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悪役S嬢〜悪役令嬢がS嬢って、天職なのでは?〜  作者: タケミヤタツミ
月光を待ち焦がれる草木(短編オムニバス)
56/85

56:月光浴

白蓮と雪椿

「雪椿さん、ノエさんの愛犬としてはまだしもパフォーマーとしてはいまいちだと思うわ」


これは白蓮が新人だった約一年前の話である。

突然の出来事、先輩の雪椿に向かって喧嘩を売ってきた。

いつもの眠そうな目のままで、突き付けた声だけが切れ味抜群。


日頃、嫌味も無神経な言葉も笑顔で軽く受け流す雪椿も流石に面食らう。

自分一人のことならまだしもノエが絡むと別。



「僕、何か白蓮さん怒らせることしたん……?」

「そういうのは関係ないけど」

「あぁ、そう……でもこんだけピアスだらけなんに」

「だってあなただけじゃないでしょ、ノエさんに開けてもらった人も開けてもらいたがってる人も」


どうやら言い返すことには慣れてないらしい。

そこを突かれると、声に詰まって奥歯を噛んだ気配。


表面だけの笑顔が消えて、感情が見えるのは面白い。



雪椿はノエの専属奴隷。

学生時代に交際していた彼女を忘れられず、ここで再会して膝を着き忠誠を誓ったのが去年のこと。

ショーの際は身体を張ってピアスを開けてみせたり、犬扱いなど可愛がられる様を見せて華を添える。


珍しい長い銀髪に優美で上品な顔立ち、確かに見目の良いМを従えるSはそれなりに格が上がるだろう。

背中のコルセットピアスのリボンを引っ張るノエの指先も、雪椿の嬌声も危ういほど艶やか。


とはいえ、ここはショーパブ。

ただ単に我が身を切り売りするだけではいけない。



「他の男性陣は何かしら一芸持っている訳だし、されるがままじゃ芸人としてどうなのかしら……と」

「蜘蛛蘭さんと薄荷君は体力ゴリラだから比べられるの不本意でも、芸人として実力ある人に言われると痛いわぁ……」


そう、白蓮は月華園に来てからまだ半年ほど。

だというのに蕩けるような甘い毒を帯びた声に堂々とした立ち振舞いで、あっという間に歌姫としてNo.1の地位を築いた。


昔から暇さえあれば歌って基礎を積んでいた彼女だが、音楽の道に進もうとするなら金が掛かる。

平民なら金持ちに媚を売ってパトロンでも付けねば。

そういうのは面倒そうで勘弁と思いつつ、成人を待って花街へ足を踏み入れた。


この国は歴史に残る女性音楽家の歌姫ローゼが築いた実績もあり、花街では独自の音楽文化が根付いていて馬鹿に出来ない。

月華園もまたそこに貢献する一つ。



「そんで白蓮さん、僕にどうしろって言うん……」

「自分で考えなさいな、歌とかダンスの一つも覚えるとか」


正直なところ、白蓮の当たりが強いのはプロ意識だけでもない。

確かに雪椿に対して恨みは無いが、思うところならある。


彼が来る前、ノエの専属М嬢は千歳葛(チトセカズラ)という女性だったのだ。


ノエに一目惚れしたそうで「生き別れの母か姉が居て、やっと逢えたような錯覚がした」という。

小柄で華奢な可愛らしい娘で元々は内気だったが月華園に来てから大胆な振る舞いも板につき、ショーでは二人で歌うことも。


そこへ昔の恋人という雪椿が来たら面白くあるまい。

ノエからの扱いにも差など無かったが、どうしても負の感情は育ってしまい「嫉妬心が抑えきれない」と辞めていった。


千歳葛の歌が好きだった白蓮としてはこれくらい言わせてほしい。

誰も悪くないとしても。



「そうね……私、ユキ君が歌えるようになったら嬉しいわ」


ふと口を挟んだのはそれまで黙って聞いていたノエ。


居たのか、なんて言うのは野暮。

ラベンダーの花言葉は「沈黙」、彼女の場合とりあえず聞き手に徹してから意見を述べる。



「ここ男女二重唱の曲なんかもあるから私もやってみたかったんだけど、男性パートで組めるの蜘蛛蘭さんくらいしか居ないから負担が増えちゃうし……」

「だったら僕のこと頼ってよ、何で言ってくれないん……」


飛び級までして医師免許を取っただけに良い働き口など幾らでもあったにも関わらず、それらを捨ててノエの居る世界に飛び込んできたのだ。

雪椿にとっては戦力外だと思われるのが一番堪えるだろう。

望まれれば身も心も何でも差し出す。


「じゃ、まずボイトレから頑張るんね……」


こうして、戸惑い半分で渋っていた雪椿を頷かせてしまった。

今後は声までも捧げることになる訳か。

たった一言二言で流れを変えてしまうのは見事なもの。



「ノエさんは何かこう、沼に誘い込んで来るタイプの人ね……」

「あらまぁ、沼って……レピド様にも言われたわ」

「湖で水浴びしてるお姉さんが居ると思ったら、沼に棲むモンスターだったから捕食されちゃうのよ」

「僕のご主人様をモンスターとか言わんでほしいわ……」


白蓮の例えは言い得て妙、真っ白な肌に豊かな身体つきのノエは水浴びする裸婦画を思わせる。


ただしその空に輝くは太陽でなく月。

どちらかといえば可愛らしい顔立ちなのに、雰囲気や物腰にしっとり仄暗い色気を漂わせていた。



そうでなくてはNo.2など務まるまい。

綺羅びやかなショーが幕を開けるまで、あと数時間。

今日もまた目や耳を眩ませて誘われる客を待つ。


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