第五話
少々遅くなりました。楽しんでいただけると幸いです。
家へと戻り用意された部屋でしばらく横になっていた美蘭は、数時間後ケンヤに呼ばれ客間へと移動する。部屋に入るとすでにンネサカたちが戻っていた。適当な場所に座るとンネサカが口を開く。
「よし、みんな集まったので始めよう。まずは今日現れた大型生物の件だ。対処に当たってくれたケンヤくんとシンヤくん、そして大型生物を倒してくれたアズマさん、本当にありがとう」
嬉々として語るンネサカを見て、役に立てたのだと少し誇らしく思う。
「それで、事件の犯人はどうなったのですか?」
美蘭と共に帰宅したためその後どうなったのかを知らないケンヤが尋ねる。実際に犯人の行方を探していたシンヤが答えた。
「倒壊した建物の瓦礫の中から発見したが、倒壊に巻き込まれたようで、すでに死んでいた。自殺したのか、ただ巻き込まれたのか。おかげでなにもわからないままだ」
「そうですか……」
ンネサカたちは犯人を捕まえて色々と聞き出したかったところだろう。なんだかうやむやなまま事件は終息してしまった。
「しかし最悪の事態は免れた。人的被害もなかったし最善の結果になったと思っている。特にアズマさんの活躍は秀でている。ありがとう」
ンネサカからの称賛の言葉にこそばゆくなる。知らない老人から意味がわからないまま指輪を受け取り無断で外に出た美蘭だったが、結果的に行動が好転したようで良かったと思った。
「ところで、アズマさんは娯楽戦闘のことを知らないで指輪も持ってなかったって聞いたけど、そんなものどこで手に入れたの?」
「あっ、えっと……」
ユミカの興味に美蘭が答えようとしたその時、玄関の戸を叩く音が聞こえた。ンネサカが席から立ち上がり部屋を出て、少ししたら誰かを連れて戻ってきた。現れたのはンネサカよりも歳を重ねていると思われる男性、今朝方会った老人よりかは年下と思われ、おそらくは五十代くらいだろうか。
「インさん!?」「代表!」「インさん!?」
ケンヤ、シンヤ、ユミカの三人は男性を見た瞬間驚きのあまり立ち上がる。美蘭だけが男性のことを知らないようだ。そんな美蘭と男性が顔を合わせる。
「はじめまして、私はルスリド代表のインだ」
以前聞いた代表という存在、ケンヤに聞いた話ではこの世界で一番偉い人物だと言う。元いた世界でいうところの王ということだろうか。そんな偉い人、代表を目の前に美蘭は緊張してしまう。
「は、はい……はじめまして……」
手を差し出し握手を求める代表インに美蘭は手を震わせつつも出された手を握った。
「インさん、こんな時間にどういった要件で?」
「ンネサカくんの話を聞いて彼女に会ってみたくなってね」
お偉いさんの目的は美蘭だった。偉い人に対面する機会など今までなかったので緊張で心臓の音が高鳴っている。
「私になにか……?」
「突然現れた巨大な生き物を倒してくれたと聞いたよ。おかげで以前のような惨事を免れた。君のその強さを見込んで頼みたいことがあるんだ」
偉い人からの直々の頼み、なにを頼まれるのか怖さもあった。
「ルスリドのとなりには”ゼラパム”という世界があるんだが、最近音沙汰がなくてね。使いの者を送ったんだが一向に帰ってこないんだ。ゼラパムに行った他の人も未だ帰ってないとも聞いて、なんだか不気味でね。そこで君にゼラパムの様子を見に行ってもらい、なにかあったら問題も解決してほしいんだ」
「その依頼なら俺たちでもできますよ。どうして彼女に?」
途中でシンヤが意見を述べる。確かに今日初めて出会った美蘭よりも、ずっと前から活動していて信頼もできるンネサカたちの方が適任だと思ったようだ。
「もちろんンネサカくんたちを頼ることも考えたんだが、ンネサカくんたちが留守の間、ルスリドの防衛が薄くなるのは避けたいんだ。だからンネサカくんたち以外で実績のある彼女に任せたい」
「そうですか……」
シンヤはそれ以上意見することなく引き下がった。世界代表のインはまっすぐ美蘭を見る。
「ゼラパムは十五年前の侵攻復興の際に大変世話になってね、その時の恩を返したいんだ。どうかな?」
美蘭は少し考える。別の世界に行って帰ってこれないという点は少し怖いが、このままこの世界に残り続けてもきっと帰れない、帰るためには別の世界に行かなければならない。ならば頼みを聞くのが良いと思った。先の一件で不思議な力、能力を自分でも扱うことができるとわかったので、ある程度の脅威ならなんとか対処できるはずと僅かな自信もあった。
「わかりました、行きます」
「ありがとう、よろしく頼むよ」
美蘭の前向きな返答にインは笑みを浮かべた。
「ンネサカさん」
するとケンヤが声を上げる。名を呼ばれたンネサカはケンヤに視線を向ける。
「私、アズマさんについていきます」
驚きのあまり皆が目を見開いてケンヤを見つめる。その中で大きく反応したのはシンヤとインだった。周りの反応を気にせずケンヤは言葉を続ける。
