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第一話(後)

 数十分歩き続け、たどり着いた建物は、やはり古びた木造で、見た目も大きさも普通の住宅と大差なかった。いわゆる“警察署”のイメージとはかけ離れていたため、美蘭は意外に思った。美蘭は男女二人に連れられ、中へと足を踏み入れる。建物に入ってすぐの部屋の前で、男性が扉を叩いた。


「ンネサカさん。戻りました」


 一言声をかけて扉を開けると、美蘭は二人と一緒に部屋へと入る。中には大きめのミーティングテーブルがあり、中央には中年の男性が座っていた。その隣、テーブルの端には、小学生ほどの小さな女の子が座っていた。


「おかえりなさい。シンヤくん、ユミカくん」


 男性は美蘭を中年男性の正面の席に案内した。中年男性の優しげながらもどこか厳しさを秘めた目で見つめられ、美蘭の胸は高鳴った。


 男性と女性は、中年男性と小声で言葉を交わした後、その傍らで控えた。二人の視線が、どこか探るように美蘭に向けられる。そして、中年男性の表情に浮かんだ微かな険しさ。その空気から察するに、これから始まるのは、いわゆる“取り調べ”だろう。女性は「怖がらなくていい」と言っていたが、美蘭は不安でいっぱいだった。やがて、中年男性が口を開く。


「それじゃあ、まずは名前を聞かせてくれるかな」


 威圧感はなく、柔らかい声。少しだけ緊張がほぐれる。


「……東美蘭です」


「アズマミランさん、ね。失礼だけど、年齢は?」


「十七です」


「十七歳……」


 一瞬会話が途切れ、中年男性は男性となにやらヒソヒソと話を始める。自分がなにかまずいことを言ってしまったのかと不安になる。そして再び中年男性の視線が向けられた。


「君はルスリドの人間かな? それともどこか別の世界から来たのかな?」


 突拍子のない質問に、脳裏に疑問符が浮かび、一瞬固まってしまう。


「えっと……違うところから来ました」


 正直に答えた瞬間、中年男性と男性の目がわずかに鋭さを帯びた。


「ホルー広場で能力を乱用し、街のいたるところを凍らせたと聞いているが、それは本当に君がやったのかな?」


 またも返答に詰まってしまう。


「えっと……私は、そんなつもりは……というか……」


 言葉を選びきれず声が曇る。


「あの氷の能力には、心当たりがないということかい?」


「……はい」


 正直に言いはしたが、素直に信じてもらえるとは思えない。傍から見れば、犯人は美蘭としか考えられない状況で、何を言っても嘘にしか聞こえないだろう。厳しく問い詰められるだろうとビクビクしていた。


 そのとき――


「グゥッ!!」


 今まで一言も発しなかった少女が呻き声を上げ、椅子から後ろに倒れこんだ。突然の事態に女性が急いで少女の元へ駆け寄る。美蘭も突然の少女の呻き声に驚きつつも立ち上がって少女の様子を見る。少女は左目を両手で押さえてうずくまっていた。苦痛な表情から目を痛めているようだ。


「大丈夫? 何があったの?」


「目が……すごく冷たくて、痛いです……」


 少女の発言に中年男性たちの視線が美蘭に集まる。"冷たい"という少女の言葉から、街を凍らせた美蘭に嫌疑がかけられたようだ。


「部屋で休ませてあげなさい」


 女性に命じ、中年男性は少女を退出させた。部屋を出ていく少女の背を見送りながら、残った男性二人の目が鋭さを増した。


「ンネサカさん、この女性は危険です。災いをもたらす前に、ルスリドから追放すべきです」


 美蘭は完全に厄介者とみなされてしまった。少女に対する“冷気”が決定的な証拠とされ、否定の言葉すら意味をなさない。


 そして、次の瞬間――部屋が凍りつき始めた。床、壁、天井が凍っていく。美蘭の意志とは関係なく、またしても力が暴走したのだ。


「アズマミランさん。申し訳ないが、このまま自由にしておくわけにはいかない。ここから離れよう。ついてきてくれ」


「……わかりました」


 美蘭は素直に従い、中年男性に連れられ部屋を後にした。


***


 連れてこられた先は、家の外れにある物置小屋だった。中に物は何もなく、窓も照明もない。目の前にあるのは、闇と静寂。広いとは言えず、拘束はないものの、ほとんど自由はなかった。


