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第四話 少女の笑み

アウラはレーミアから家族が経営している店の話を聞いた時、普通のレストランを想像した。

しかし、実際には大衆食堂と言った方が似合う店構えであった。


「がっかりしたよね?でも!味はここらじゃ1番なんだから!」

「がっかり?何がかしら?」


アウラは本当に分かってないという顔。

レーミアは、アウラが気にしないなら、と店の中へ案内しようとする。


「待て待て待て待て!レーミア!名前呼び、しかも呼び捨てとは、何を考えてるんだ!すみません!ウチの娘が無礼を!」

「お父様、お顔を上げてくださいませ。レーミアは私の友人ですの。友人であれば、呼び捨ては普通の事でしょう?そして、友人のご家族は、私にとって近しい存在でもあるのです。どうか、肩肘張らず、町娘とでも思って接してくださいませ」


絶対無理。その四文字が家族の共通認識である。

だが、レーミアが無邪気に接しているのを見て、俺は料理人だ、と父親は自らの頬をバチン!と叩く。


「わかった!なら、俺の事もお父様呼びはやめてほしい」

「わかりました。では、なんとお呼びすれば?」

「周りの客は『おやっさん』と呼んでるな」

「では、『おやっさん』。レーミアお勧めの美味しい名物料理をお願いしますわ」

「おうよ!」


ハラハラと見ていた母親と姉だったが、父親の滝汗と、態度が変わっても何も言わないアウラを見て、それならばと腹を括った。


「お客様1名ご案内!」

「「いらっしゃいませー!」」

「うふふ。お邪魔致しますわ」


案内され、アウラは食堂の暖簾を潜った。


店内は質素で、数人で囲えるテーブル、厨房が覗けるようなカウンター席。

昼は食堂で、夜は酒飲みが集まる酒場となるようで、手入れと掃除は行き届いており、大衆食堂と聞いたイメージはすっかり払拭された。


「あら?今日は他のお客さんはいらっしゃらないのかしら?」

「今日は定休日でね。アウラ嬢ちゃんだけの貸切だよ」

「ていうのは、偶で、家族でメニューを考えたり、試作したりしてるんです」

「レーミア…。カッコつけた俺がバカみたいじゃないか」

「あら。家族団欒の時にお邪魔してよかったのかしら。申し訳ないわね」

「いやいや!なんというか、まぁ。結果的に良かったというかなんというか」


ただの食堂に貴族が来るなんて前代未聞である。レーミアの希望で定休日に友達を呼びたいと、それを気楽にOK出してしまった過去の自分を殴りたかったが、結果として、他の客を無駄に騒がせる事がなくてよかったと納得する事にした。それで、気分を害されようものなら、どうなるか分かったものではない。


「そうなのね」

「アウラ、こちらへどうぞ」

「ありがとう、レーミア」

「あの…食前酒とかお出しした方が…」

「結構よ。あまりお酒は得意ではないの。お茶をもらえるかしら?」

「でも…」

「アウラがいいって言ってるの!ほら、早く!」


母親と姉は困惑しながら、普段と同じようにお茶を、出来るだけ丁寧に入れてアウラに出す。父親は厨房へ入り、アウラの要望通りに名物料理、ボルゴイを使った調理を始めた。


「アウラ、お願いがあるんだけど」

「なにかしら?」


温かいお茶で口を潤したアウラはレーミアに顔を向ける。


「試作してる料理の味見をして欲しいなぁ、なんて」

「レーミア!」

「かまわないわよ?おやっさんの作る料理が楽しみだわ」


にこやかに微笑むアウラ。その言葉は不思議と父親の耳に入り、気合いを入れねば!と気を漲らせた。

アウラの隣にレーミアが座り、話題を振られた姉もテーブルにつき、母親は父親のサポートで調理は進み、程なくしてテーブルに料理が運ばれてくる。

コース仕立てではなく、様々な種類の料理が並び、見た目の華やかさはないが、実に食欲をそそる匂いが立ち込める。


「美味しそうだわ。これは何かしら?」

「これはね。野菜を使ったスープで、こっちは煮物で」


レーミアや家族の説明を聞きながら、少しずつ食を進めるアウラ。

どれも素朴ながら美味しく、食材の良さ、料理人の腕前。なにより、楽しく会話しながらの食事はアウラを満足させるものだった。

遠い昔にこんな光景があったわね、と回顧するぐらいには。


「さぁて!アウラ嬢ちゃんお待ちかねの名物料理だ!」


父親が満を持してテーブルの真ん中に大皿をドンと置く。

1口大の塊肉、ゴロゴロと根野菜、香草たっぷり効かせた煮込み料理であった。


「ボルゴイは肉質が固めでな。脂肪も多い。締めてすぐならそうでもないんだが、大体はこういう煮込み料理だな。ステーキにする手もあるが、名物料理と言ったらこの煮込み料理が定番だ」

