57:捕物劇
蜘蛛蘭とトワ
月華園はディアマン王国で緊縛師第一人者の鳥兜が居るだけに、勿論ショーで一番の目玉といえば縄を扱った演目である。
長年ペアを組む鳥兜と金手毬が人気の高い代表格。
一方、弟子の蜘蛛蘭にはパートナーが居ない。
縛られる側になるのはトワに教わる時くらいなもので、ショーでは自縛。
緊縛師としてならその都度ペアを組むところから決め、М嬢の方も複数在籍しているのでそれほど困らずにいたのだが。
どうやら今回ばかりは難航中。
「あの……薄荷君、やる気あります?」
「いやー……正直なところ無いかなぁ……」
手足に縄が食い込んで身動き取れず、生かすも殺すも蜘蛛の巣が浮いた掌次第。
そんな状況だというのにハニーブラウンの髪を緩く振る薄荷の表情はどうにも冷めており、溜息混じりでこんな緩い返事など実に良い度胸である。
夜の匂いが淡い彼も異界の者、常人とは胆力が違う。
「どうしてくれよう」と加虐心に火が点くタイプも居るだろうが、ここまで白けていてはもう蜘蛛蘭も苦笑しか出来ず。
とりあえず一旦休憩にしようか。
何をしているかといえば知れたこと、次のショーに向けた練習中である。
趣向を変えてみようと、男同士で組むことになったのは別に蜘蛛蘭の意思ではなかった。
むしろ初めての試みという方が不思議なくらい。
問題は「誰と」ということだった。
まず雪椿はノエの専属なので断固拒否。
そうなると必然的に役目は薄荷。
以前もS嬢に縛られるショーに出たことなら何度もあるので慣れていた。
身体が柔らかい点からしても適任の筈と。
雰囲気や容姿がソフトな薄荷とシャープな蜘蛛蘭は並ぶと対照的。
小綺麗な顔の青年同士が絡み合う様はそれだけで耽美なのだが、圧倒的に艶が足りない。
「相手が男女で凄い差があるんだね。凄いや、普通に不快しか感じない」
「えーと、そこは僕の力量不足もあると思うので……すみません」
反射的に謝ってしまったが、こればかりは仕方なし。
どうも薄荷は素直すぎて演技が無理な模様。
同性が恋人だったこともあるそうだが特別な例であり、基本的には女性の方が好ましい。
確かに、S嬢とのショーでは泣きそうな表情が美しかった。
長身でしなやかな筋肉質の薄荷が小柄な女性に屈して縛られる様は倒錯的。
「身動きが取れなくなることで、MはSに全てを委ねて開放される」というのが縄の美点。
気持ち良くて酔ってしまうことすらあるのに。
しかしその委ねる気が無ければ、ますます心を閉ざして嫌悪感ばかりが募る。
男性の場合、下半身を縛る時の一つにビキニラインに沿って縄が通る方法がある。
股間を強調する形になって際どさで見栄えするのだが、これは本当に勘弁してくれと苦い顔で首を横に振られてしまった。
全裸なら男性器に巻き付けるハードな緊縛なんかもあるが、月華園は下着を脱いではいけない。
はて、S嬢は薄荷をどうやって縛っていたか。
かといって同じでは芸が無し。
「……いっそコンセプトを変えてみようか」
師匠のトワが見兼ねて一言。
こういう時は素直にアドバイスを求めるに限る。
「蜘蛛蘭、薄荷さえ真面目に取り組んでいれば良かったのにとか思ってないか?