 美蘭は奥の方で三角座りをしていた。初めはナンパから身を守ってくれたはずの謎の力は、それ以降、周囲の人々に迷惑をかけ、あまつさえ少女を傷つけるに至り、美蘭はこうして監禁されてしまった。今もなお物置小屋の中は冷凍庫のように冷えきっていた。しかし、なぜか自分自身は寒さをまったく感じないそれが、この状況における唯一の不可解な、そしてせめてもの救いだった。一体なにが引き金になっているのか、美蘭には皆目見当がつかなかった。この謎の力は、美蘭にとってまさに“災い”以外の何物でもなかった。


 美蘭からすべてを奪い、まるで未来まで閉ざされてしまったかのような錯覚に陥らせる闇の空間の中に、このままずっと閉じ込められ、元の世界に帰れなかったら。永遠にここで孤独に過ごすことになるのだろうか。喉の奥が熱くなり、頬に一雫、涙が伝った。


 その時、施錠されていた物置小屋の鍵が開いた音が響いた。


「うわっ寒い……」


 扉が開かれると、薄暗い闇の中に、女性の姿があった。密閉されていた冷気が飛び出し、寒さで体を震わせる。


「あっ、出てきて大丈夫だよ」


 美蘭は戸惑いながらも立ち上がり、扉の方へと歩み寄る。


「あの、女の子は……大丈夫ですか?」


 恐る恐る尋ねると、女性は微笑んで答えた。


「彼なら大丈夫だよ。大きな傷もなかったから、心配しないで」


 “彼”という言い回しに違和感はあったが、少女が無事であると聞いて美蘭は安堵した。


「怖がらなくていいって言ったのに、こんなことになっちゃって、ごめんなさい」


 女性は申し訳なさそうに眉を下げ、美蘭の目を見て謝った。


「気にしないでください。私の方こそ、女の子を傷つけてしまって……」


「大丈夫。わざとじゃないってわかってるから」


 そう言って、女性は優しく美蘭の肩に手を置く。


「初めはみんな戸惑うものだから、でも気持ちを落ち着かせれば暴走することもないから。もう一度、深呼吸してみて」


 言葉に導かれるように、美蘭は数回、ゆっくりと深呼吸をする。女性の優しさに触れ、少しずつ不安が和らいでいった。


「よし、それじゃあ行こうか」


 女性は美蘭を連れて移動を始めた。気持ちの問題なのかはわからないが、再び謎の力は収まったようだった。


・・・・・。


 女性に案内されたのは、家の二階にある一室だった。


「しばらくはここにいてね。自由に出入りはできないけど、物置小屋よりはずっといいはずだから」


 白い壁に照明、窓、必要最低限の家具。軟禁状態とはいえずっと快適だった。


「お腹空いてるでしょ? 今作って持ってくるから待っていてね」


 女性が部屋を出て、一人になった美蘭は、とりあえず部屋に配置されているベッドに腰を下ろした。軟禁状態なのは変わらない。だが、夜を明かす場所もなかった美蘭にとって、部屋だけでなく食事も用意してくれる今の待遇は、とてもありがたかった。しばらく大人しく待っていると部屋のドアを叩く音が響いた。


「はい」


 ドアを開けると、その正面には少女が立っていた。少女の顔を見た美蘭は、はっと息を吞み、顔が青ざめた。彼女は左目を閉じていたのだ。謎の力が傷つけた箇所だった。それを見た瞬間、美蘭の心臓はどくりと跳ね上がった。自分がきずつけたのだという罪悪感が、一気に喉元までせり上がってくる。


「ご、ごめんなさい……!」


 慌てて頭を下げた美蘭に、少女は澄んだ声で言った。


「大丈夫ですよ。元々左目は見えていないので。特に変わったこともありませんから」


 少女は問題ないとばかりに微笑んだ。その言葉を聞いた瞬間、美蘭の心はふっと軽くなった。


「そんなことよりも、夕食をお持ちしましたので、食べてください」


 少女はお盆を手に持っており、それを机の上まで運んだ。


「しばらくしたら取りに戻りますので。焦らずゆっくり食べていいですからね」


 少女は礼儀正しく頭を下げてから部屋を出ていった。それと同時に美蘭のお腹が鳴ってしまったので、用意してくれた夕食をいただくことにした。お盆の上には、白米、味噌汁、野菜の煮物にお茶と、一昔前の庶民的な内容だった。これがこの世界の普通の食事なのか、被疑者に対しての待遇なのかはわからなかったが、いずれにせよ、とてもありがたい食事だった。


「いただきます」


 この先どうなるかなんていくら考えてもわからない。まずは空腹を満たすために、手を合わせてから目の前の温かい夕食に箸を伸ばした。

ここまで読んでくださりありがとうございます。次回更新は未定ですが、お気に召していただけたら楽しみに待っていただければ幸いです。

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