「美味しそうね」

「うん!すっごく美味しいよ!お父さんの作る煮込み料理は1番だからね!」

「よせやい」


鼻下をこすりながら照れる父親をからかうレーミア。

微笑ましく思いながら、アウラは塊肉にナイフを入れる。スッと手応えなく切れ1口。


「!」

「ど、どうかな?」

「…素晴らしいわ」


ただ一言。驚きを隠せず、アウラはしっかりとゆっくり味わう。

ナイフを入れた時にも驚いたが、口に入れ歯を当てればホロホロと解け、肉の味はしっかりあれど、香草が臭み消しと鼻に抜ける香りで、肉の後味をさっぱりしてくれる。一緒に煮込まれた野菜は旨味をたっぷり吸って、これだけでも満足しそうなほどだった。

見た目の色合いからは想像もつかないほどに、味は繊細でどんどんと食は進む。

ひたすら無言で食べ進めるアウラに、家族はホッと胸を撫で下ろし、また家族みんなで食事を再開させた。


最初にレーミアにお願いされた通りに、アウラは試作メニューやそれ以外の料理にもアドバイスをし、目からウロコだ、と父親を感嘆させ、最初は強ばっていた母親や姉も打ち解け、最後にはレーミアの同年代の友達として、普通にアウラと会話が出来るようになっていた。


「とても素晴らしく、美味しい料理だったわ。おやっさん、ありがとう」

「いやいや。こんなに美味そうに食ってくれたら、料理人冥利に尽きるってもんだよ。こっちこそ、たくさん食ってくれてありがとな!アドバイスを活かして、次はもっと美味いもん食わせるからな!」

「楽しみにしてるわ」

「もう!お父さんばっかりズルい!」

「レーミア、あなたにも感謝してるわ。こんなにも暖かな食卓は久しぶりよ」


レーミアの手を取り感謝を告げるアウラ。ボッと顔を赤くし、おやおや?と母親と姉はニマニマと笑う。『もぉー!』とレーミアは憤慨するが、楽しげな笑い声はいつまでも続いた。





