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悪役S嬢〜悪役令嬢がS嬢って、天職なのでは?〜  作者: タケミヤタツミ
薫衣草の残り香(リヴィアン過去編)
49/85

49:自白

ライト伯爵邸で何がリヴィアンに起こったか。

それはそれは愉快な予感を感じたのだ。


では、面接の日まで話は遡る。




現在のライト伯爵はディアマン王国で長きに渡り「女帝」と名高いリナ・ライト。

王女を母に持つ彼女自身も公爵令嬢であり、この伯爵家に生まれる者は王家と傑物揃いのライト公爵家に連なる高い血統と誇りを持っていた。


爵位は夫ありきの物でなく、お飾りでもない。

国の薄暗い部分からしっかりと手綱を握る見事な腕前により、その地位を確立した。

しかしそんな彼女も高齢、近いうちに隠居して長女のステラが次の首領となる。


そしてこの度、若頭となるのがステラの末子で長男。

ダヤンが仕える主人のレピド・ライト。

物騒な噂の多い身の丈2mの巨漢の為、二つ名を「魔獣」という。


普通の女どころか男でも震え上がりそうなところだが、ここに居る魔物は怖い物知らず。

非常に興味を引かれ、勧誘を受けたリヴィアンは臆さず迎えの馬車に乗った。

親交のあるダヤンが一緒とはいえど、移動する密室なんて警戒すべきと知りつつも。



「失礼します、リヴィアン・グラスと申します」


入室はまず目を合わせて挨拶。

この時、初めて「魔獣」の姿を見た。


例の男は窓を背にしているので逆光で影を背負い、机に着いている。

左右の傍らに物々しい側近が一人ずつ。


「あぁ……どうぞお掛けを」


威厳と品のある低い声が着席を促す。

机を挟んでいるとはいえ椅子同士の距離は妙に遠い。

職業柄、警戒も含まれているのやら。

リヴィアンの傍らにもダヤンが立っているが、この場合は中立なのか何なのか。

就職面接なんて空気が硬くて当たり前だが、この緊迫感は息苦しいくらい。



いつぞやダヤンが言い表していたレピドの評価は「顔が怖い幼馴染」だったか。

それだけに余程の凶相かと思いきや、むしろ男前。


髪はやや癖のある黒、よく見ると長めに伸ばして後ろで束ねておりどことなく尻尾を思わせる。

猛獣じみた鋭い目に牙の覗く薄い唇、彫りが深く精悍な面差し。

巨体に見合って太い首や広い肩幅。

野性味のある容姿はレザージャケットなどが似合いそうなものだが、黒いスーツを着こなしていると王者の風格が凄まじい。

ダヤンやリヴィアンより少し上の二十代半ばと聞くが、実年齢以上の渋さと落ち着き。


確かに対面すれば気圧されるものの、クールな男が好きなタイプからすればきっと堪らないだろう。

軽く緩めただけの胸元から雄の匂いを感じさせた。

髪も服も真っ黒な中、銀のカフスやピアスが耳元に涼しげな華を添えている。

少なくともリヴィアンから見ての好印象でも。



その後、拍子抜けするくらい就職面接としては普通の質問。

自己紹介、強み、志望理由など諸々。


それから。


持参した本を取り出し、表紙が見えるように両手で支える。

事前に風変わりな課題を出されていたのだ。

「最も好きな本を一冊持ってきて紹介してみろ」というもの。



伝えられた時は面食らったものだが、能力テストとしては納得。

知識や情報にアクセスする能力、広い視野。

文章を解きメッセージ性を読む力や魅力を他者に伝えるコミュニケーション能力。

感受性に共感能力、それらを試されているのだろう。


本選びの時点で試験は始まっており図書館で悩んだものだが、ここは真正直にディアマン王国の各地に伝わる怪談集の「幻影夜話」を手に取った。

この世界に来てから最もお気に入りの一冊。



異世界を股に掛けての読書家である"彼女"は何よりもその地に伝わる民話やお伽噺を好んだ。

全く違う国同士でも似たような物を見つけると、ますます興味深い。


「幻影夜話」は勿論物語そのものも面白かったが、薄暗くも流麗な文章で綴られており挿絵も美しい。

古い本なのでもう本屋では手に入りにくく、微妙な色褪せや撚れ方がまた不気味さを引き立てる。



「すみません、ちょっと失礼しますね」


熱を抑えつつ好きな本のことなら幾らでもと語っていたところで、ふとダヤンに本を奪われた。



大事な借り物が手から離れ、虚しく空を切る。

申し訳無さそうな声色の割りに事後承諾とはどういう了見か。

というより、何だか彼らしくない。

微妙な違和感と戸惑いの間に本は机、レピドへ渡る。


そうして面接の場だというのに煙草を咥えた。

