手な違法薬物よりも危険と言われる代物であった。

貴族なら夜のお供として使われる事もある為、まぁ、加減は分かっているだろうと、深くは言わなかった。


「ちゃんと世話してあげるのよ?」

「わかっております」


アウラは管理小屋を出ていった。

出ていっても使()()()は深く頭を下げたままだった。





「レーミアの様子は?」

「食事は少しだけど取れてるし、医者が言うには、身体の傷は癒えても心の問題が残るだろうと言ってたわ」

「そうか…」


アウラが宿泊するホテルの一室で、静かに眠るレーミアの手を取りながら、父親はアウラに状態を聞く。

運び込まれてからのレーミアの姿しか見てなかったが、いまはすっかりキレイになり、寝息を立てるレーミアを見て、父親は心の底から安堵した。

一日の大半は寝て過ごしているらしく、まだレーミアとは話せていない。

いや、無理に話そうとして、倉庫での出来事を思い出させたくなかった。


アウラから倉庫の中で何があったのか聞いた父親は、あまりの内容に茫然自失になり、我に返ってもとても信じられなかった。

なぜ?俺の娘が何をした?誰だ。犯人は?襲ったという男達は?


「誰がやったんだ?ゴロツキが倉庫を自由に使えるとは考えられない。他の街なら分からんが、この街でそんな事は不可能だ」

「…そうね。ゴロツキ達は行方不明。後ろで糸引いていた人物がいるのは確かだけど、誰かまでは分かってないわ」

「見つけ出してくれ。必ず。この報いは受けさせる」

「ええ。約束するわ。私の大事なモノに手を出したんだもの。必ず、ね」

「あ、ああ」


アウラの凍てつくような笑みを見て、父親はぶるりと身体を震わせる。


「レーミアの面倒は私が見るわ。ご家族にもそう伝えて?」

「しかし…。治療費やらそこまでしてもらう訳には」

「いいのよ。いまはとにかく安静にさせるのが1番なのよ?ご家族には悪いと思っているけれど、なにより大事なのはレーミアでしょう?」

「そう、だな。すまない。レーミアの事をよろしく頼む。出来る事があるならなんでも言ってくれ。金も用意する」

「じゃあ、全て片付いたら、おやっさんの新作料理をご馳走してもらおうかしら?」

「え?は、ははは!わかった!腕によりを掛けて美味いもん食わしてやる!」

「ふふふ、楽しみにしてるわ」


父親は何度も頭を下げながら帰っていった。


「レーミア。どうしたい?」

「…わかんない」

「望みがあるなら叶えてあげるわよ?」

「何も考えたくない」

「死にたい?」

「わかんないよ」

「そう」


レーミアは窓の外を眺めて答える。

アウラはレーミアの頭を優しく撫でながらその日を過ごした。

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