「手配は済んだのね?」

「はい」


侯爵令嬢は使用人から報告を受けて笑った。

自分の手で直接下せないのは癪ではあったが、万が一にもこの事が実親や祖父の耳に入るのは避けたかった。


指示した内容は簡単で、ゴロツキをあの娘にけしかけ、少々痛い目にあってもらうだけだ。殺す訳じゃないし、泣き喚いて恥を晒せばいいのよ、とその程度に考えていた。


「それで?いつなの?」

「計画的にしませんと、お父様やお爺様の耳に入ります。念には念を入れませんと」

「そう。ふふふ、その時が楽しみだわ。あの娘には誰に楯突いたのか思い知らせないと」


しかし、使用人はふと疑問に感じた。

確か、お嬢様が騒動を起こした喫茶店での出来事には、2人いなかったか?と。

オレンジ色のワンピースの少女と、あとは…


「何をボサっとしてるの!お茶の用意をなさい!」

「かしこまりました」


思い出せないという事はなんでもない事なんだと、使用人は考えを切り替えて、甘いお茶と甘い菓子を用意する。





アウラは食堂へと頻繁に通っていた。

最初はおやっさんの想像通り、他の客が騒いだりと大変だったが、いつの間にか騒ぎは落ち着き、1人の客としてアウラは店に来ていた。

なんとも不思議だと思いながらも、アウラが食べたい物や、リクエストした食材で新しいメニューを開発したりと、おやっさんや家族は忙しくも過ごしていた。


「レーミア。食材が足りなそうだ。買い出し頼めるか?」

「なら、わたしも行くわ」

「お姉ちゃんはお店お願い!すぐそこだから、大丈夫!」

「そう?じゃ、お願いね」

「アウラ、ちょっと行ってくるね!」

「ええ、気を付けていってらっしゃい」


籠を持って裏口からレーミアは出て行った。その時を最後にレーミアは姿を消した。夜になっても、朝になっても、また夜が来てもレーミアは帰ってこなかった。

世話になってる店や、レーミアが行きそうな場所、先日の喫茶店、どこを探してもレーミアは見つからなかった。

いよいよと、衛兵詰所へ駆け込み娘が失踪したと届出を出すが、家出じゃないのか?と真面目に取り合ってくれない。

店の営業を休む訳にもいかず、気もそぞろに家族は焦燥感に駆られながらも、レーミアの無事を祈った。常連客は話を聞いて行方を探してはくれたが手がかりはなく、ただ時間だけが過ぎていった。


「おやっさん」

「あ?ああ、アウラ嬢ちゃんか。いつものでいいか?」

「今日は食事に来たのではないの。レーミア、見つかったわ」

「なにっ!?ほんとうか!?ど、どこだ!!」

「あなた、落ち着いて!」

「お父さん!!」


思わずと、アウラの両腕を握りしめ揺らしながら迫る父親。母親と姉に背中や腕を殴られ、ハッと気を取り戻しアウラに謝罪する。


「す、すまん。嬢ちゃん」

「いいのよ。案内出来るけど、おやっさんだけついてきてもらえる?」

「わかった。店は閉める。2人とも頼んだぞ」

「わかったわ」

「レーミア…」


本当は2人ともついてきたかったが、アウラの有無を言わせぬ表情と声音に、父親に託して帰りを待つ事にした。どうか無事でいてと祈りながら。


アウラと父親は馬車に乗り、倉庫が立ち並ぶ区画へと来た。その中の1つの倉庫の前で馬車は止まり、2人は降りて倉庫入口に向かう。

扉を開け中に入ると、うっと父親は顔を顰める。粘ついた湿気のような、色んな臭いが立ち込める。そんな中をアウラは気にしたふうでもなく歩を進め、父親は後を追う。

倉庫の中に管理小屋があり、アウラはその前で止まり扉を示す。


「この中に…レーミア、が?」

「そうよ」


震える手でドアノブを握り、上手く力が入らず両手でなんとかドアノブを回して、小屋の中を見回し、隅に不自然に重なった毛布に目が止まる。


「レーミア?」


毛布がビクッと揺れ、その弾みで毛布が剥がれた。


「レーミア!!」


小屋に置かれたランタンに照らされたのは、髪は乱れ、一部しか見えないが、顔には痣や血の跡があり、父親はフラフラと近寄った。


独自に調べていて…

時間が掛かって…

見つけた時には…

男たちは…


後ろでアウラが説明するが、話半分も聞かず、父親はレーミアの前で跪く。ゆっくりと手を伸ばし、毛布を取ろうとしたところで


「いや!来ないで!おとうさん!おかあさん!おねえちゃん!ああああああああ!」

「お父さんだ!大丈夫だ!レーミア!」

「少し、眠らせましょう」

「じょう、ちゃん」


いつの間に近付いていたアウラは、騒ぎ、泣きじゃくるレーミアの頭に手を乗せ何かを呟く。

限界まで見開いていたレーミアの目は次第に閉じ、静かな寝息を立て始めた。


「じょうちゃん、いまのは」

「おまじないよ。大丈夫。眠っているだけだから」


父親はレーミアを大事に大事に抱え上げ、馬車へ乗り込みアウラが宿泊しているホテルへと向かった。

家で治療する、と父親は譲らなかったが、腕のいい医者がいるのと、いまの状態のレーミアに家族は会わない方がいいと諭され父親は折れた。


「レーミアが元気になった時に、しょぼくれたおやっさんがいたら、レーミアはなんて思うかしら?美味しいご飯を食べさせてあげないの?」

「…わかった。時々でいい、俺だけでも様子を見に来てもいいか?」

「もちろんよ。ホテルには話をしておくわ」


後ろ髪引かれる思いで父親はホテルを出て行った。


「さて。私の大事なモノを傷付けたのはダレかしらね。ふふふふふ」


アウラは三日月が弧を描いたような笑みを浮かべた。

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