本を捲りながら悠々と一服。

匂いが付くので咎めたいところを呑み込み、リヴィアンはじっと返却を待つのみ。



本当の惨劇はこれから。


突然その大きな手でページを破り取られ、本が派手な悲鳴を上げた。

そして追い打ちで紙屑に煙草の火を押し付ける。

たちまち白に黒が広がり、焦げ付く嫌な匂い。



「ッああぁ!!」


場所も弁えずリヴィアンが感情のまま叫んでしまったのも仕方あるまい。

普段あまり大きな声を出さず、情交の時ですら控えめ。

この身体で悲鳴を上げたのは初めてである。



「なっ、なん、あ、えっ……あなた、何を……」


驚愕で殴り付けられた後、心を支配するのは激昂。


昔見たドラマで、深い絶望を与える為に相手の大事なアイテムを壊すという悪役が居た。

皆一様に膝を着いて涙を流していたが、どうも我が強く感情の切り替えが早い"彼女"は納得出来なかった。

何を泣いている、そんな場合などではない、ここは怒りを爆発させるところだろうと。


そう、ちょうど今のように。



「あぁ、お前、イイ顔するじゃねぇか……  」


嘆息混じりに愉しげな悪党らしい台詞の後、レピドが何か呟いた。

唇が小さく動いた時にはもう遅い。

部屋の空気に混ざる魔力の流れが急速に変わり始める。



この世界に於ける魔法のルール。


一つ、魔法は魔法使い魔女にしか見えず、同士であっても相手が実際に魔法を使うところを見るまで正体が分からない。


「魔獣」レピド・ライトは魔法使いか。


エナジーヴァンパイアの魔女、リヴィアンの目には見えた。

魔力で形作られた巨大な竜が牙を剥き、一瞬で呑み込まれた錯覚を。




「二次面接を始めようか。リヴィアン・グラス、お前は魔女か?」

「はい」


本を机に置き、レピドは飽くまでも堂々たる物腰。

軽々と問題発言を投げ付けておきながら。

対するリヴィアンも滑らかに受け止めて打ち返す。


否、舌が勝手に動いてしまうのだ。


心の鍵が灼かれて溶け落ちたようだった。

ならば理性の手で扉を必死に抑え込むべきだろうに自ら開いてしまう。

言葉にしたら破滅と分かっていても答えずにいられない、明かしたくて堪らない。



「能力は?」


エナジーヴァンパイア。

相手から生気を奪い、回復や身体強化や若返りの糧とする。

一時的に気絶させることから寿命ごと削ることまで。

もしくは相手に分け与えることも可能。

精液から種を殺せば避妊も出来る。



「発動条件は?」


粘膜、傷口、体液に直で接触すること。

指一本からでも吸えるが、両者共に粘膜を合わせるなら効果は高い。



レピドの魔法は何だろうか。

「嘘が吐けなくなる」「どんな質問でも答えてしまう」というのは尋問の場で最強であろうが、どうも単純過ぎる気がする。

きっとそれだけではない。

エナジーヴァンパイアだって本来なら性行為に限定されていた能力だが、ここまで高く成長した。


一つずつ曝け出す度に解放されて快楽めいた熱が巡る。

もし服を脱げと命じられたら、その場で下着まで床に落とすだろう。



それにしても、正直なところ勧誘の時点で怪しんではいたのだ。

ダヤンの口利きがあったとしてもライト家が没落令嬢のリヴィアンを欲しがるなど。


就職面接かと思いきや、これは魔女裁判だったか。

魔獣の方も正体を明かした辺り口封じでこの後で消されるのか、或いは。


それこそがここに来た真の理由。



「次の質問、お前どうして笑ってる?」

「あなたこそ」


一次面接の間は動じぬ無表情で凛としたリヴィアンだったが、心の鍵が溶け落ちては本音を隠せない。

その目はまるでブリリアントカットのスモーキークォーツ。

狂気的な歓喜が爛々とした光を宿す。


ああ、こんなの、久しぶり。


今は怒りよりも尚強く、欲情にも近い高揚が煮え滾っていた。

炭酸飲料が爪先から頭に湧き上がるような感覚。

幾度も劇的な最期を繰り返してきた死にたがりにとって、火花めいた刺激はずっと求めていたもの。



魔法使い魔女は見えない縁の糸で引き寄せ合う。


それから何よりも勘が告げていた。

レピド・ライトはこの世界の悪役であると。



「質問を続けようか……お前、何者だ?」

「私は魔物、奈落の魔物でございます」


こんな時こそ顔を上げろ。


真っ直ぐ目を合わせながら優雅に答えてみせた。

微笑みは悪役らしく、仄暗く艶やかに。

見る者の背筋に甘やかな痺れを走らせる程に。





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