最近、恋人同士でこたつに入ることが流行っているらしい
西都研究学園都市。
俗世間から少し距離のあるこの街ではときどき、へんな行動が流行る。川辺にカップルが等間隔に並んで憩いの時間を過ごしたり、入試の時にへんな像を立てたり。
春の足音を感じつつも、まだちょっと肌寒い三月中旬。そんなこの街での最近のブームはずばり、野外に炬燵を置いて恋人と二人きりで入ること! なんだけど……。
「で、このブームに乗っかって十五年間片思いし続けてる幼馴染と、たとえフリでも恋人っぽいことをしようと意気込んで炬燵を買ったはいいものの、結局幼馴染を炬燵に招待する勇気が出なくて今もうじうじしてる、と」
「うわーん、そんなに直球で責めないで……」
大きな楠の下に二人用炬燵を設置しながら。炬燵に入ったわたし・吉野小春と同じゼミの友達である千秋ちゃんは騒いでいた。
そう。わたしには五歳の頃からずっと片思いしている幼馴染がいる。彼女の名前は平安名夏希ちゃん。わたしよりも二歳年上で、子供の頃からの生き物好きが高じて今では農学研究科で遺伝子の研究をしている大学院生。わたしがこの大学を選んだのも少しでも夏希ちゃんの少しでも傍にいたかったから、っていうくらいわたしは夏希ちゃんのことを愛おしく思ってるんだけど、わたしはこの思いを十五年間、ずっと伝えられずにいる。
告白して幼馴染という今の関係でさえ崩れてしまうのが怖かった。でも、恋人になれないならなれないで、わたしが足踏みしているうちにいつ夏希ちゃんが他に恋人を作っちゃわないかっていう恐怖心にいつも苛まれていた。
「ほんと、小春って煮え切らないよね。告白できないまでも、さっさと既成事実作っちゃえばいいのに」
「既成事実って……千秋ちゃん言い方!」
「でも、こんなに目立つところで平安名先輩と一緒に炬燵に入っちゃえば、周囲に対する既成事実のアピールにはなるでしょ。たとえ二人が本当に付き合っていないとしても、傍から見たら恋人に見えるって。大丈夫、研究が恋人みたいな平安名先輩のことだもん。恋人と二人きりで炬燵に入るなんて流行、きっと知らな」
「あっ、小春ちゃん見つけた~。やっほー」
千秋ちゃんの言葉が間の抜けた声に遮られる。その間の抜けた、でもどこか安心感のある声に、わたしの胸はとくん、と大きく高鳴る。そう、そこにいたのは間がいいのか悪いのか、夏希ちゃんが立っていた。
そして炬燵に気づいた夏希ちゃんは
「あっ、炬燵だ~。あったかそうだねぇ。あたしも入れて~」
とわたしの許可を待つことなくもぞもぞと炬燵に足を潜り込ませてくる。必然的にわたしと夏希ちゃんの足の指が触れる。その瞬間、わたしの体には電撃が走る。子供の時は何とも思わなかったのに、なんでこんな気持ちになっちゃうんだろう。それは、わたしは夏希ちゃんのことを意識しちゃってるからに他ならなかった。
――無理。このままだと嬉しさと緊張で心臓が破裂しちゃう。
そう思って千秋ちゃんに無言で助けを求めるけれど、千秋ちゃんは何を想ったのかわたしにウインクしてきたかと思うと
「あっ、私用事があるんだった。あとは若いお二人でごゆっくり~」
とわざとらしく言って去っていく。若いお二人って、千秋ちゃんは浪人してないわたしよりも年下じゃん……。
そして、その場にはわたしと夏希ちゃんだけが残される。のほほんとした表情で温まっている幼馴染のことを見てると、なんだかいろいろ意識して、悶々としてる自分が馬鹿らしく思えてきた。
「……夏希ちゃん。二人で野外の炬燵に入る意味ってわかってる?」
炬燵の意味を夏希ちゃんが知ってるか、念のため聞いておく。すると夏希ちゃんは相変わらずののほほんとした表情で
「ん? あったかい以外の意味なんてあるの~?」
と逆に聞いてくる。そんな夏希ちゃんに、わたしはつい溜息を吐いちゃう。
――やっぱり夏希ちゃんは夏希ちゃんだね。興味あることにはとことん興味があるのに、興味がないことには無頓着で、抜けてる。でも、そんな夏希ちゃんだから、わたしはあなたに恋をしたんだよ。
そう思ったけれど、それは口にはしなかった。
だから今は、せいぜい見せかけだけの恋人の時間を堪能させてもらおう。夏希ちゃんは全くそんなこと思ってないだろうけれど。
そんなことをわたしが思っていると。
「そうだ。こんな気持ちいい春の日は思い出に写真を撮っておこうよ」
不意に夏希ちゃんがそんなことを提案してくる。確かに夏希ちゃんはやたら写真として記録を残したがる性格をしていた。
