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第四話

大変お待たせ致しました。楽しんでいただけると幸いです。

 翌朝。美蘭は重い溜め息をつき、ミーティングテーブルに突っ伏していた。客間には彼女一人。できることもなく、時間だけが虚しく過ぎていく。ンネサカたちは、昨日話題に上がった生物を事前に対処するため、早朝から巡回に出かけていた。美蘭は彼らについて行っても何の役にも立てないことを理由に、外出を許されず、この家に残されていたのだ。


「………」


 美蘭は昨夜からずっと考えていた。この世界に黒いローブの男性がいなかった場合、別の世界に行って探さなければならない。それが不安でたまらなかった。新たな場所に行くときは、いつも誰かしら知っている人がいた。今通っている高校も、明乃がいたから何の不安もなかった。しかし今回は、ついてきてくれる知り合いなんて一人もいない。新たな場所に一人で踏み出す勇気がなかった。


 問題はもう一つある。それは昨日見た戦闘のことだ。ケンヤによるとこの世界――というより世界群では、戦うことは娯楽の一種と考えられており、日常的に戦いが行なわれているようだ。しかし、素の状態で戦えば血が流れ合う悲惨な戦いになってしまうため、仮初の体に変身して戦うらしい。ケンヤの腕や脚が復活したのは、戦闘用の体から元の体に戻ったからだった。ゲーム感覚で気軽に行えるようだ。しかし最近では、娯楽の枠を超えて戦闘用の体で悪事を行う人々が増え、トラブルの解決も戦いで決めることも多くなっている。時には無関係な者まで戦闘に巻き込まれる可能性もある。この世界ではそうしたことは極めて少ないが、別の世界では頻繁に起こっているらしい。当たり前だが美蘭は戦闘経験がない。万が一巻き込まれでもしたら、無事ではすまないだろう。そんな怖い世界に足を踏み入れなければならないのが嫌だった。昨日の事件で特に記憶に残っているのは、ユミカの戦いだった。不思議な力を使って街や一般人を守るその姿は、さながら幼少期に憧れた魔法少女。自分も不思議な力を使いこなし、あんな風に戦うことができたら、恐れることなく別の世界にいくことができるのかもしれないが、それは、美蘭には到底不可能なこと。想像しただけで手が震える美蘭には、とてもできるものではなかった。外の世界に踏み出すのは非常に怖い。しかし、この世界にずっと留まっていては元の世界に帰ることはできない。美蘭は板挟みの状態に悩んでいた。


 そんな中、玄関の戸を叩く音が聞こえた。誰かが帰ってきたのか、それとも誰かが訪問してきたのか。依頼や相談でこの家を訪れる人は多いらしい。今はンネサカたちが不在のため、仕方なく美蘭が出ることにした。


「はい」


 扉を開けてそこにいたのは、一人の老人だった。腰を曲げて杖を持って白い髭を蓄えているその姿はイメージ通りだった。


「こんにちは」


「こ……こんにちは」


 優しい声で挨拶をしながら会釈されたため、美蘭も同じように返した。


「なにかご用件ですか? 今、私以外の人は外出中ですけど」


「お嬢さんに用があるんだ。頼み事があってね」


「私に……ですか……?」


 この世界に来てから、誰かに頼られるようなことはまったくしてない。不思議に思っていると、老人がゆっくりと手を伸ばす。『手を差し出しなさい』と言われ、言われるがまま美蘭は手のひらを差し出すと、何かが落とされた。それは白い指輪だった。とても綺麗な指輪で、価値はよくわからないが高そうに思えた。


「あ、あの……」


 目の前にいる老人はもちろん知らない人。そんな人物から高価な指輪をもらう謂れはまったくない。とても怪しいと感じた美蘭は指輪を返そうとしたが、その前に老人が口を開いた。


