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悪役S嬢〜悪役令嬢がS嬢って、天職なのでは?〜  作者: タケミヤタツミ
白薔薇を踏み越えた道の先に(最終章)
72/85

72:棘

そこまでロードの身体に大怪我を負わせておきながら、公にならないのは何故か。

証拠が何も無い、いや、正確には消してしまうのだ。


この世界の魔法は肉体でなく精神の力。

魔法使い魔女は火花を胸に抱いて生まれてくる者のこと。

愉悦快楽に敏感、底無しの欲深さを隠さず誇り、本能じみた好奇心。

暴力性もまた素質の一つである。


王太子もまた魔法使いなのだった。

その手で触れればどんな傷でも治してしまう能力を持つ。


ただし遥か昔に魔女狩りの歴史もあった為、現代は「魔法なんて御伽噺の中だけの存在」ということになっている。

王太子は巧妙に隠し、またロードの魔導具である指輪も一般人には感知出来ない代物。



ゲームとして知っていた侵略者達は治癒能力を持つからこそ王太子を神のように思っていた。

彼が誰よりも優しいからこそ宿った魔法なのだと。

しかし実際のところ暴力性を抱えた人間にそんなものを与えれば、どうなるか。

安心して相手を痛め付けられるとほくそ笑むだけだ。


なまじ頭が良いからこそ王太子は人体に精通していた。

どこをどうすれば死なず、より効果的に苦しませることが出来るかと。

命が消えそうな寸前で治して意識を失うことすら許さない。

隠していた残虐性は身体を繋げる一線を越えたことで日毎にエスカレートしていった。

刃物や薬品や火までも使うようになり、もう止まらない。



ヴィヴィアに喧嘩を売っておきながら自覚がないので、一つ言い返されただけでも「先に暴言を吐いたのはあちらだ」として壁を殴ったり暴言などを飛ばす。

しかし直接的な暴力は愛する女であるロードにしか向かずにいた。


表向きはロードの騎士のように振る舞いながら、裏では暴行三昧。

ある時は可愛らしい顔からナイフで皮を剥ぎ取り、血塗れで激痛に悶え苦しむ姿をわざわざ鏡に映してみせた。

乱れた桃色の髪を掴んで「お前のような最も醜い女を愛せるのは自分だけだ」と繰り返し囁きながら。



前世と今世、二つ分の人生を掛けて崇拝していた神が化け物だと判明し、ボロ雑巾のようになるまで甚振られては傷一つ残さず治される日々。

ロードの姿の侵略者は簡単に狂ってしまった。

当然の話、実母の姿の侵略者に訴えても信じてもらえない。


そもそもの話、王太子に惜しみなく愛を与えて育てた乳母の方もまた実は親には向かない人種。

可哀想な子供だからと甘やかすだけで叱らない。

彼が欲すれば平気で人の物だって盗んでしまう倫理観の持ち主だった。

侵略者が決死の思いで被害を訴え、助けを求めても「時間をくれ、必ず分かってくれる日が来る」と微笑むだけ。



人は集団になると己の暴力性を強さとして誇ることがある。

跡が残らない程度に痛め付ける時は、取り巻き達に性行為の様を見せ付けることも。

裸に剥かれた侵略者を皆で囲んで嘲笑うのだ。


皮肉なことに、こうして侵略者がすっかり弱り果ててしまったお陰でロードは身体の主導権を奪い返すことが出来た。

自分の口で物を食べたりするのはいつぶりか。

何年もの間、楽しいことは全て侵略者に奪われていたから。


侵略者とは性行為の時だけ交代すれば良い。

どんなに嫌がっても、ロードが殴る振りをするだけで悲鳴を上げて従うようになった。


これがお前の望んだことなのに。

ロードの身体を奪い、人生を奪い、それで得たものが崇拝していた神からの終わらない暴力だ。

だったら存分に地獄の痛みを味わえ。



ただ、妙なことに侵略者の知る物語と現実は相違点が幾つもあった。


まず第一に、義母が亡くなるなんて展開は無かった。

