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悪役S嬢〜悪役令嬢がS嬢って、天職なのでは?〜  作者: タケミヤタツミ
白薔薇を踏み越えた道の先に(最終章)
75/85

75:開花

王妃候補やナイト公爵家の件は厄介なものの、切り捨てるように断ることなら可能。

事件の直後で鉄は熱いうちに打てとばかりにレピドが勘当や分籍の証明を進めておいたので、書類を突き付ければ淡々と事を済ませられるそうだ。


とはいえレピドも忙しい身だろうに、今はただの小娘であるヴィヴィアに何故そこまでしてくれるのか。

公爵家を自分を連れ戻そうとするという先見の明があったのも不思議。

恐る恐る訊ねてみても「面白そうだったから」とだけで、納得のいく返答は得られなかった。



それより避けられぬ問題は、ロードとの最後の面会。


何故か、こちらに対して強烈な悪意や敵意を持っていたことが判明した。

思い当たる節なんて考えても仕方ない。

逆恨みで学園と公爵家から追い出された身なので、あまり思い悩んで自分を責めるのもどうだか。

お人好しだったヴィヴィアもそれくらいは心境の変化ならある。


兎も角、対面するには一人きりなんて無謀。

付き添いは必須として誰にするかといえば、レピドの言うように一泡吹かす為に「金たんまり持ってて顔の良い男を一緒に連れて"私はこの人の物です"って宣言」を実行することにした。