「アズマさんを一人で行かせるのは危険だと思います。それに一人より誰かと一緒の方が、アズマさんも安心だと思います」
「ちょっと待て、ケンヤがいなくなると能力的に色々と困るというか、それに最悪ゼラパムに取り残されて帰れない可能性だってあるんだぞ」
美蘭について行こうとするケンヤをシンヤが止めに入る。インもその通りと言いたげに不自然に頭を縦に振る。
「そんなのアズマさんだって嫌なはずですよ。アズマさん一人に全てを押し付けるわけにはいきません」
「いやしかし、彼女は良いと言ってることだし……」
ケンヤは自らの主張を貫く。引き下がろうとしないケンヤになぜかインが焦っているような表情を見せる。
「アズマさんはどう思うのかな? ケンヤくんはこう言ってるが」
不意にンネサカが美蘭に問う。この世界にたった一人できてしまった時は不安や恐怖でいっぱいだったので、正直な気持ちとしては誰かしらいてくれた方がとても安心する。
「ケンヤさんがいてくれた方が、とても嬉しいです」
「なら決まりだな。ケンヤくん、アズマさんについていってあげなさい」
「はい! ありがとうございます!」
ンネサカから許可をもらうことができ、ケンヤは満面の笑みでンネサカに頭を下げた。ケンヤの同行に消極的なシンヤはなにやらンネサカにこそこそと話しかけている。ンネサカに説得され諦めたようでそれ以上なにも言わなかった。
「そ、それじゃお願いするね。私はもう失礼するよ」
もう一人消極的だったインは逃げるように出ていった。不自然な慌てっぷりにほとんどの者がきょとんとしていた。
「それで、ゼラパムにはいつ行くつもりなんだ?」
「早い方がよろしいかと思いますので、明日の朝にでも“ほーるどあ”に行こうかと。アズマさんはそれでもいいですか?」
「あ、はい」
別の世界に行くのにどのくらい時間がかかるのかはわからないが、早く着いた方が活動時間もそれだけ延びると思ったのでケンヤに賛同することにした。
「みんな、今日は本当にありがとう。シンヤくんもユミカくんも今日は家に泊まって一緒に夕ご飯を食べよう。アズマさんも一緒にね」
ンネサカの発言に美蘭は耳を疑った。
「いいんですか……?」
「アズマさんはルスリドのために戦ってくれた。疑いが晴れたと言ってもいいだろう。もう軟禁する必要もない、だから一緒にどうかな?」
異を唱える者は誰もいなかった。青天白日の身になったと思うとなんだか目頭が熱くなってきてしまった。
「ありがとうございます……」
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それから夕食、入浴を済ませた美蘭。そんな彼女の表情はすっきりとした笑みを浮かべている。久しぶりの大人数での食事、誇れるほど得意な料理も披露できて、楽しく会話をしながらの食事はたった一人でのそれとは比べ物にならないくらい楽しいものだった。団欒がとても楽しいことだと改めて思った。
窓からは暗黒が広がるほど夜も更けてきたため就寝の準備をする。今はパジャマなどないのでしわくちゃ覚悟で制服で寝るしかないが。贅沢なことだが今だけでも洋服の替えがほしいと思いながら、明日は早くに出ると言っていたのでベッドに入ろうとした時、部屋の戸を叩く音が響いた。
「アズマさん、もう寝ちゃった?」
声の主はユミカのようだ。軟禁状態だった時はケンヤ以外に寄る者は誰もいなかったのでとても意外に思った。
「まだ起きてます」
「ちょっとだけ話したいことがあるんだけどいいかな?」
「はい、どうぞ」
内容は明日のことについてだろうか。美蘭が許可を出すと戸が開かれユミカが顔を覗かせ、彼女の後ろにはシンヤの姿もあった。二人が部屋に入り、ベッドに座る美蘭の前にシンヤとユミカが対面する。
「申し訳なかった」
シンヤが開口一番謝罪の言葉を発して美蘭に頭を下げた。謝罪される理由がわかっていない美蘭は戸惑いを見せる。
「きっと本当に害を与えるつもりはなかったのに、俺はずっとアズマさんを疑った。辛い思いをさせ続けてすまなかった」
シンヤは頭を下げた体勢のまま、初日から続いていた美蘭への無礼に対して謝罪をした。確かにきつくあたられるのは嫌だったが、怪しまれていたため仕方のないことと思っていた美蘭は、それ以上の謝罪を止めるように要求するとシンヤはゆっくりと頭を上げた。しかし彼の表情は反省の色を示したままでいた。
「ごめんねアズマさん。シンヤはまだ、別世界の人を信じることができないから」
ユミカはシンヤが異世界の人間に不信感を抱いている理由を語り始めたので美蘭は聞く耳を立てる。
「ルスリドは十五年前に別世界から襲撃を受けてね、その時はンネサカさんのお父さんが戦ってくれたから追い返すことができたけど、受けた被害は大きくて、亡くなった人も多かったの」
