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第一話 路地裏

妖しい少女のダークファンタジー開幕します

この世は美しいもので溢れている。


そうね。汚いものもあるわね。


この世は愛おしい存在が沢山ある。


そうね。唾棄すべき存在も多いわね。


この世は広く、まだ見ぬものがある。


そうね。でも、意外と世界は狭いものよ。


「ワタシは美しいものが好き。見て、触れて、楽しんで、笑顔になる」


都市の路地裏。

まだ日は高いが、周りの建物に囲まれた路地裏は薄暗く、通りから1本入っただけで別世界のようだった。


掃除夫達は目につく場所はキレイにはするが、路地裏の隅までは目についても掃除はしない。誰も見ないから。誰の迷惑にもならないから。

溜まった雨水に土や吐瀉物、排泄物が混ざり合い、吐き気を催す。

そんな水溜まりに蹲る人影。


「ワタシには許せないものがあるの。何か分かる?美しいものを傷付け、唾を吐き、踏みにじる愚か者よ」


人影を見下ろす少女が1人。


深い闇色のドレス。

ドレスと同じ闇色の髪。腰まで伸びた毛先は紅。

病的なまでに肌は白く、人間というより、人間大の精巧な人形のようであり。

瞳は金色。闇に浮かぶ双眸で、蹲る人影に侮蔑の目線を投げる。


「でもね。そんな愚か者でも美しいと思える瞬間はあるのよ。何か分かる?」


人影は答えない。舌がないからだ。

人影は見下ろす人物を見ることが出来ない。眼球を抉られているからだ。

人影は動けない。手首から先、足首から先がなく、全身が干からびているからだ。

人影は『かひゅ…かひゅ…』と乾いた呼吸を繰り返す。切り裂かれた喉から空気を逃しながら。


「生命が消えてしまう。死を受け入れられない。今まで犯した罪を後悔する。憤怒に染まる。泣き叫ぶ。そういった爆発する感情を滲ませた」


人影の耳だけは、聞き触りのいい、鈴が鳴るような声は聞こえていた。

怒り、悲しみ、絶望、人影の表情は入れ替わり、見えないはずの、そこにあったはずの眼球で睨みつける。


「そう。そうよ。その感情は純粋でキレイで美しいわ。でも、貴方は醜いわ。さようなら」


少女は野花を踏みにじるように、人影の頭を踏み抜き、汚れた足を魔法で綺麗にしてから立ち去った。


大通りに出れば、それまでの鬱屈したような気分は、日の光、街中の喧騒、行き交う人々の談笑…それらで洗い流されたようだった。


「さて」


少女は足の向くまま、心惹かれるままに歩き出す。

足取りは軽く、スキップしそうなほどだった。

周囲の人達は微笑ましいものを見るように、この美しい少女を眺めていた。

おぞましい、卑下するような、妬むような目線は一切ない。

それらに、いっそう気分を良くした少女は自然と笑顔になる。


「今日はどんな美しいものに出会えるのかしら?ふふ、楽しみね」


雑踏の中に少女は消えていった。




夕闇が降りてくる中、警邏(けいら)中の兵士達が路地裏の一角で変死体を発見する。


泥や色んなものに塗れて、一見薄汚れたゴミの塊かと見間違えたが、一部覗く手足で人だと判断した。

兵士は近付き誰何するものの返事はなく、手をかけ動かすと、訓練を受け、これまでも死体や血生臭いものを見てきたにも関わらず絶叫を上げる。


顔は何か鈍器のような物で叩き潰されたかのようで判別は付かず、辛うじて男だと身体的特徴で分かった。

身に付けていた服や装飾品。身分を表すメダル。

それらの物品で伯爵家の者、恐らく20代前半の男。

聞き込みや問い合わせにより、とある伯爵家の三男である事が判明した。


よくある話だった。

貴族位を継ぐ可能性はなく、優秀な兄と姉がおり、領地運営や当主としての教育は兄が、伯爵家と懇意にしている有望な男爵家に嫁ぎ内外から補佐する姉。

優秀な2人に比べられ、『出涸らし』や『出来損ない』『残り物』と一部からは揶揄される。

伯爵家当主は自分の愛おしい息子を元気付け、努力するように励ました。だが、周りに疎まれ避けられ、その挙句に逃げ出した。

不自由しないようにと金だけは毎月渡され、その金で豪遊し、無頼漢や後暗い者達と付き合い始め、街中や商店で見かけた女…特に少女に声を掛け、無理矢理に誘う。


些細な事で少女を殴り飛ばし、当たり所が悪く少女は死んでしまった。

初めて人を殺した。罪悪感…いや、胸を占めるこの気持ちは、充足感。高揚感で満たされた嗜虐心。自然な笑みを浮かべ、死んだ少女の身体を顔を細い手足を、踏み殴り刻む。


無垢な少女を、無抵抗な力無き者をいたぶり、時には殺してしまっても、自分は伯爵家の人間だ。誰も何も出来ない。金ならある。言う事を聞かない奴らは、荒れくれ者をけし掛ければ問題ない。自分付きの執事が上手い具合に処理してくれる。