ライト伯爵家は筆頭公爵家の分家で、王家の親戚。

レピドは高祖父が先々代の王なので繋がりはまだ細くない。


それは従弟の蜘蛛蘭も同じこと。

花街に飛び込んだ時点で親とは縁を切った身ではあるが、この場で金持ちの恋人として振る舞えれば結構。

仮の話、後でロードに真実を知られても別に良い。

今生の別れならヴィヴィアに悔いを残さず派手にぶちかまそうという腹積もり。



「強めの格好にしとけ」と皆が言うので、ヴィヴィアはシンプルで上品な形の黒いワンピースに脚が美しく見える編み上げヒール。

月華園では黒こそ最も美しい。

夜の色、S嬢が身に纏うレザーの色。

化粧は鎧というもので、女性陣が冷たい美貌を活かすように彩ってくれた。


そういう訳で、今だけ蜘蛛蘭も貴族に戻る。

先代伯爵令孫のフロー・イグニス・ライトとして。


日頃は刺青に目を奪われがちでも化粧で隠すとやはり美しい顔立ち。

褐色の髪が影を落としてシャープな印象ながら、物腰の柔らかさに大人の色気が滲んでいる。


黒い三つ揃えスーツはシンプルなようだが、差し色としてジャケットの裏地とネクタイはダークグリーン。

ヴィヴィアの髪と同じ色。

ベストもグレーなので彼女の目と同じ色という、何とも重いコーディネートとなった。


「いえ、完全に無意識でした……」


指摘したところ蜘蛛蘭は驚いた後、片手で隠して赤面。

やはり着替えようかとも思ったらしいが、レピドに急かされてこのまま馬車に乗り込んだ。

行き先は城、王妃候補から降りたヴィヴィアは縁が切れてしまったとばかり思っていた場所。



ライト伯爵家の馬車は大きめに造られており、しっかりした箱型に内部は綺麗なもので座席も革張り。

ヴィヴィアと蜘蛛蘭にはちょうど良くても巨漢のレピドには窮屈そうだった。

花街から王都まではそこまで遠くないにしろ、ずっと座りっぱなしの揺れっぱなし。


それにしても花街での刺激的な日々に慣れてからというもの、ヴィヴィアも肝が太くなった。

誘拐犯の件で男性にトラウマが出来そうだったのに。



刺青のある蜘蛛蘭と巨漢のレピド、二人とも初対面の時こそ緊張したがあまり硬い態度も失礼に当たる。

ヴィヴィアにとって蜘蛛蘭は知れば知るほど可愛らしいと思う男性で、レピドは思っていたよりも砕けた雰囲気で接してくれていた。

ロードと会うには少し気が重かったので二人が付き添ってくれるのはやたらと頼もしい。


そう思う反面、ヴィヴィアは無力さを思い知る。


「これは自分の問題なのに、守られるだけなんて酷く情けない気分ですわ……」


「そんなこと……」と逸早く口にしたのは蜘蛛蘭。

ここに続くのは優しい言葉。

しかし、今ここで本当に効くのはそれであらず。



「……そうだな、もう一つ助言を付け足しとこうか」


蜘蛛蘭を遮ってレピドの声が低く響く。

馬車内で更に巨体を屈め、顔は近付けずに同じ目線。鋭い眼力の強さに怯みそうになりながらも、ヴィヴィアはそこから動けない。


「お姫様は例え何も出来ねぇ役立たずでもなれるけど、女王様なら面白ぇことになるかもな」


視線で縛っておきながら、そんな可笑しなことを呪文のように。

意味が分からないまま胸に刺さる奇妙な感覚。



「いや……ノエなら、そう言うと思ってな」


口元だけで笑って、レピドはそれきり黙ってしまった。

きっとノエのことを考えているのだ。


相手のことが分かるようになると心の中にその人が住み着くようになって、言いそうなことや選びそうな物まで分かるようになるという。


二人とも数年を共にした末に婚約を決めて、今年やっと結婚することになった矢先だった。

未だに目覚めないのだから今こうしている間にも心を痛めているなんて、分かりきったこと。



それならヴィヴィアにとってロードはどうなのだろうか。

生まれた時から一緒だった、ただ一人の妹。

幼い頃こそ実母と義母と共に家族として身を寄せ合って幸せだった。

王太子の婚約者候補として指名されるまでは。

あれから全てが狂ってしまったのに、こんな形で終わるなんて。


だからこそ、この手で決着を付けねばならない。

これはヴィヴィアにとって最後の戦いか。






「牢」と聞いた時はつい陽の当たらない不気味な地下を連想してしまったが、案内されたのは城の北側にある塔だった。

貴賓牢は飽くまでも幽閉の為の場所であり、圧迫感は否めずとも尊厳を傷付ける意図は無い。

鉄格子でなく木製の扉で閉ざされ、内装や食事も特別扱いになるという。


ただ、塔全体に纏わり付いている物々しい雰囲気だけはどうにも拭えない。

常に凛とした表情を保つヴィヴィアも流石に少し気圧されて息苦しい。



斯くして、かつて未来の王妃の座を奪い合った姉妹は格子窓越しに再会を果たした。


ロードの顔を見たのは去年の晩秋、学園の交流会以来か。

三ヶ月の間に顔付きや雰囲気が随分と変わった。

良くも悪くも無理に着飾っていた物を全て脱ぎ捨てて剥ぎ取って、素顔を晒しているような。

病人じみた白いワンピースに束ねた髪は簡素でもあれば、身軽にも見える。


面会室は木製の格子窓を挟んで、あちらとこちら。

罪人と面会人を隔てる物は酷く厚い。

他にあるものといえば机と椅子のみで何も無い。


見張りの兵に「どうぞお掛けを」と促されてヴィヴィアは軽く会釈を返した。

従おうと一瞥するも、心の中で待ったが掛かる。


それでは何だか退屈じゃないか。



「……こんな汚い椅子に私を座らせる気ですの?」


ほとんど無意識で唇から零れ落ちた言葉だった。

侮蔑ではなく確固たる威厳を伴った響き。



知らぬ間に月華園で植えられた種は芽吹いていた。

ただ膨れた蕾が花を開いたのは、息を潜めつつも伸び伸びと育つ狐薊だけでない。

スイッチが入るように切り替わる。

それは今までならば他人から勝手にイメージを押し付けられていただけだった花。


妖艶にして高貴。

畏怖の念すら抱かせる美しい黒薔薇に。



「申し訳ありません、どうぞ」


即座にそう返事したのは蜘蛛蘭。

恍惚の匂い立つ声は恭しくも仄かに色付いていた。

そうして正装のまま、躊躇いもせず冷たい床の上で四つん這いになる。

これは、淫婦リリーの一幕。



「失礼」


ここで横からもう一人。

巨体を縮こめるように会釈して、レピドが自分がハンカチを広げた。

椅子になった蜘蛛蘭の腰の上へ。


見事なまでに紳士の仕草で追い打ちを掛ける。

鋭い双眸は「面白そうだから混ぜろ」と楽しげな光を宿していた。



事前に申し合わせた訳ではない、こんなこと。

遡れば馬車の中、あのレピドの言葉くらい。

それだけで十分でもあった、月華園で花の名を持つ者達には。


非日常の仮面を被り、加虐と被虐の遊戯。

こうして面会室の空気はヴィヴィア達の物に染まる。


驚愕と戸惑いで固まるロードを置き去りに。


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