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悪役S嬢〜悪役令嬢がS嬢って、天職なのでは?〜  作者: タケミヤタツミ
白薔薇を踏み越えた道の先に(最終章)
71/85

71:白薔薇

幼いヒロインが時計塔前の深い池で溺れた時、水底の宝箱が開いて不思議な指輪を見つける。

これは昔々自分と同じ名前をした魔女ロード・ナイトが己の魔力を封じ込めた魔道具。


魔道具とはこの世界にひっそりと隠れ住む魔法使い魔女、もしくは同じく魔道具を持つ者にしか感知することが出来ず、使用者を自らが選ぶ物。


そしてロード・ナイトの指輪とは愛を司る魔道具。

嵌った宝石に触れた者が最も愛している相手の色に染まり、また手を握って指輪に触れさせることで宝石が染まるので相手からの好感度が分かる。

親密になるごとに色は増していき、一度でもお互いの色が最高潮にまで濃くなればその恋は必ず永遠のものとなるのだ。



ロードがそんな話を知ったのは精神の奥である真っ白な空間でのことだった。

指輪に触れた時に魔力が流れ込んできて魔導具のことは理解したが、それだけではない。


ここはその者が死にかけて、肉体から魂が離れかけた時に辿り着く部屋。

そして別の彷徨っていた死者の魂を呼び寄せてしまうのだ。

本来の持ち主を殺して代わりに身体を乗っ取る為に。



間もなく現れた侵入者の少女はロードを情け容赦なく殴り蹴り痛め付け、最後には殺すつもりだったところを思い直して生かされた。

気紛れではなく、明確な狙いを持った上で。


「王妃にはなりたいけど貴族のマナーも勉強も政治も学ぶのなんて真っ平、あんたが代わりにやってよ」


腹を思い切り踏み付けられ、呼吸も出来ずに転がるロードに侵入者は訳の分からないことを言う。

ただ「王妃」という単語には覚えがあった。

公爵家の娘である自分と異母姉を王太子の婚約者候補として、いずれどちらかを王妃として迎え入れるというのだ。


それまでの人生でロードは幸せだった。

女は役に立たないからと公爵である父や異母兄達からは冷遇されつつも正妻の実母、妾の義母、異母姉のヴィヴィアは皆優しかったので身を寄せ合って自由に楽しく過ごしていたのに。


