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悪役S嬢〜悪役令嬢がS嬢って、天職なのでは?〜  作者: タケミヤタツミ
月光を待ち焦がれる草木(短編オムニバス)
64/85

64:天使

トワと金手毬と蛇苺

ディアマン王国の音楽界には「天使」の二つ名を持つピアニストの少女が居た。

黒々と艶めく長い髪に、空色の大きな目をした愛らしい顔立ち、小柄で華奢な四肢は人形のような細さ。

鍵盤に舞い踊る指で美しい旋律を奏でては、ステージの上で万雷の拍手を浴び続けた。


ただ、それは約二十年ほど昔の話。

花として見られる命は短い。


ピアノの腕と可憐な容姿に惹かれて舞い込む縁談は多かったが、決して少女は首を縦に振らなかった。

どの男達も結局トロフィーとして見ているだけで、人間としての彼女に興味を持ってはいないのだ。


この国で結婚適齢期は二十代前半。

美貌が衰えた訳ではないが、やがて歳を重ねるにつれて周りから見られる目は変わっていく。

まるで、若くもなく妻や母でもない女には価値が無いとでも言うように。


今もまだ国の音楽界に在籍こそしているが全盛期に比べて大きな仕事はめっきりと減り、家も出たそうで普段どうやって過ごしているのか不明。



その彼女とは、セレス・アンジェリカ・タイト侯爵令嬢。


代表作「瑠璃鳥の囀り」を始めとして数々の名作を生んだ歌劇作家であり音楽家の一人であるファウス・タイト侯爵の子孫。

国を代表する伝統ある音楽家一族の異端児と呼ばれる令嬢。


そして当時の人々が知らない、今の名は。






月華園の目玉である、週に一度のショータイムは毎月演目が変わることになっている。

それぞれパフォーマー達は手持ちの技や持ち歌が数え切れない程あるので、久しぶりに披露するものであっても練習すれば勘を取り戻す。

伊達に何年もステージに立っている訳でない。


色々あった今年も終わりに近付き、時は11月。

それは寒さで震えそうな街が赤や緑で鮮やかに飾り立てられる最後の一花。

「聖夜」なんて清い響きの不似合いな花街にも、もうすぐ愛に溢れる日は平等にやってくる。


そろそろ大事な12月のショーの演目を決めておかねば。

異界には異界の祝い方、住人達と共に一際華やかな夜を迎える為に。




「あー、これはこれは、また高そうな紅茶だこと」


金手毬が新しい紅茶缶を片手で緩く振りながらの嫌味。

正解、これは老舗専門店から発売されたばかりのクリスマスブレンド。

繊細に舞い散る雪の結晶が描かれており、白とピンクゴールドのデザインが実に美しい。


「そう、女子会だから取っておき持ってきた訳よ」

「会議な」


頷く蛇苺に、訂正するトワの声が続く。

暖炉の火で暖まったリビング、ここに居るのは女性陣三人のみ。

女主人、オーナー、音楽家と月華園を支える御三家。


紅茶を淹れるのは金手毬の役割。

カップに放物線を描いて注がれれば柔らかな湯気が華やかに香った。

一口啜ると、甘やかなココナッツにピンクペッパーの清涼感ある辛味が引き立つ味わい。

スパイシーなブレンドにはミルクがよく合う。


お好みでと置かれていた砂糖を溶かして、そろそろ本題へ。



「実は、当て書きで新曲二つ出来ちゃったから12月のショーでやりたくて」


楽譜を掲げ、蛇苺が何とも事も無げに言ってくれる。

思わず紅茶を噴きそうになった金手毬とトワを置き去りに。


どれだけ大変かなんて考えただけで思わず頭を抱えてしまう。

まず完全新曲ならショーのメンバーに覚えさせ、演出に衣装にその他諸々、客の前に出せるレベルまで練習の時間も必要。

それらが日頃の業務と同時進行なのだから気が遠くなりそうだが、現実逃避している場合ではない。

もう一ヶ月も無いのだ。



このメンバーでやってきて約二十年。

そうしたことは何回かあったので、勿論二人とも説得や譲歩を蛇苺に試みるが完全には折れない。


単に努力や根性だけの話でなく、その分だけ蛇苺はコネやツテというものまであらゆる方法を駆使してしっかりと成功させてしまうのだ。

一番それを実現させたいのは彼女だけに手段は問わず。