「その指輪は、今のお嬢さんに必要な力と勇気を与えるものだよ」


 確かに別の世界に踏み出す勇気がほしいとは思っていたが、そんな簡単に得られるはずがない。悪質商法だろうか、そう思うとこの老人も怪しく思えてきた。


「いりません。これ返します」


「まあそう言わずに、これを受け取って頼みをきいてほしい」


 指輪を受け取ることと願いをきくことになんの関係があるというのだろうか。それでも老人に頼み事があると言われて、無視するのも心が痛むので一応聞いてみる。


「なんでしょうか……?」


 その時、美蘭の耳に異音が入った。思わず異音がした方向に視線を向ける。かなり遠くから聞こえたためその声は微かだったが、なにかの生き物の鳴き声のようにも思えた。おそらく、警戒していた生物が現れたのだろう。外に出ているンネサカたちを心配する。


「お嬢さん、このままだとこの世界は、あの生物によって大きな被害が出てしまう。多くの一般市民や、この家の少年も亡くなる。被害を最小限に抑えるためには、お嬢さんの力が必要なんだ」


 『ケンヤが死ぬ』と告げられ、美蘭は一瞬思考が停止した。老人は真剣な眼差しとずっしりとした声音で美蘭に言った。冗談や冷やかしを言っているようには思えない。きっとこの老人は、この世界の脅威を、美蘭に排除してほしいのだろう。


「そんなの……無理です……私なんかが……」


 確かに美蘭には能力と言えるものを持っている。だからといって、急に脅威に立ち向かえと言われても到底不可能だ。昨日のユミカのように戦うなんて、いきなり戦っても見事に勝利する魔法少女のようになんて、自分には無理だ。


「その指輪があれば大丈夫、心配することなんてなにもないよ。どうか、老耄(おいぼれ)の頼みを聞いておくれ」


 先ほどとは打って変わって、その口調は柔らかく優しいものだった。老人は優しく微笑んでから深々と頭を下げた。その姿に、美蘭の心は締め付けられるようだった。美蘭は受け取ってしまった指輪と、頭を下げ続けている老人を交互に見る。力と勇気を与えてくれる指輪。ケンヤが死ぬかもしれない。どちらも信用できる点はなにもない。どうするべきか迷っていると、再び生き物の鳴き声が微かに聞こえた。微かに聞こえる鳴き声が、美蘭の迷いを打ち砕くように、決断を迫っていた。


「わ……わかりました……」


 老人を信じてみることにした美蘭は、震える手で指輪を強く握りしめて走り出した。


***


 一人で回ったことのない街を、度々聞こえる鳴き声を頼りに走る。しばらく走っていると逃げ惑う人々と遭遇する。おそらくは現れた大型生物から急いで離れているのだろう。人の流れに一人だけ逆らって先を進み、しばらくすると逃げる人々も少なくなっていく。空を見上げると大型生物の姿の一部が目に飛び込んでくる。大型生物は暴れているようで、なにかと戦っているようにも見えた。ちらちらと見て位置を確認しながら先を急ぐ。


 ようやく大型生物の全貌が明らかになる場所までたどり着く。その見た目は拾ったカードに描かれていた通り鳥だったが、元いた世界では一生目にすることもないであろうその圧倒的な大きさに息を呑む。いざ目の当たりにすると恐怖で足が竦んでしまい、また知らない間に不思議な力が溢れ出し足元が凍ってしまう。怪鳥の近くには見覚えのある灰色髪の男性が、シンヤが戦っていた。他に人がいないかと見回してみると、シンヤから離れた場所に一人倒れ込んでいた。その小さな体を見た瞬間急いで駆け寄った。