十五年前の侵攻の話は以前ケンヤから聞いている。そのせいで彼の両親は亡くなったとも聞いた。
「シンヤのお父さんもその一人でね、まあ私が悪いんだけどさ。私が逃げ遅れたせいで、代わりにシンヤのお父さんが……」
「ユミカ、何度も言うけどユミカは一切悪くない。悪いのはあいつらであって、父さんは立派なことをしたんだ」
身近な被害者はケンヤだけではなかった。ケンヤはもう気にしていないと言っていたが、彼は未だ忘れられずにいるのだろう。
「それ以来、別世界の人を簡単に信用できなくなったの。アズマさんも別世界からきたから、またルスリドになにかあると思って強くあたっちゃったの」
大切な父親を侵攻で失ったとなると、余所者に不信感を抱く理由も納得できた。しかし今こうして謝罪にきたということは許してもらえたということだろうか。
「もう、いいんですか?」
「アズマさんは俺たちの代わりに大型生物を倒してくれた。きっとあの場にいた俺とケンヤだけじゃどうすることもできなかったし、ユミカを待ってる間に被害が大きくなった可能性もあった。本当にありがとう」
シンヤは再び頭を下げた。彼の感謝の意から美蘭に対しての不信感は払拭されたようだ。シンヤが他人に厳しい人だと思っていた美蘭も、今の彼を見て苦手な印象を覆した。
「アズマさんは俺よりも強い能力を持っている。きっとゼラパムの問題も、アズマさんならなんとかできるはずだ」
「アズマさんがゼラパムに行ってる間も、黒いローブの男の人、探してあげるから頑張ってね」
シンヤとユミカから励ましの言葉を受け取り美蘭もやる気が出てきた。
「時間を取らせてすまないな。今日はゆっくり休むといいよ」
「アズマさん、おやすみなさい」
要件を済ませたシンヤとユミカは部屋から出ていった。やっと身の潔白を認められた矢先に別の世界に行かなければならないのは少し名残惜しい。無事に問題を解決してこの世界、そしてンネサカたちと再び会うことを決意した美蘭は、明日に備えてベッドに入った。
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翌朝
美蘭とケンヤ、そして見送りにきてくれたンネサカたちは、世界と世界を渡ることができる“ほーるどあ”という場所にきていた。石でできた門のようなものの門口に、不気味なほどの真っ暗闇が渦巻いている大きな穴が存在している。この黒い穴を通ることで別の世界にいけるようだが、通るには幾分勇気がいる代物だった。
美蘭が“ほーる”の前でびくびくしている間、ケンヤは“ほーる”の見張り番の人と話をしていた。
「あの、本当にゼラパムに行くんですか? 最近はあちらから誰もこないですし、ゼラパムに行った人も戻ってきてませんよ?」
「問題ありません。私たちでなんとかゼラパムの問題を解決しますから」
見張り番の人は“ほーる”を通ると聞いて難色を示している。これまで幾人の人がこの黒い穴を通って帰ってこなかったのを知っているので、現状どうなっているのかわからない別の世界にこれ以上行かせたくないのが本心なのだろう。それでもケンヤは臆することなくきっぱりと世界を渡ると宣言した。
「ケンヤくん、アズマさん」
そんなケンヤにンネサカが声をかける。美蘭にも声がかかったのでンネサカに近寄る。
「くれぐれも気をつけて。ご武運を」
「むちゃはするなよ」「二人とも、頑張ってね」
「「はい」」
なにもかもがわからないこの異世界で散々面倒をかけてしまったンネサカ、シンヤ、ユミカから励ましの言葉をもらった。一歩前に出たンネサカが握手を求めて手を差し出す。先にケンヤがその手を握り、美蘭もやや躊躇いつつも手を握る。初めて握手した男性の手はとてもがっしりとしていた。
「それではアズマさん、行きましょう」
ケンヤと美蘭は“ほーる”の前まで移動する。実はケンヤもこの黒い穴に入ったことがないので、入った後どうなるのかはわからない。段々と恐怖で体が震えてしまう。すると隣りにいるケンヤが美蘭の手を握ってきた。
「大丈夫です。怖いのなら、一緒に行きましょう」
ケンヤには恐怖が微塵もないようだ。見てくれは可愛らしい女の子だが、やはり中身は度胸が据わっているれっきとした男性だ。ケンヤは美蘭の手を引いて徐々に“ほーる”へと近づいていく。
「行きますよ!」
そしてケンヤが走り出した。もうどうにでもなれとむりやり決意を固めた美蘭は、引っ張られるまま黒い穴に飛び込んだ。
ここまで読んでくださりありがとうございます。一応ここまでが第一部のようなものです。稚拙な文章が今後も続くと思われますが、なんとか読める物語を書いていきますのでよろしくお願いいたします。
次回更新も一ヶ月後を目指します。楽しみに待っていただければ幸いです。
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