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第二話 喫茶店

「へぇ…。これがウワサの…」


少女はとある喫茶店に立ち寄っていた。


若い年代、特に女性を主に噂が噂を呼び、今では長時間の行列の果てに、ようやく辿り着くまでになった洋菓子。


小麦とバター、砂糖、ミルクを混ぜた生地を、熱したフライパンで丸く焼く。

焼いたものを重ね、ホイップクリーム、蜂蜜、フルーツなどで飾り付ける。

見目にも楽しませてくれる、『パンケーキ』は瞬く間に人気の菓子となった。


パンケーキを提供する店は数あれど、その中でも一際人気を集める喫茶店があった。

店内は狭く、10人入るのがやっとの広さ。

古風だが落ち着きのある雰囲気で、花や植物、リースで飾られた店内。


注文して待つ間も楽しい。香る紅茶をゆっくりと嚥下すれば、自然と笑みが零れる。

周りの席では連れ立った者達が会話が聞こえる。それらに耳を傾けながら、従業員が出来上がったパンケーキをテーブルに置く。


「どうぞ、お召し上がりください」

「ありがとう。素晴らしい出来ね。待った甲斐があったわ」

「お言葉をありがとうございます。ごゆっくり」

「そうさせてもらうわ」


ナイフを入れるのが躊躇われる。

目で見て、ほのかに温かい生地、飾り付けられたフルーツの瑞々しさ。

十分に目と鼻で楽しんでから、ナイフを入れ口に運ぶ。

程よい甘さでゆっくり咀嚼すれば、口の中で混ざりあった様々な食感。盛られたイチゴの酸味がいいアクセント。

飲み込む。


「ふぅ…。美味しいわ」


紅茶を1口含む。わざと苦味を残した紅茶で口の中をサッパリさせると、次のパンケーキが待ち遠しくなる。


「お客様」

「なにかしら?」

「大変申し訳ありません。店内が混み合っており…その…」

「ああ、ごめんなさいね。1人でテーブル席を占領してしまってたわ。相席なら大丈夫よ」

「ありがとうございます」


2人掛けのテーブルに少女は座っていた。

従業員は萎縮していたが、少女は快く相席を認める。

ほどなくして客が席についた。


「あ、あの!注文を!」

「はい。お伺いします」

「えっと…。こ、コーヒーと『スペシャルデラックスマシマシタワー』をください!」

「コーヒーは苦味が強い飲み物ですが、よろしいでしょうか?」

「はい!大丈夫です!お姉ちゃんに勧められたので!あ!す、すみません!うるさいですよね?」

「気にしないで。ふふ」


顔を真っ赤にしながら、一生懸命に注文する同席者に少女は微笑みかける。

更に、林檎のように顔を真っ赤にしながらも恥ずかしさからか、顔を俯かせ『バカ、私のバカ…恥ずかしい』と小声を洩らす。


湯気が立つコーヒー。

羞恥に震えるカップをカタカタと音を立てながら持ち上げ口にする。


「にがっ…」

「ミルクを入れるといいわよ。甘さは程々にしておくのがいいと思うわ」

「ありがとう、ござい、ます…」


ミルクが入った小瓶を相手に渡す。

初めて同席者は少女の顔を見て、ぽかんとした顔で見つめる。


「あら?何かついてるかしら?」

「口の端にクリームが…。いえ!し、失礼しました!ごめんなさい!あまりにキレイな顔だったので、つい…。ああ!ご、ごめんなさい!」

「クリーム?あら、ホントね。教えてくれてありがとう」


少女はクリームを指で拭い、そのまま口へと運ぶ。少女とは思えない程の妖艶さで、たまたま見かけた別の客は、持っていたフォークを取り落とす。いやに響いた音で慌てている。


