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悪役S嬢〜悪役令嬢がS嬢って、天職なのでは?〜  作者: タケミヤタツミ
白薔薇を踏み越えた道の先に(最終章)
73/85

73:尋問

証言、一二三。

「公爵令嬢が王太子を襲っていたので止めに入ろうとしたら、講師に暴行された。自分達は被害者だ」


証言、四。

「見回り中に公爵令嬢の悲鳴が聴こえて行ってみたら、男子三人が扉を覗き込んで笑っていた。こちらにも襲い掛かってきたので返り討ちにした。扉を開けた時には何故か令嬢が王太子に馬乗りになって、万年筆を突き刺していた」


証言、五。

「何年もの間、王太子に性的暴行を加えられていた。男子達はいつも見ているだけだった。あの時はたまたま万年筆があったので咄嗟に反撃してしまった」


証言、六。

「…………」


以上が王立学園にて起きた血塗れ事件の登場人物。

さて、この中で嘘を吐いているのは誰か。


なんて出来の悪いサスペンスなのだろう。




貴族令息令嬢と講師による事件は依然として調査中。

混乱を防ぐ為にも表沙汰には出来ず、人気の無かった放課後ということも幸いして他の生徒達には伏せられたままである。

王太子を始めとして目立つ存在なので彼らが急に休んでは学園内でも勝手な噂は無数に飛び交ってしまうが、こればかりは仕方なし。


最も重症の王太子は一言で表せば顔面が蜂の巣状態。

命は取り留めて証言は回復を待ってからということになったが、あれでは喋れるかどうか。

特に眼球の損傷が激しく失明の可能性が高い。



しかし王太子の婚約者であり加害者の公爵令嬢もまた、もともとは被害者と判明する。

制服の乱れと、身体に残された性的暴行の形跡。

性行為とは通常のやり方でも性器に細かな擦り傷が付くものなので、それこそ強姦に及べばはっきりと分かってしまうのだ。


この国で夫婦や恋人間であっても強姦は重罪。

昔々、法律を見直す切っ掛けとなった事件こそ加害者が王子だったのだ。

国王夫妻といえば帝王学を受けている優秀な子供ならあと五人も居るからと第二王子に王位継承権を譲り、「元」王太子には罪人の烙印を押した。

我が子という点に於いても「人に害を為すだけの存在と発覚したのなら、あれは最初から失敗作だった」とだけ。


結局こんな騒ぎを起こしても国王夫妻は息子を見なかった。

それこそ最期まで変わらないだろう。


あれだけ持て囃されて輝かしい未来が決まっていた元王太子が、今では国を震撼させた殺人犯の再来だと事件関係者達の間では囁かれて恐れられる存在。

美貌も王位も失い、まるで包帯だらけのミイラ男。

もう病院のベッドで呆けてばかりになってしまった。



ただ、この件で黙っていないのは家ぐるみで元王太子の熱心な信奉者だった令息達や一族である。

相変わらず元王太子や自分達の無実を主張しており、特に貿易商の令嬢とはいえ平民である講師に対する怒りの声が凄まじい。

今も尚「あんな男みたいな容姿の年増を襲う訳が無い」と強く訴えている。


とはいえ講師の方も性的暴行のような衣服の乱れがあった。

加害者男子の指先に付いていた講師の血液と、講師の胸元に走った傷が加害者の爪とそれぞれ一致している。

講師は「襲われた時に服を破かれた」と言い、男子達は「抵抗しようとして掴んだだけ」と言う。



それでは、ここは一つ皆揃って正直になってもらいましょうか。


斯くして事情聴取は次の段階へ進むことになった。

王太子はまだ無理としても、この五人の証言で大体のことは分かる。


ちょっと口を緩めて従順になってくれれば。




こうして彼ら彼女らが一人ずつ対峙したのは、とある男だった。

椅子に掛けているがそれだけで存在感がある巨漢。

目深に被られた制帽で顔は見えない。

事件以来ずっと自分達を囲む者達と同じように警察官の制服姿に、筋骨隆々とした体格が浮き出ている。


「……さて、お前の(はらわた)を晒してもらおうか」


物騒な物言いながら威厳と品のある低い声だった。

机を挟んで、腕を伸ばしたら届く距離。

てっきり拷問でもされるのかと震え上がっていた者も居たが、男にとってそんなものは必要無し。



「蜘蛛蘭が警察官の格好した時もそうだったが、お前も補導した少年少女喰い散らかしてそうだな……やっぱり似ているな、従兄弟だけに」


数日続く事情聴取と身柄拘束で多少は疲れこそ見えるが、講師のトワはいつも通りの口調。

それを聞いて制帽の下、思わずマゼンタ色の鋭い双眸が笑う。

蜘蛛蘭に似た薄い唇からも牙を覗かせて。


両者とも貴族ばかりなので顔が割れている可能性を考慮して、警察官の格好で尋問を行うことになった。

社交界にはあまり出ないが念の為。

何しろ「魔獣」の二つ名は悪い噂も含めて有名になりすぎている。



制帽に隠していた、尻尾のように結んだ長めの黒髪。

両耳に幾つも突き刺さるシルバーピアス。

立ち上がってみれば、やはり見上げるばかりの巨漢。


ライト伯爵家次期当主、レピド。


その正体こそ自分へ怒りを向けた者を支配する魔法使い。

彼自身がこの国で最強の自白剤でもある。