「ケンヤさん!」


 暴れている怪鳥との距離は十分離れているのでおそらくは安全だろう。倒れていたケンヤは美蘭の声に気づいたのかゆっくりと起き上がった。


「アズマさん、どうしてここに……」


「ケンヤさん、大丈夫ですか?」


「戦闘体は失いましたが、私は大丈夫ですよ」


 笑みを見せる余裕があるようで美蘭は安心した。最悪な事態になる前に間に合ったようだ。さらに怪鳥と戦っているシンヤが駆け寄る。


「なぜここにいる? 大人しくしてろとンネサカさんに言われたはずだぞ」


 それだけ言うとシンヤは再び怪鳥と対峙する。


「そうです。ここは危ないので一緒に離れましょう」


 ケンヤは立ち上がると美蘭と共に怪鳥からさらに離れた位置まで避難する。戦いに巻き込まれないところまできてから話を切り出す。


「ケンヤさんたちが心配になって、それに知らないおじいさんから力を与えてくれるって言ってこの指輪を……」


 美蘭は手に握っていた白い指輪をケンヤに見せた。ケンヤはその指輪を見た途端目を見開いた。


「どうしてこれを……」


 すると今度はケンヤが右手を見せてきた。今まで気づかなかったが、彼の右手の人差し指には同じ白い指輪がつけられていた。


「これは“わーるど”で戦う際に戦闘用の体に変身するための装身具なのですよ。一体なぜ……いえ、それよりも……」


 ケンヤは眉をひそめて美蘭の目をじっと見て言った。


「アズマさん、今ここで戦うのですか……?」


 その時、突然突風が吹き荒れた。怪鳥が起こした強風に吹き飛ばされたシンヤが地面に叩きつけられる。


「シンヤさん!」


 戦いの巻き添えを食うのでケンヤはそのばから動けずにいる。相手は自分たちよりも遥かに巨大な鳥。シンヤの実力はわからないが、普通に戦えばきっと苦戦するような敵だろう。いつまでも迷っていたらシンヤまで倒されてしまうかもしれない。


「ケンヤさん。私、やります! どうすればいいですか?」


 恐怖心はまだある。怖くて体も震えている。しかし美蘭には勝算があった。飛んでいる生き物は氷の攻撃に弱い、明乃から教えてもらってからよくやっているゲームではそうだった。ケンヤはなにか言いたそうにしていたが、美蘭の真剣な表情を見たことで彼女の決意を感じ取る。


「まずは変身しましょう。変身の意思を持てば生身と戦闘体が入れ替わります」


 言われた通り頭の中で気持ちを込めるとすぐさま美蘭の体は眩い光に包まれた。本人は視界が一瞬真っ白になっただけで強い光に目が眩むことはなかった。光が消失すると美蘭は自分の体を見たり動かしたり触ったりしてみる。体には特に変化を感じることはなく、服装も他に着るものがなくてずっと着ている制服のまま。魔法少女よろしく可愛らしい服装に変わっているなんてことはなかった。


「アズマさん、無理はなさらないでください。まずはシンヤさんを助けてあげてください」


「はい!」


 美蘭は急いで倒れているシンヤに駆け寄る。美蘭の姿を見てシンヤは目を見張った。


「おい、ここは危険だぞ! 離れてろ!」


「あの、私も戦います! なにをしたらいいですか?」


「なにをしたらってきみ……」


 その時すでに怪鳥は二人のすぐそばまで迫っていた。美蘭が接近に気づいた時にはもう遅く、怪鳥は足で美蘭を鷲掴みにしようとしていた。思わずぎゅっと目を閉じる。しかし、怪鳥の爪が美蘭に届くことはなく、氷でできたバリアのようなものに遮られた。この世界に初めてきてガラの悪い男たちに絡まれた際男たちから守ってくれたように。爪の攻撃が弾かれて怪鳥は大きく遠ざかる。


「………」「………」


 美蘭もシンヤもなにが起こったか理解するのに時間を要した。シンヤは呆然としながらも同じく呆然としている美蘭をじっと見る。


「よし、きみに任せてみよう」


 シンヤは美蘭の手を取り共に立ち上がり怪鳥と対峙する。


「きみの氷を操る能力と俺の能力は似ているはずだ。能力は想像だ、頭の中に思い描いた通りになる。一般的には自分の能力を弾にして撃つ方法が多い。できるか?」


 言われた通りイメージしてみる。昨日ユミカが巨大な火球を出現させたように、美蘭も巨大な氷の球を想像する。すると美蘭の頭上で氷が生成され次第に大きくなっていく。やがて昨日見た火球と同じような大きさにまでなった。