特に王太子がロードを気に入ったということで、父と異母兄達は掌を返して気味が悪い。

一方のヴィヴィアは「愛らしい妹を傷付ける意地悪な姉」というストーリーを王太子から勝手に押し付けられて不当な暴言を吐かれる。

お陰で姉妹は引き裂かれ、王妃教育で忙しくなってからは共にする時間も会話も減ってしまっていた。



王妃になんてなりたくない。


何よりロードはしっかりと覚えていた。

誰にも気付かれていなかったが、あの時、自分を池に突き落としたのは王太子だったことを。

沈み行く姿を見て確かに醜く笑っていたことを。



そうして内なる侵略者が身体の主導権を握り、入れ替わりながら面倒な場面は全て押し付けられる日々が始まった。

侵略者は王太子に媚を売り、べったりと寄り添って可愛がられる。


入れ替わった際に何とか実母に助けを求めようとしたが、その顔を見てロードは絶望に突き落とされる。

溺れたあの時、娘を助ける為に実母もまた共に池へ飛び込んでいたのだ。

そうして同じように別の侵入者に身体を乗っ取られており、もう中身は別人になっていた。

どうやらあちらは生きてはいないだろう。


私が溺れたりしなければ、母を死に追いやることも無かったのに。


自責の念で消えてしまいたかったが侵入者はそれを許してくれない。

公爵家の令嬢ならば子供でも社交界に度々連れられ、そこで王太子の婚約者候補として振る舞わねば評価が落ちてしまう。

数年後に入学する学園でもある程度は成果を出さねばならない。

ただでさえ優秀で努力家のヴィヴィアは王妃教育が着々と進み、大人びた美貌は日毎に磨かれて差がつく一方だというのに。


そう、自慢の姉であり愛する親友だったのだ。

王太子が現れるまでは。

そのうち義母も事故で亡くなり、いよいよロードもヴィヴィアも邸内でそれぞれ孤独になってしまう。



さて、ロードの居る空間は互いの精神が混ざり合ったような場所。

やがて侵入者の記憶や思考を読み取れることに気付くと、ようやくその目的を知った。


ここはとある物語の世界。


意地悪な王太子の婚約者候補として異母姉と共に選ばれてしまった公爵令嬢がヒロイン。

されど王太子の言いなりなんてお断り。

これは権力も富も全てを捨てて、幼い頃に手に入れた指輪の力を借りながら真実の恋を学園で探す恋物語であった。

ヒロインが愛に生きて逃げてしまっても問題は無い。

優秀な異母姉こそが王太子の真の運命であり、ヒロインに失恋したことで成長した彼は立派な王となるのだ。



本来はそんなストーリーだったが、王太子への愛で盲目になっている侵略者には届かない。

現実を捻じ曲げて、妄想を真実として見ていた。


「本当はヒロインを心から愛していたのに、なんて可哀想な王太子!王太子ならヒロインを本当に幸せにしたのに、異母姉さえ居なければ!」


王太子とヒロインが結ばれることを真の幸福だと思い込み、運命の相手であり諫言を入れる異母姉には「王太子の素晴らしさが分からない愚か者」として敵意を抱いていた。

それは実母の姿をした侵略者も同じ考え。

こうして王太子を崇拝するあまり、結託してヒロインを王妃にして共に幸せになろうと計画を立てていた。


実に馬鹿げている。


最初から「酷い王太子から逃げる」というコンセプトで作られた物語なのだから、気に食わなければやめておけば良かったのに。


これは「ゲーム」というもので結末は複数あり、確かに王太子と結ばれる道も存在する。

しかし飽くまでもバッドエンドであり、王太子に支配されながらヒロインは死んだような面持ちで一生を過ごすことになるのに。



そもそもどうして侵略者達は王太子を崇拝しているのか。

強者を求める者からは、確かに王太子は理想の神にも見えるだろう。

美形、優秀、下の者を従える力もある。


とはいえ、まず侵略者達が王太子を擁護している最大の理由は深い同情である。

本来の物語の上でロードへの初恋が叶わなかったことだけではない。


王太子の意地悪の理由には悲しい過去。

彼は両親である王と王妃から捨てられた子供だった。



国王夫妻は民を纏める為政者や仲睦まじい夫婦としての面は確かでも、親には向かない人種。

生まれた子供は全て熱い情交の副産物や世継ぎ程度にしか見ておらず、ほんの欠片すらも愛してなかったのだ。


第一子の王太子ですらそうだ。

子供を亡くしたばかりの使用人に生まれたての赤ん坊である彼を「育てさせてあげる」と与えて放置。

本人達はそれを善行と信じていたのだから恐ろしい。

どんなに乳母から愛されても、実母からの愛に飢えていた王太子は満たされない。

だからこそ、王妃に似た面差しのロードに代わりを求めたのだった。


王太子は可哀想な子供。

本当は聖人君子なのに両親の所為で意地悪になってしまっただけ。

ヒロインが心からの愛を与えれば道を正し、今度こそ二人とも幸せになれる。

そうなればヴィヴィアのことも愛してやろうと。


ああ、私達はなんて優しいのか。



こんな考えを抱いていた侵略者達の思惑通り歳月は流れていき、物語が開始する学園へ入学を果たした。


侵略者は男女交際禁止の学園で陰ながら王太子と仲を深め、ロードは勉強などの時だけ。

かといって「ステータスが上がり過ぎると他の攻略対象とフラグが立ってしまう」なんて咎められるので必要最低限のラインを守り、王太子以外とうっかり接点を作らぬように調整しながら。


侵略者が身体を使っている時、指輪の宝石は王太子の髪と目の色である赤。

入学前から好感度が高いので王太子に手を握られた時にもロードの髪である桃色に変わり、計画は順調に進んでいるようだった。



間違いを叩き付けられたのは、皮肉にも初めて身体を繋げた日のこと。


自分の愛で王太子は真っ当になり、完全無欠の神になった筈。

ヴィヴィアなど他の生徒に対する傲慢な態度は相変わらずなのに、自ら目隠ししてしまった彼女にはそれまで届かなかった。

処女を捧げて永遠に結ばれることを確信し、甘い初夜に憧れていた侵略者は夢を打ち砕かれる。


他ならぬ王太子の手によって。



歴史を学んでみれば、そこに名を残すのは偉人だけではない。

後世までも語り継がれるような異常者も存在する。


その昔、王家には化け物じみた暴力性を持ったとある男が居た。

「真珠偏執狂」の異名を持つ猟奇殺人犯、第七王子のヤコブ。

婚約者だった侯爵令嬢に自分の暴行罪を着せて学園を追放し、浮気相手であり新たな婚約者となった男爵令嬢を惨たらしく殺してしまった。

憎んでいたどころか「愛していたからこそ泣き顔が可愛かった」という理由で。


以来、国では夫婦や恋人間での暴行は重罪として法律が見直される切っ掛けとなったがヤコブを処刑してめでたしとは終わらない。

残虐性の種は眠りながらも王家の血に脈々と受け継がれ、王太子こそ生まれながらにして開花させてしまった人間だった。


愛する女が苦痛に藻掻き苦しみ、血に塗れた姿でなければ性的に興奮しないという異常性癖者。



それを知った時、精神の奥に居たロードは何一つとして驚かなかった。

池に突き落とされた時から分かっていたことだ、何を今更と。


確かに愛しているが同時に壊したい欲も強く、王太子にとってロードという少女は「何をしても逆らわない女」でしかなかった。

逢引の場に現れた侵略者は何が起きたか理解出来ない。

愛してやまない王太子から鼻や歯が折れて顔が血に塗れるまで殴り付けられ、細い首を絞めながら犯されたなんて。

ロードが溺れた時に見せた、あの醜い笑い顔で。



本来の物語で王太子に対してロードは「あなたの物にはならない」と毅然としており、ヴィヴィアもまた厳しくも優しく接していたからこそ彼は暴力性を抑えて踏み留まっていられた。

こうした経緯により、真実の愛を得たロードに失恋しても潔くそれを受け入れる度量があったのに。


ところが、現状はどうだ。


実母とロードの姿をした侵略者達に幼い頃から甘やかされ、耳障りの良いことしか言わない取り巻きを作り、叱られることを知らずに育った。

こうして出来上がったのは傲慢な化け物。

全肯定以外は認めず、行いを咎めようとしたヴィヴィアなんて「魔女」と蔑称で呼ばれる始末である。


侵略者達は結局のところ愛する王太子の中身など何一つとして見ていなかったのだ。

彼を苦手としていたロードやヴィヴィアの方がよほど理解していたのに。


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