何百年もの前に魔女狩りの歴史もあり伏せられた事実ではあるが、今この世界にも魔法は存在する。

王家の親戚であり筆頭公爵と分家の伯爵、ライト家は魔法使い魔女が生まれやすい家系。

貴族としての仕事もあるが、秘密裏にて魔法使い魔女の起こした事件などを処理する役目もまた負っていた。


今回は元王太子が魔法使いであることも判明した為、国王からの命もあり「竜帝(-ラース-)」の力を使って全員に洗い浚いの打ち上げ話をしてもらうこととなった。

この竜帝の前で嘘は通じず、秘密も無意味。

どんなに強い精神力を持つ者でも理性も心の鍵も溶け落ちて、レピドに従わずにいられなくなる。


これはなかなか危険な力だった。


胸や腹、もっと奥深く腸に溜め込んだ物、自覚が無かったことまでも言葉として吐き出しまう。

身が破滅するような秘密であればこそ曝け出すことに強い快楽すら巡る。

使い方次第では国すらも傾けてしまう。


そして正直者には大したことないが、嘘吐き相手こそよく効くものであった。



「……良い子だ」


そうして悪事を白状した時、男子達は誰もが舌を垂らした犬の顔で笑っていた。

まるで最愛の飼い主を見上げる目。

大きく無骨なレピドの手に頭を撫でられたら、もう涎で泥々に蕩けてしまって堪らない。


もっと、もっと。

誰にも明かせない自分の汚い部分まで解放するから、どうか見てほしい、聞いてほしい。



ここがゲームとして造られた上で、物語の悪として生まれた男が居た。

彼は男女構わず色欲を貪り、他者の怒りを弄び、されどそれは善である主人公に滅ぼされる為でない。

甘いだけの恋では足りない物語に対するスパイスとしての役割。


勿論そんなの知ったことか。

もし創造した者からそう告げられたとしても軽々と笑い飛ばすだろう。


「魔獣」の二つ名を持つ、レピド・ジャバウォック・ライトとはそういう存在だった。



残るは元王太子だけだが、治癒の魔法使いであることが判明すれば皆が疑問に思うだろう。

自分でその顔の怪我を治せば良いのにと。

答えは否だが、理由は二つあった。


この世界の魔法は決して万能でなく、発動条件や制約がある。

特に治癒能力は「自分には無効」というのが多々。


もう一つ、そもそも魔法とは精神の力なのだ。

効き目も当人の気分によって左右されがちなものであり、強いショックなどを受けて二度と使えなくなってしまったなんてよくあること。

弱者を甚振って遊んでいたつもりが、たったの万年筆一本で全てを失った元王太子はもう魔法使いではない。



全貌は伏せられて王太子が第二王子に変わるとだけ発表されるだろうが、それだけでも民は大騒ぎになるだろう。

そう、これは国が引っ繰り返るような大事件なのだ。


とある魔女が予言してみせたことは現実になった。






「お前が言っていた通り、国が引っ繰り返ることなら確かに起きたけどよ……思ったより面白くはねぇな」


警官の制服を脱ぎ捨てても、一仕事を終えた後の疲労は身に纏わり付いたまま。

レピドの苦笑じみた溜め息に対して返事は無い。


ライト伯爵邸、とある部屋のベッドにはその魔女が横たわっていた。

もう何日も眠り姫のようなあどけない寝姿で。

知らぬ間に呼吸が止まってやしないかとレピドは恐れていたものだから、規則正しい寝息を繰り返している様にとりあえず安堵する。



予兆らしきものは直前ですら無かった。


最後に達者な姿を見た時、いつものように出掛けの挨拶を交わしたレピドからしても訳が分からない。

ちょうど例の暴行事件が起きた日だったか、歌姫としての仕事をしている店で倒れてそれきり意識不明の昏睡状態。

先程まで談笑していたのに突然のことだったという。


当然の話、医者にも看せたが原因不明。

何をしても反応が無い。


御伽噺ならキスで起きるが、眠っているのが魔女では効くのかどうか。

それに、恋人同士であっても相手の同意も無く勝手に触れたりしない。

だからこそ魔女はレピドを信用して愛した。



「……なぁ、起きてくれよ、リヴィ」


口にした名前は微かに震えていた。

外では変わらず魔獣として振る舞っていたし、折れたりしない。

それでもこの部屋でだけは弱音を吐きそうになる。


今はただ、あの瞼に隠された暗褐色が恋しい。



魔法使い魔女は火花を胸に抱いて生まれてくる者のこと。

愉悦快楽に敏感、底無しの欲深さを隠さず誇り、本能じみた好奇心。

レピドにとって自白剤としての仕事は非常に愉しいものであって、今回は一番の大仕事だった。

公爵令嬢からも実に興味深い話も聞けたのに。


その筈が胸に穴が空いたような虚しさで堪らない。

どれだけ強い魔法が使えても、こんな時には役立たず。



ラベンダーを愛する魔女は歌姫として舞台に立つ上で、薫衣草のノエと名乗っていた。

これは眠りを司る花。


抱き寄せた時にいつも感じる、甘みを抑えて大人びた涼やかな香り。

ベッドで愛を交わす時には媚薬じみた効果を持ち、何年も掛けてレピドに慣れ親しんできた。

その薄紫の気配は確かに生きているのに、どこか物悲しくて苦い。


ラベンダーの花言葉通り「沈黙」は続く。


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