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悪役S嬢〜悪役令嬢がS嬢って、天職なのでは?〜  作者: タケミヤタツミ
白薔薇を踏み越えた道の先に(最終章)
74/85

74:名前

突然「諸事情によりしばらく休む」とだけ連絡を入れてきたトワが月華園に顔を出したのは、もう二月になってからのことだった。


金手毬は「諸事情って何事?」と荒れていたが、あれは怒りという形で不安感を発散していただけ。

パートナーに何かあったとなれば無理もあるまい。

看板緊縛師かつオーナーが欠けたことにより混乱しても、それは裏方だけの話であって客には悟らせず。

残りのメンバー達で店は必死に一ヶ月を乗り切り、帰還したトワを暖かく迎えた。



とはいえ、これでめでたしとは程遠い。


加えてNo.2の歌姫であるノエまでもいまだに不在なのだが、こちらに関しては更によく分からないまま。

直前までヴィヴィア達と談笑していたというのに、糸を切られた人形のように床へ倒れたきり意識不明。

すぐさま病院へ運ばれたが夢を見ているような昏睡状態が一ヶ月も続いているという。


何より雪椿の憔悴ぶりが痛ましい。

ここに居る以上の務めは果たすと働いているが、どこか触れたら散ってしまいそうな花を思わせた。



そんな矢先、月華園の裏から訪問者が一人。


真っ昼間に現れたレピドの姿にノエが目覚めたのかと皆顔を上げたが、返事は否。

持ってきた用件とは大変意外なものだった。


「悪ィな、今日は狐薊のお嬢さんに言伝で来たんだわ」


婚約者のノエが倒れて今も原因不明の昏睡状態。

初めて逢った時の強者の風格を保っておりレピドは相変わらずに見えるが、実際のところはどうだろうか。

貴族は感情を抑えねばいけないのが辛いところ。



さて、この一ヶ月の間に混乱があったのは月華園だけの話に限らず。

このディアマン国でも王位継承権が第二王子に移ったと発表され、唐突なことだけに騒ぎになった。


貴族内で派閥などもあり権力のパワーバランスが変わるとのことで、新聞は連日そのことばかりで持ち切りである。

そんな中で思い切って踏み込んだ記事も。

王立学園で元王太子、婚約者の公爵令嬢、取り巻きの男子達が揃って休学したそうだ。

そしてヴィヴィアが女漁りをしていたというパーティーでの醜聞に、それが彼女を陥れる為の全くの嘘だったという発表。


もとから元王太子とヴィヴィアが不仲だったことは学園中で知られていたこと。

今では評価が完全に引っ繰り返り、社交界の黒薔薇は「卑劣な元王太子達に陥れられた悲劇の美少女」ということになっているらしい。



「で、まぁ……俺の読みが当たっちまってな」


レピドの苦笑で、否応なくヴィヴィアは察しが付く。

これは「元ナイト公爵令嬢」に対する用件か。

ライト領に分籍した彼女の身柄を預かるという保証人は突き詰めると領主なので、改まった話となればライト伯爵家を通すことになる。


ここから先の話はあまりにも身勝手だった。


王家は第二王子の婚約者にヴィヴィアを立て直したいなどと望んでいるのだという。

そうして以前レピドが予言した通り、ナイト公爵家からも「そろそろ帰ってこい」と。


「私……凄く、馬鹿にされてますわね……」

「ふてぇ野郎だよなぁ……」


そもそも父であるナイト公爵が「王妃になれなければ家を追い出す」とヴィヴィアに言っていたのは何故か。

正妻の娘であるロードは王太子に気に入られていたのだから、どちらの娘が王妃になってもナイト公爵家は王族と深い繋がりが出来るのに。


というのも、貴族としての厳しい目でナイト公爵は「可愛がられるだけの側室ならまだしも、ロードに王妃は無理だ」と判断していたのだ。

庇護欲を誘う愛らしさがあり努力はしているようだが、何をやっても結果は所詮人並み。

決して国を背負う器ではないと。

優秀なヴィヴィアを王妃に、ロードを側妃にというのがナイト公爵の思い描いていた未来だった。



しかし貴族のご令嬢が花街に居るなんて、身売りしてなくともそれこそ醜聞では。

俗物として扱われそうなものを今更王妃に据えようなど何を考えているのか。


とはいえ大陸最大の歓楽街として国内外から日々多くの観光客を迎える、ここロゼリットは少し不思議な立ち位置の場所。

名物料理の店や美術館という明るい面から、娼館やカジノなど薄暗い面まで。

生命の源でありながら、深淵を司る海にも似ていた。


それに花街自体も世界的スターともなった歌姫、公爵令嬢ローゼを生んだという前例がある。

彼女の縁の地となれば、闇もまた魅力のうち。



前提はここまでとして、そろそろ本題に入ろうか。


結論から言えばヴィヴィアに登城令が下ったという。

王妃候補としての打診についてはレピドを通しても断れるようだが、それより彼女でなければならない用件がある。


現在、貴賓牢に入っているロードが面会を求めているのだ。

きっと今生の別れになるから最後に会わせてほしいと。


「な……っ……なん、で……」


ヴィヴィアが言葉を失ったのも無理はない。