「いいぞ、これをあの鳥に向かって撃つんだ」


 生成した氷塊を怪鳥目掛けて撃ち出すイメージをすると、想像よりも速いスピードで撃ち出された。しかし攻撃するまでに猶予を与えすぎたせいか簡単に避けられてしまった。撃ち出された氷塊は空中で分散するといくつもの礫となり怪鳥目掛けて勢いよく落ちていく。不意をつかれた怪鳥は礫の猛撃を背に受け、あまりにも激しい攻撃に耐えきれず怪鳥は地面に墜落した。この時、美蘭は撃ち出すイメージまではしたが、氷塊を分散させ落下させるところまではなにも考えていなかった。思いがけない光景にまたも美蘭は呆然とする。


「すごいな……よし、とどめを刺すぞ。自分の中で最高の攻撃を想像するんだ」


 一瞬どうしようか困ってしまうが、いつもやっていたゲームを思い出す。氷の属性でトップクラスの威力を誇る攻撃。その攻撃をイメージすると、目の前に倒れている怪鳥が勝手に凍って手元には氷でできた槍が現れていた。美蘭は自分がやるべきことがわかっていた。その氷の槍を掴むと、自分が出せる全力で怪鳥を狙って投げた。投擲競技なんてやったこともなかったが、見事氷漬けの怪鳥に命中し氷が砕かれた。怪鳥は完全に動かなくなったと思ったら、みるみるうちに小さくなっていった。


「アズマさん!」


 初めての戦いが終わり地面にへたり込んだ美蘭のもとにケンヤが駆け寄る。


「大丈夫ですか?攻撃されかけましたけど」


「だ、大丈夫です……」


 体に異常はないが、体の震えが止まらない。今でも自分が、幼い頃テレビで見た魔法少女のように不思議な力を使って戦ったのが信じられないくらいだ。


「それにしてもすごいですね、初めてとは思えないほどでした。アズマさんには才能があるのかもしれませんね」


 戦う才能と言われても喜ばしいものか微妙だが、こうしてケンヤとシンヤを助け、この世界を救うことに貢献できたのなら少しだけ嬉しく思った。


「ケンヤ」


 シンヤが声をかけてきた。彼の手には一枚のカードのようなものがあった。シンヤはそれを美蘭とケンヤの前に差し出す。カードには先程まで暴れていた怪鳥が描かれていた。


「あの鳥が消えた付近に落ちていた。ケンヤが見たのはこれか?」


「はい。間違いありません」


「となると、近くに首謀者がいるはずだ。俺は探してくるよ」


 シンヤは踵を返して走り出した。この事件の犯人は間違いなくあのカードの所有者であった赤いスカーフの男だろう。シンヤを手伝おうとしたその時、聞き覚えのある声が二人を呼ぶ。ンネサカとユミカがこちらに向かってきた。


「巨大生物が出現した報告を聞いてきたが、どうなったんだ?」


「もう大丈夫です。アズマさんが倒してくれました」


「アズマさんが……!?」


 ケンヤの視線の先をンネサカが辿る。怪鳥との戦いの跡である氷の破片がまだ散らばっていた。美蘭が氷の力を使えることを知っていたら十分証拠になる。


「そうか、詳しいことはあとにしよう。今はどんな状態かな?」


「シンヤさんが犯人がまだ近くにいるかもしれないと探しています」


「わかった。私とユミカくんがシンヤくんと合流しよう。ケンヤくんはアズマさんと一緒に帰って休んでいなさい」


「わかりました」


 ンネサカとユミカはその場を離れシンヤを追いかける。体力がなくなったわけではないが疲れてしまった美蘭はケンヤと共に言われた通り家へと戻った。

ここまで読んでくださりありがとうございます。怪しい所もあると思いますが、どうか温かい目で見ていただければ幸いです。次回更新も一ヶ月を目指します。どうか楽しみに待っていただければ幸いです。

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