「ふふ。貴女はこのお店ははじめて?」

「は、はい!お姉ちゃん…私の姉が教えてくれて、お小遣いを貯めて、やっと来れたんです。あ、関係ない話です、よね。すみません」

「ワタシも初めて来たのよ。とても美味しいから通ってしまいそうだわ。でも甘い物ばかり食べると太っちゃうわね」

「い、いえ。全然、私なんかよりキレイですし太ってないです!あ!ご、ごめんなさい!」


少女の顔を見る事もなく、謝る事を繰り返す。

それに気分を害すでもなく、取り留めのない会話を楽しむ。


「お待たせしました。『スペシャルデラックスマシマシタワー』でございます」

「わぁ…!」

「崩れやすくなっております。お気を付けてお食べください」

「ありがとうございます!いただきます!」


テーブルに置かれた大皿。デデン!と正にタワーと称するに相応しいパンケーキを見て、感動の声を上げる。

目はキラキラと輝いて、『わぁ…わぁ…』と色んな角度からタワーを眺める同席者の様子を微笑ましく少女は見つめる。


どこからナイフを入れようか迷って、1番上の生地を、タワーが崩れないようにおっかなびっくりと取り、大きく切ったパンケーキに負けず劣らずの大口で頬張る。


「んん~!甘くて美味しい!」

「それは良かったわね」


思わず出た大きな声に、少女はクスクスと笑う。

頬張って必死に咀嚼する姿が小動物のように見えたからだ。

通りがかった従業員は『ありがとうございます』と笑みを浮かべる。


飲み込んで、ハッ!と我に返り、自分を見る人達の優しい目線に顔はまた真っ赤に染まる。


ホイップクリームがトロリと溶け、少女は自分の分のパンケーキを食べ進める。

見ていて気持ちがいいぐらいに、見る間に高さを失っていくタワーを見やりながら。


「美味しかったわ。貴女はどうだった?」

「はい…。とても美味しかったです。コーヒーは少し苦いぐらいがちょうど良かったです」

「好きな物とはいえ、甘いものばかりだと辛いものね」

「ですね。あ、その、色々とご迷惑をかけて…」

「ワタシは楽しかったわよ?…嫌味に聞こえるかしら?気にしないで、いい時間を過ごせたわ。ありがとう」

「いえ!こちらこそ、ありがとうございました!」

「ふふ…。なんだか可笑しいわね」

「そ、そうですね。あはは」


食後に淹れ直した温かい紅茶を味わいながら、余韻に浸る。贅沢な時間だった。


「なによ!これ!食べにくいったらありゃしないわ!」

「あぁ!お嬢様!そんな乱暴にされると…」

「また崩れた!もうなんなのこれ!」


大声で騒ぐ客。取り巻きらしき者達は宥めようと必死だったが、当の本人は『キーキー』騒ぐ。

従業員が慌ててやって来て対応しているが、当たり散らして『弁償しろ』『シェフを呼べ』と叫んでいる。どうやら、崩れたクリームがドレスに飛び散ったようで、その弁償代とこれを作ったシェフを呼べと騒いでいるようだ。