ロードの休学や自分の冤罪が晴れた件なら新聞で知っていたが、こればかりは全てが初耳。

憶測だけは山のように飛び交っていても何一つ本気にはしていなかったのに。



それからゆっくりと言葉を選びながら、一つずつレピドが明かしていった。


元王太子が長年に渡ってロードに性的暴行を働いていたこと。

痕跡は巧妙に隠していたので取り巻きの男子達くらいしか知らなかったこと。

堪り兼ねたロードの反撃により元王太子が大怪我を負い、悪事が明るみになったこと。


医者の介入によりロードに対する長年の性的暴行の痕が確認された。

この国ではパートナー間の強姦は罪が重い。

本来なら王太子に対する傷害で罰せられるところだが、この件ばかりは正当防衛になるので貴賓牢は刑が確定するまでの措置。


今後は性的暴行を受けた女性達を手厚く保護する為に造られた修道院行きでほぼ決まっているらしい。

ここは勿論のこと男子禁制。

場所も非公開なので、家族であっても逢いに行けないと。



そこまで聞いて、ヴィヴィアは酷い目眩で意識まで失いそうになった。

「近付くな」と元王太子に言われるがまま距離を置いていたが、違和感ならあったのに。

気付いていたら防げたかもしれないのに。


「気に病むのはやめときな、話はまだ途中だからよ」


レピドがそう付け加えたのには理由がある。


交流会の際にヴィヴィアを陥れたのはもともと不仲だった元王太子とばかり考えていたが、そうではない。

あの件の主犯はロードだった。


そして何より、学園を出たらヴィヴィアが誘拐されることもロードは知っていたのだ。

これは差し金ではないにしろ、あの時あの場に人攫いが出ることを狙っていた。

劣悪環境の娼館で泥々に穢れてしまえば良いと、確かな悪意があったと。


どうしてそんな大事なことを、赤の他人であるこの人から聞いているのだろうか。

こんな形で真相に触れてしまうなんて。


更に意味が分からないことがある。



「妹は、どうしてそこまで憎んでいる私に面会を求めているのですか……」

「ンなもん、本人の口から聞いた方が良いだろ」


本当ならば、毒になる相手なんてもうこのまま今生の別れでも良いのだろう。

傷付くだけかもしれない、会わなければ良かったと後悔するかもしれない。


だとしても、ヴィヴィアはそれを確かめに行く必要がある。



「ここでお嬢さんに俺から一言お節介なんだが……そういう相手に一泡吹かせるというか、そんな感じの手ならある」

「と、言いますと……」


一泡吹かせる、とは何だか穏やかでない言い方。

ただ、悪意を持った相手と対面するというのに無策の丸腰は確かに馬鹿のやること。

恐る恐るヴィヴィアが訊ねてみれば、至って事も無げな返答。


「それはあれだ、金たんまり持ってて顔の良い男を一緒に連れて"私はこの人の物です"って宣言すんだわ」


一見、何のことかと呆れるところか。

しかし実のところ、レピドの意見はそこまで素っ頓狂でもない。


「最底辺から抜け出したければ金持ちの寵愛を得ろ」というのが花街の真理。

いつだったか金手毬がそう言っていた。

そこに基づけば、もうじき花街を統べる立場になる者からの言葉としては確かな重み。

でなくとも、一人きりで乗り込むなんて危険。

同伴者を連れて行くことは鉄則だと、ヴィヴィアにも分かることである。



「……で、俺としてはこいつお勧めなんだがな」


そうしてレピドが腕を引いてきたのは、蜘蛛蘭。

いつも舞台の上で堂々とした男が今は戸惑いで狼狽した様子を見せる。


月華園のスターであり、鳥兜の正統な後継者。

花街での成功は大金に繋がる。

一重瞼で切れ長細めの双眸、薄い唇と相まってシャープな印象。

整った顔立ちも身体つきも引き締まっていて美しい。


確かに、レピドが挙げた条件には合う。


「いや、あの……断って下さっても構いませんので……」


成り行き上とはいえ恋人役を演じる訳だ。

蜘蛛蘭の方は居た堪れなさそうで、恥ずかしそうで、とても可愛らしい。

大人の男性に対してこんなことを思うのは初めて。


その度にヴィヴィアは胸の奥を摘まれたような気持ちになる、けれど。



「その前に、確かなければならないことがありますわね……私達」


ここ月華園は植物の名を名乗り、本名を隠す。

どんなに仲が良くてもお互いに明かさないなんてよくあること。

ヴィヴィアもまた前から知り合いだったトワ以外は皆の本名を知らなかった。

とはいえ別にどうでも良いことだった筈なのに。


そんな中で一人だけ、気になっていた男が居た。

多種多様な草木が生い茂る中でもそこだけにしか目が行かず、特別な存在。

興味を持ってしまった、何でも知りたい。


花街で生きる上で捨てた名前、それすら欲しかった。

受け止めるから教えてくれないか。


あなたは何者だったのか。



「ヴィヴィア・ソフィ・ナイトと申します」

「僕は……フロー・イグニス・ライトです」


名前とは正体であり、自分を縛る呪文。

交わすからには覚悟して。



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