問題点はこいつが我儘ってことだけじゃないからな」
「と、言いますと……」
「今のままじゃお前達は単なる雰囲気任せでストーリー性が無い、単純に見ててつまらん」
「グサグサ刺してきますね、師匠……」
事も無げに刃物の冷たさと鋭さを併せ持った声で告げてくる、鳥兜という緊縛師はこういう人だ。
効果抜群、蜘蛛蘭は痛む胸を思わず抑えて項垂れた。
そうは言われても、どうしたものか。
歌やダンスなどと組み合わせる場合もあれど、小芝居で台詞などを入れると一気に茶番臭くなりそうなので避けたいところ。
やはり薄荷ならポールダンスか、と思っていると。
「嫌々なら、逆手に取って……蜘蛛蘭、前に捕縛術なら教えたろう?最初にあれを取り入れようか」
「僕が薄荷君を捕らえる……って形にする訳ですか」
捕縄術とは、役人や忍者が敵を捕まえる武術のことである。
これは東洋の言葉で逮捕を「お縄」と呼ぶ語源であり、昔はトワの故郷の国で捕手術の一環として様々な流派が存在していたらしい。
捕縛術は単体でなく、武術柔術と組み合わせて伝承される方が一般的だという。
そもそもの話トワはいきなりSMや緊縛に興味を持った訳でなく、まず武術から入って横道のそちらへ流れた結果だそうだ。
全て彼女からの話でしか知らず、蜘蛛蘭も詳しくないのであまり語れることは少ないが。
「それでは、久々なのでお手合わせ願えますか?」
蜘蛛蘭の申し出にトワが頷いたところで舞台に立つのは薄荷と交代。
脱いだ上着から彼女が取り出したるは、十手と捕縄。
女一人で夜の花街は治安が悪いので常に持ち歩いている物。
十手は扱いやすいように女の掌二つ分の長さ、刃物でもないしこの国では何の道具だか分かるまい。
長い捕縄はすぐ解ける一纏め、縄なんて日常生活でも何かと使う。
まず蜘蛛蘭は十手、トワは適当な小道具の長物を握って向かい合う。
あちらから振り被ってきたところで受けるは十手。
金属が打ち合って冷たく鈍い音。
十手の鈎に挟まれれば長物は固定されてしまう。
傾けるだけでそのまま根元まで滑り、トワの喉元に突き付けられた先端。
生け捕りが目的なので決して怪我はさせない。
じわじわとポールを背にした彼女を追い詰め、足を掛けて床へ引き倒す。
久しぶりなので把握する為に緩やかな動きだが、ゆっくり十を数える間で事足りる。
ここから十手の紐や捕縄で拘束して、緊縛を始める流れになるか。
受け手になる薄荷も練習は必要だが身体を使う面に関しては器用なので大丈夫だろう。
しかし、組手中に考え事は命取り。
隙だらけだった蜘蛛蘭の脚に走る鋭い衝撃一つ。
痛みのあまり座り込んだのは、床に倒れたトワから蹴られた所為。
「まぁ、私ならここからでも逆転出来るけどな?」
「いや鳥兜さん、そんなドヤらなくても」
「師匠、割と負けず嫌いですよね……」
無意味に蹴られて強烈な痺れに支配される。
きっと痣になるが、キレが良い攻撃は却って気持ち良い。
ご指導ありがとうございました。
そしてあれから数日、衣装を合わせてのリハーサル。
ショーの持ち時間はそれぞれ決まっているので時計と相談しながら進めねばいけない。
蜘蛛蘭と薄荷も警察と罪人というテーマで練り直し、出番を待つ。
本物の警察の制服と酷似するのもグレーゾーンなので、飽くまでもコスプレの領域。
肩に出鱈目な紋章を付けたワインレッドのシャツ、ボルドーのスラックス。
黒い官帽とショルダーハーネスで引き締めればそれらしさが増す。
「とんだセクシーポリスだね、背徳の匂いがするよ」
「補導した少年少女喰い散らかしてそうだな」
神妙な薄荷と笑いを堪えたトワの感想がこちら。
目元を凛と見せるメイクまでしているというのに何たる酷い言い草か。
ただ、それもこれも刺青の所為なら致し方なし。
頰、左腕、右手の甲に蜘蛛の巣、制服姿というのは却って目立ってしまう。
だからこそと言うべきか。
「私は素敵だと思いますよ?」
「あー……はは、ありがとうございます」
お世辞か否か、ヴィヴィアの囁きが妙に効いた。
嘘が苦手だという彼女の一言なら信じてみても良いだろうか。
もうすぐ捕物劇が始まる。