罪を重ねた。いや、罪という認識はなく、ただの暇潰し。自分の心を満たす為だけに行う児戯。


調査官は顔を顰めた。あまりの内容に反吐が出る。

三男付きの元執事は、自分が知りえる事を全て語った。犯罪に加担し、罪を償う為に自ら奴隷落ちを選び、命尽きるまで過酷な重労働を課す事で贖罪とする事を選んだ。

伯爵家当主は心労がたたり、寝たきりとなった。ずっとうわ言のように後悔を口にしているらしい。


兄と姉は被害に合った少女達の家族に謝罪と慰謝料を払う事に追われ、疲れ切った顔で伯爵家本邸のリビングで、冷めきった紅茶を口にする。


突如、使用人の悲鳴が響き渡る。

何事か、と駆けつければ使用人は、玄関に置かれた包みを指差し言葉は出てこない。

訝しんだ兄は包みを開け、吐き気を飲み込み添えられたメッセージカードを手に取る。


『良かったわね。弟が帰ってきたわ。これで全部揃ったわね。身元も分からない誰かとも知られず朽ちた骸達と、パーツが全て揃った死体と。どちらが幸せなのかしら?美しいものを愛で、愛し方を間違えた愚か者。愚か者を放置していた莫迦者達。美しくないわ』


流麗な文字で綴られた内容。

怒りも悲しみも綯い交ぜになり、兄はカードを握り潰した。差出人を特定するように命じる。


「あら?そんな必要はなくてよ。ワタシったら、忘れ物をしていたなんて。失態だわ」


頬に手を当てコロコロと笑う少女。

どこから、いつから。

思わず見蕩れる優雅な所作で紅茶を啜る。


「お前は」

「誰かなんて関係ないわ。分かるでしょう?信じられないかしら?困ったわ。ねぇ?」

「え?」


姉は困惑するばかりで、気の抜けた返事を返す。


「少女達が穢され貶められ、残された家族に何が残るのかしら」

「い、慰謝料を、何かあれば力になると」

「『返せ』と言われたら?『せめて、身に付けていたブローチを』と言われたら?」


実際に兄と姉は遺族から罵詈雑言を浴びせられ、『返せ!』と何度も何度も、涙を流し、胸倉を掴まれ、手足に縋られ、嗚咽に塗れた声で詰め寄られた。


何故、この少女は知っているのか?推測にしては、ブローチの形を事細かに言い当てる。母親のお古を仕立て直して、出掛ける際によく着ていた薄淡色のワンピース。幼なじみに贈られた少しヒールの付いた靴。

まるで、同席していたかのように、いやそれ以上に詳しく、この少女は次々に挙げていく。


「良かったわね。弟が帰って来たわよ?嬉しくないのかしら?」

「お前が殺したのか?」

「殺した?」


心底不思議そうな顔で少女は小首を傾げる。


「弟を!こんな、こ、こんな…」

「やめて!聞きたくない!帰って!お願いだから!」

「イヤ、よ。言ったでしょ?忘れ物をした、と」


少女は音も立てずにカップソーサーを台に置き、おもむろに両手を広げる。抱擁のように見えるが、兄は戦慄した。

練られる魔力は膨大で、滲み出るソレが孕む狂暴性や異質なモノを兄は肌で感じ取る。額を流れる汗が止まらない。

姉は既に狂っており、『あは、あはは、あはははははははははは!』と笑いながらドレス下で排泄物をぶちまける。


「愚か者には死を。莫迦者には絶望を。生きて生きて、惨たらしく穢れて」


少女が広げた両手から流れ出る魔力の波はゆっくりと蝕むように広がり、無機物、有機物、人を物を問わずに染み込み消えた。


「人の一生を罰とするには短いけれど、これで残された遺族の心が、亡くなった少女達の魂が少しでも救われるといいのだけれど」


発狂して暴れ回る者達。

いくら殴っても殴られても傷は直ぐに癒え、壊された物は元に戻る。

狂乱と暴力に支配された場を見て、満足気に少女は頷き、踵を返す。


「あ、そうそう」


姉の首を絞め、顔に爪を突き立てられた兄に向かって言葉を投げる。


「さっきの質問の答えだけれど。蜚蠊(ゴキブリ)を叩き潰す事を『殺す』とは言わないと思うのだけれど?」


どうでもいい事ね、と残して少女は消えた。

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