実はこの時に実母もまた大怪我を負って腰から下が動かなくなってしまい今も自室で隠居状態。

「共に邸内の階段から落ちる事故」として内々により処理されたが、どうにも怪しい。


実母の姿の侵略者は貴族としてのマナーが壊滅的になので、社交界へ出られない理由付けとして半身不随はナイト公爵家に好都合ではあったが。

いつだったか正義感と王太子に対する愛が暴走して、国王夫妻に育児放棄の件を物申す為に突撃しようとしたことすらあったのだ。

既のところで父が止めていたものの、いっそ大騒ぎになって婚約の話が流れてしまったら良かったのに。



小さい引っ掛かりといえばミセスオパールの件か。

ゲーム内で彼女は男女交際禁止の学園に於いて攻略対象との仲を咎める、悪役というかお邪魔虫キャラ。

王太子しか見ていない侵略者の方は気付いていなかったが、ロードは分かっていた。

確かに名前も格好など雰囲気こそ共通しているが、よく見れば髪色も顔も別人じゃないか。


そう思いつつも、恋愛ゲーム内でのお邪魔虫キャラなんて設定は作り込まれてないのが当然の話。

公式プロフィールにしても「ミセスオパール」とだけで、ファーストネームすら明かされていなかった。



いや、それよりもロードにとって最も気掛かりなのはヴィヴィアのこと。


物語の中でヴィヴィアは「悪役令嬢」という肩書を持っていたが、飽くまでもライバルという立ち位置。

冷たい美貌でロード以外と関わりを持たない孤高の存在という反面、真面目なお人好し。


姉妹の交流は断絶していたが、それは歪んだ目で物語を見て敵視していた侵略者達の所為でしかない。

本来ならキャラクター性も王太子とのカップリングも物語のファン達から人気が高く、何よりヒロインとの仲睦まじさからヴィヴィアルートを希望する声すら。


ところが、現状はどうだ。


学園に入学して以来いつからすっかり柔らかな表情をするようになり、ピアノの才を伸ばして女生徒達から慕われる憧れの的。

もう自分だけの姉ではなかった。


更に「婚約者候補から抜けて、春から音楽学校に通う」という報告。

それはヴィヴィアと離れ離れの人生を意味する。


この報告を受けた時、ロードは今度こそ壊れた。

実母も義母も純潔も失い、世界で一人きりになってしまった彼女にとってどんなに残酷なことだったか。

本来のロードが身体を使っている時、その宝石の色はダークグリーン。

縋り付く存在はもうヴィヴィアしか居なかったのに。


助けてほしかったのに。



さて、王太子とロードが結ばれるバッドエンドではヴィヴィアもまた不幸になる。

あんなにも努力したのに選ばれなかったヴィヴィアはショックを受けて学園を飛び出した先で悪者に捕まり、一ヶ月後に花街にある劣悪環境の娼館で見つかるのだ。

どんなに優秀でも穢されてしまっては側妃にすらなれない。

生涯ロードの侍女として仕え、姉妹は不幸の底で身を寄せ合うことになる結末。


一方的にヴィヴィアを憎む侵略者達は娼婦に落とされることを嘲笑っていた。

同時に、離れ離れの未来を変えて運命の通りする最後のチャンス。

姉には悪いが、ロードはそれに賭けることにした。


どんな方法でもヴィヴィアが手に入るなら構わない。

泥々に穢れても自分だけが姉を救い、愛してあげられるのだ。



こうして何とか王太子を言い包め、姉に言い寄った女生徒達の逆恨みを煽り、あの交流会を迎えた。

婚約発表の後にヴィヴィアを魔女として吊るし上げる為の場。


「お姉様に弄ばれたという被害者の方をこれ以上辱めることは許しません!」


そう声を張り上げながらも、ロードは女生徒達を始めとして会場中の者達を軽蔑していた。


言い寄っていたのは自分のくせに。

相手にされなかったくせに。

無実だと知っているくせに。