何だかんだ結果として最高の物を提供してきただけに、金手毬とトワはとりあえず話を聞くことにした。



「歌う子達に渋られそうだから、伝えるの今から気が重いわ……」

「よし……そこまで言うなら、今年の大トリに相応しい曲なんだろうな?」


頭痛と訝しみはご尤も、一旦制して蛇苺が発表開始。

紅茶で潤った舌はよく回る。

プレゼンでは堂々と話さねば魅力も伝わらない。


それは二曲で一対となる短い歌劇。

「歌姫ローゼ」と「淫婦リリー」の物語であった。



五百年前の歴史に名を残す二人はモチーフとしても数多くの作品で登場してきた為、今も尚人々に広く知られている。

片や音楽界の女王、片や色欲を尽くした悪女。


正反対のようで表裏一体。

王太子から婚約破棄されたことで独り立ちして歌声を世界に響かせた女と、王太子を始めとして数多くの男達を誑かした女。

そして歌姫の活躍した舞台とはここ、国で最大の花街ロゼリットなのだ。


題材としては上等、そこから先はどうなるやら。






さて、話は一度「天使」のことに戻る。


成人を迎えて数年、やはりトロフィーとして生きるのは無理だという彼女自身の訴えと、それは両親も痛いほど理解していたので溜息を吐きながらも頷いた。

音楽は令嬢としての単なる教養の一環でなく家業でもあるのだ。

そうして貴族籍こそそのままだが、音楽で食べて行ける道を見つけたので家を出ることを決めた。



ピアノ一本でなく、歌劇作家にもなりたいというのが彼女の本音。

どれもこれも泥々と不気味な作品ではあれど。


そもそもこうした物に惹かれるのだから仕方ない。

実のところ「天使」の趣味や性質は非常にエキセントリックだった。

社交会でも、口を開くとボロが出るのでなるべく黙って微笑むだけで済ませていたというのが真相。


ただ、作品としての質は決して悪くないのだ。

その悍ましいからこそ闇が美しく、微かな光が救いとして心に突き刺さる、そんな曲ばかり。


しかし家族でただ一人、歌劇作家として成功していた兄だけは妹をとても可愛がっていたので必死に止めた。

作家としての才能も認めており「必ず評価される」と説得しながら。



そこで、一つの賭けをすることにした。


二人でそれぞれ同時に曲を一つ発表し、兄の作品の方が評価されるなら言うことを聞いてこのまま家に残ると。

あまりに差があっても比べられないので、薄暗いテーマで共通しつつ似て非なる物。


その結果、兄の名の付いた曲は「彼らしさを活かしつつも素晴らしい新天地」と世間から絶賛を浴びた。

反対に妹の名の付いた曲は「音楽界の天使がこんな暗い作品なんて」や「女特有の情念が気持ち悪い」と散々なもの。


それを聞いた兄は酷く青褪めた。

もう筆を折ってしまおうかと思い悩んだ程に。



というのも発表の前には裏側があった。


既に作家の名声を得ている兄と、ピアニストとしては知られていても作家として無名の妹。

純粋に作品に対する声だけを欲しかったので、同意のもと名前を入れ替えて発表することにしたのだ。

要するに、彼女に求められているのは可憐なだけの「天使」なのだと証明されてしまった訳である。


「私の勝ち」


そう言い残した彼女は手を振って、意気揚々と荷物を抱えて出て行った。


歌劇作家として活動する上で「天使」の二つ名はもう邪魔な物に過ぎず。

自ら羽をもいで外界へ降り立ち、向かった先は花街ロゼリット。

ここは歌姫ローゼ、縁の地。

酒や女だけでなく様々な音楽文化が混沌としてスープを作っているような場所でもある。

確信はあった、ここでならば飛び切り美味なる一杯を振るえると。


こうして人知れず夜遊びしていた時に見つけたショーパブの扉を叩く。

それこそがちょっとした門と小さな庭に改装されたばかりの煉瓦造り、月を名を持つ園。



かつての美しい黒髪は好きな色に染めて、今はキャラメル。

四十路だからと年齢を理由に我慢などせず。

この国ではまだ珍しいエスニックの衣装を着こなし、堂々とした立ち振舞い。


異界に根差した音楽家の名は「蛇苺」。

私が実をつける場所はここが良い。


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