「煩いわね。折角の気分が台無しだわ」

「ひ…。あ、あの」


まるで、真冬の凍てつく風に当たったような感覚を覚え、目の前を見るとさっきまでの楽しそうな雰囲気は消え去り、感情が抜け落ちた顔で騒ぐ客に目線を向けていた。

悲鳴に似た声が出た口を慌てて塞ぐ。

こちらを見る事はなく、確かに怒気を孕んだ声は、向けられたものでは無いと分かっていても、全身を貫くような恐怖を覚える。

カタカタと震えていると少女は立ち上がり、足音を立てずに客へと近付いていった。


「あなた、そこまでにしたら?」

「は?…何か用かしら?」

「煩いのよ。いつまでもギャアギャアと。サカってるボルゴイの方がマシだわ」

「なっ…!!」


ボルゴイとは豚に似た動物の事である。

顔は醜悪で鳴き声は汚い。嗄れた、酒で潰れた中年男の叫び声とも揶揄される。

発情期には涎や体液を撒き散らしながら、手当り次第に犬も猫も豚も関係なく腰を振り続けるような、最悪な習性を持つ動物でもあった。

そんなボルゴイの方がマシだと言われるのは、罵声の代名詞でもあり最大の侮辱でもある。


顔を青やら赤に染めながら、手にしたフォークを少女に投げつける。

避けもせず、少女の頬にフォークが掠め、ツ…と血が垂れる。


「!!あ、アンタが避けないのが悪いわ!あたくしは悪くない!」

「お金を払って、さっさと出ていきなさい」

「はぁ?こんな物に払う金は持っていませんわ。こんな、こんなもの!」


少し崩れたパンケーキの皿ごと手で払い、その際に手についたクリームにイラつき、床に跳ねた生地がドレスの裾に張り付いた。


「侯爵家であるあたくしを、ここまで侮辱するなんて!お爺様に言えばこんな店なんてすぐに潰してくれるわ!」

「そこの貴方。そう、貴方。衛兵を呼んできてくれるかしら?無銭飲食しようとしてるわ。器物破損、脅迫も追加かしらね?」


取り巻きの男に声を掛けるが、男は騒ぐ客と少女を交互に見やるだけ。


「行きなさい」


静かに滲む怒気を乗せた一言で男は転がるように店を出て行った。


「こ、こんな事をして、ただで済むと思っているの!?あたくしは侯爵家…」

「うるさい。黙れ」

「ひぃっ!!」


凍てつく目で睨みつけられ、腰砕けになり温かな湯気と共にドレスにシミが広がる。


ガシャガシャと音を鳴らし、衛兵2人が店内へと入る。


「何事があった!侯爵家の者に乱暴を働いている者がいると聞いて来た、が…」


衛兵は店内の様子と、へたり込む令嬢、それを睥睨する少女。

詰所に駆け込んで来た男から事情を聞いていたが、実際の現場はどうだ。暴力を振るわれた訳ではなさそうではある。鼻につく甘さ以外の臭いはすれども。

侯爵家令嬢と聞いて、まさかと思ってはいたが、最近問題を起こして商店や平民からの苦情が寄せられ、侯爵家へ問い合わせが殺到していた事を思い出した。


衛兵は辟易していたが、かと言って事を荒立てても何もメリットはない。貴族関連なら自分の職を、もしくは首から上を失う事になりかねない。


「誰か説明出来る者はいるか?」

「ワタシがすればいいのかしら?」

「いや、店の者か…そうだな、そこのオレンジ色のワンピースの女。そうだ、お前だ」


衛兵に指さされたのは、少女と同席していた少女だった。

驚きはしたものの、『分かりました』と意を決して衛兵に説明を始めた。


「分かった。よく分かったから、落ち着きなさい」

「はっ!?す、すみません!」


いかに騒いでいたか、いかに周りに迷惑を掛けていたか。

それを颯爽と現れ、静かに諭す少女の様子を事細かに説明する。どれだけ素敵で、かっこよく、正に淑女の振る舞いで素晴らしさを説く。

このまま賛美歌でも歌い出すのでは?と衛兵は宥めて落ち着かせる。

少女は頬を少し染めていた。


「事情は分かった。令嬢は連れて行く」

「その前にさせる事があるのではなくて?」

「ん?なんだ?」

「勘定と謝罪。当たり前の事でしょう?」

「…話せる状態ではないと思うが。後日、改めて謝罪をさせる事を言っておく。店の者、それでいいか?」

「は、はい。私共としましても、それがよろしいかと」


衛兵は従業員に確認を取り、令嬢を抱えるようにして店を出て行った。取り巻きも慌てて後を追う。


「立派だったわ」

「そんな!私なんて…ただ呆然としていて、叱責する姿を見て、なんだか情けなくなって。何か役に立ちたいと思っただけなんです。立派だなんて…」

「貴女の心はキレイなのね。キレイなのは好きよ。ほら、俯いてないでしゃんと前を向きなさいな。可愛い顔を見せてちょうだい」


少女は俯いた顔を上げさせ、2人分の勘定を済ませて、手を引いて店を出ていった。

ゆるゆるいくぜ

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