「えっ、ここで撮るの?」
「うん。実験の記録を残しておくことは大切だよ~」
そう言ったかと思うと、スマホを構えた夏希ちゃんはわたしの体を引き寄せてくる。
――ほんと、マイペースな夏希ちゃんにはいっつも敵わないなぁ。でも、本当は恋人になれてないのに恋人同士みたいになれてるこの瞬間を写真として切り取っておくことは、これからのわたしに勇気をくれるかも。いつか、夏希ちゃんにわたしの本当の気持ちを伝える時とかに。
そんな下心を隠すように、わたしは無理やり戸惑ったようなわたしの表情を作る。そんなわたしの表情を、夏希ちゃんのスマホのカメラは切り取った。
◇◇◇
野外に置いた炬燵に恋人と二人きりで入ること。そんなことが流行っているということは、流石の研究馬鹿のあたしも小耳にはさんでいた。
だから研究室から楠の下の目立つところに小春ちゃんが炬燵を広げているのが見えた時。二歳年下の幼馴染である小春ちゃんに幼馴染以上の感情を抱いているあたしは正直、気が気じゃなかった。
――小春ちゃんがこんな時期に炬燵を用意するなんて……まさか小春ちゃんにも恋人ができたの⁉ 相手は一体誰?
そう思ったあたしは気持ちが抑えられなくて、まとめかけていたレポートもそこそこに外へ飛び出しちゃった。
そんなあたしの不安は結果から言うと杞憂だった。小春ちゃんに恋人なんていなくて、付き合っているわけでもないあたしと一緒に炬燵に入りたくて、こんな目立つところに炬燵を置いただけみたいだった。その事実に、あたしは内心、ほっとしていた。まあ、あたしの小春ちゃんに対する思いは内緒にしてるからそんなことを悟らせるようなそぶりは見せないけど。
そして気持ちよさそうに炬燵に癒される演技をするあたしに、小春ちゃんは少し不満そうにぷくっと頬を膨らませる。かわいい。
「……夏希ちゃん。二人で野外の炬燵に入る意味ってわかってる?」
本当はわかってる。わかってるけれどあえて知らないふりをした。ここで知っていると答えたら、それはあたしが小春ちゃんの炬燵に無理やり入り込んだこと自体が小春ちゃんに対する告白と同義になっちゃうから。
でも、それは絶対に許されない。とあることを成し遂げるまで小春ちゃんに対する思いを隠し通す――そう、十五年前に誓ったから。
あたしが小春ちゃんに告白する条件。それは、女の子同士での生殖技術を確立することだった。
近年、日本でも同性同士のパートナーに対する理解はだいぶ進んできた。とはいえ、やはり子供を産むことができない同性カップルは少し肩身が狭い思いをすることになる。そんな社会情勢の中で女の子同士であるあたしと小春が恋人同士になったらどうなるか。それはきっと、辛く厳しいものになるだろう。最愛の人にそんな苦労をさせたくないあたしにとって、今の社会情勢のまま小春と恋人同士になることはどうしても許しがたかった。たとえあたし達自身が両想いであっても。
だから、あたしは少しでも同性婚カップルが生きやすい社会にするために、そしてあたしと小春が生きやすい社会にするために、世界を変えることを決意した。そのための手段が、同性同士でも子供を作る技術を確立だった。
同性同士でも生殖できるようになれば、今よりももっと同性パートナーが市民権を得られる。今までよりももっと胸を張って同性婚カップルとして生きることができる世の中になるはずだ。だからそうなるまでは、小春にこの思いを伝えないと決めた。
その技術確立がいつになるかはわからない。でも、小春と笑って両想いカップルになるために、それだけは譲れなかった。そしてその技術開発のために、あたしは生まれ育った故郷を離れて遺伝子工学の研究が国内で最も進んだ、この大学へと進学した。
だから今だって当然、小春ちゃんにこの気持ちを伝えたらあたしの計画は全てが破綻するからできなかった。小春ちゃんの思いを真正面から受け止めてあげることはできない。でも。
――付き合えない間のツーショット写真くらい、撮ってもバチは当たらないよね。これもある意味、同性同士の生殖技術開発のための『即席の記録』なわけだし。
そう自分を納得させて、小春ちゃんの体を引き寄せてあたしはまた写真を撮る。
そうこう言いつつ撮りためた小春ちゃんとのツーショット写真は、これで一〇八〇〇枚目となる。
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