あれだけヴィヴィアを持ち上げておきながら、こんな馬鹿げた醜聞を面白がって信じるのか。


静かに怒りを燃やしつつもヴィヴィアは従い、学園から追い出すところまではロードの目論見通りとなる。

こんな孤立無援の場ですら姉は少しも折れなかった。

流石だ、あなたはなんて強いのか。

必ず迎えに行くからどうか待っていてほしい。



ところが、そうして待った一ヶ月後。

ロードの待ち望む一報はいつまで経っても聞こえてこなかった。


気が急いて花街へ使いをこっそりと送ってみたところ、そもそも劇中でヴィヴィアが見つかったという娼館は既に潰れており空き家。

不当な人身売買が発覚して領主に粛清されたらしい。

ならば被害者達はどこへ消えたのか、ダークグリーンの髪の娼婦という目撃例も一向に挙がらず。

ヴィヴィアは完全に消息を絶ってしまったのだった。


それだけが心の支えだったのに。

私がしてきたことは何だったのか、ただ姉を傷付けて失っただけ。






更に日々は過ぎ去り二ヶ月が経過、季節も移り変わり新年を迎えて一月半ばのことだ。

冬の校舎は日暮れが早いので閉まるのも早い。

特に、防音の造りとなっている第二音楽室は悪事に丁度良い場所だった。


その日はいつものように王太子はロードの姿をした侵略者を組み敷き、取り巻き達は外から扉のガラス越しに下卑た視線を肌に突き刺している。

泣いても喚いても従ってもやめてくれない。

魔法のことを伏せている観衆が居る分、今日は跡が残らない痛め付け方で済む。

こんなことを考えてしまう程、もう諦めて飼い慣らされてしまっていた。



夕暮れが迫るその時だったか。


ふと外の様子が騒がしくなり、取り巻き達が扉から顔を背ける。

まさかとうとう誰かに見つかったのか。


そう気付いて焦って身を起こした王太子だったが、上半身をぶつけてしまい思わず怯む。

そしてピアノの上から何かが転げ落ちてきた。

床に投げ出されていたロードの手に、細くて冷たい物が触れる。



鋭利な氷柱を思わせる無機質な冷気。


凍るようなその小さく確かな刺激により、精神の奥で膝を抱えていたロードは目を覚ました。

その切っ先は膨れていた袋に突き刺さり、子供の頃から長らく溜め込まれて泥のように煮詰まっていた恨みが流出する。

侵略者を押し退けて急速に浮上していく意識。


そこから先のことは無意識だった。


掴み取るようにロードが握り締めた冷気。

迷いも無く真っ直ぐと、王太子の顔へ突き刺した。

何度も何度も。

眼鏡が割れ、眼球を潰し、血溜まりで動かなくなるまで。



あまりに強く握り締めて壊れそうになるまで振るったものだから、腕が痺れてしまう。

ふと手を止めて、血で滑りそうになっていた凶器の正体をロードは初めて見た。


そこにあったのは万年筆。

衝撃で先端が破損し、血溜まりの中でインクと混じり合って艶めく赤と黒が鮮烈な。


何だ、こんな簡単なことだったのか。

こんなどこにでもある小さな物で殺せるのか。


暴力癖のある者は反撃に弱いという。

自分が強者だと思い込んでいたからこそ、まさかこんな弱者に敗けるなんて信じられない。

身体は凍り付き、小さく蹲って震えるしか出来ず。



「……お前なんか生まれてこなければ良かったのに」


飛沫の深紅に色付き、それこそ薔薇のようになったロードの唇から零れ落ちた言葉。

さて、果たして王太子には聞こえていたろうか。



白薔薇、黒薔薇。


それはナイト公爵令嬢姉妹に付けられた二つ名である。

美しさに棘を隠す花であり触られることを拒む。

もし不用意に摘もうとする者が居るなら、応報を忘れるなかれ。


白薔薇の花言葉たる「純潔」は捻り散らされても、血に染まっても、棘だけは鋭さを失わず。


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