第8話 瀬戸際
ダンジョン・コアと呼ばれるクリスタルの中にいる人物は誰なのか。
あれがまさか俺の転生体なのかと思ったが、何となく違う気がする。それに今はこの状況をどう切り抜けるかを考えなくてならない。
「ヴォオオッ!」
ラットン変異種が戦槌での攻撃をクリスタルに仕掛けている。
しかしクリスタルの防御力が異常に高いのか、石壁や床を砕いたあの怪力ですら微々たるダメージで済んでいた。
しかしそれも時間の問題だ。
徐々にだが確実に俺のHPが減ってきている。
このままいけば10分も経たずにゲームオーバーだ。
(クソッ! とにかくあのデカネズミの攻撃を止めないと!)
俺は増築スキルを唱え、10個の石材を創り出す。
そして間髪を入れずにそれらを改変スキルの石材操作で変異種に向けて撃ち放った。
石材は変異種に全弾が命中。レンガ程度の大きさでも、人間なら当たり所さえ悪ければ殺せるか昏倒させるぐらいは可能なはずだ。
(でもコイツ人間じゃねえから全然効いてねえ! 殺傷力が足りな過ぎる!)
変異種は石材など意に介さずクリスタルだけを攻撃し続けている。
その猛攻は更に苛烈さを増すばかりだった。
【HP:4130/7500】
(もう半分近くまで削られてる!? 何か、何か手は無いのか……っ! 死ぬ、このままじゃマジで死ぬぞ! 考えろ考えろ考えろ考えろ! 俺に今できることは何だ!?)
俺はこういう切羽詰まった事態に正直弱い。
時間をかけて考えを組み立てるのは得意だが、思考の瞬発力や見切りは不得手だ。
この状況を乗り切るには準備が足りな過ぎる……!
視界の周囲が赤く明滅している。ダメージの蓄積を表しているシグナルか。
(クリスタルの前に石材で壁を作るか!? いやダメだ! 時間稼ぎにもなりゃしない! ダメ元で残りの石材全部を撃つか!? もしそれで倒せなきゃ完全に詰む! どうする、どうすればいい……!)
【HP:2667/7500】
(あのクリスタルの少女が目を覚まして、チート能力をくれるとかそんなご都合展開は――。バカか俺は! そんな他力本願の奇跡を祈ってどうすんだよ!!)
【HP:1841/7500】
(何も……できないのか。俺は――)
視界がどんどん赤く染まっていく。痛みは無いが意識が朦朧としてきた。
(爺ちゃん……の声……?)
再び脳裏をよぎったのは祖父との思い出。
『上手くいかねえ時? そんな事は山ほどあるわい』
『そういう時はどうすればいいの?』
『ふむ、そうさな――』
縁側に腰を掛け、傾きかけた夕陽を眺めながら祖父は煙草をふかす。
『視野を広げてみるといい。見えていない部分を手前の眼で見て、何が間違っているのかを正確に測る。大工仕事でも重要な事だ。図面通りにいかない理由が何かしらあるはずだ』
(視野……視界スキル!)
この隠し部屋でも視界スキルは機能している。
何か突破口となるヒントがどこかにあるのか?
クリスタルを攻撃している変異種を背後から捉えたままじゃ判らない何かが。
四方の壁? 違う。もっと全体を俯瞰して見渡すなら天井からだ。
天井は変異種が破壊したから元いた中央広間まで貫通している。
その距離は目算にして50メートル以上。この高さ――。
(そうか! これならイケるかもしれねえ!)
俺が現在増築スキルで創り出せる石材の数は1日80個がMAX。
さっき変異種を攻撃するのに使った10個分を差し引いて残り70個。
70個全てをこの50メートルの高度から落下させてブツければ足りない威力を補うことができるかもしれない。
石材を操作する改築スキルは今のレベルだと1日20個が限界だが、自由落下させるだけならスキルを使う必要はない。
石材1個の重さはおそらく2~3kgとして、この高さなら落下スピードは100km近くは出る。
細かい計算は空気抵抗とかあるから知らんが、速さ×重量=破壊力! 力こそパワー!
今まで特に意識していなかったので気づかなかったが、創り出す石材は俺の視界半径5メートル程度の距離までしか生成できない。
これはあくまで憶測の域を出ないが、俺の意識や心、あるいは魂と呼ばれる物の座標を中心に定められていると思われる。だから俺が現在見ている景色から遠すぎる距離や、全く別の部屋や通路には石材を創れない。
だが逆に言うと、視界を天井から見た景色に固定すれば石材操作をしなくても高所から落下させることで攻撃ができる。
(クリスタルの真上を避けて、ありったけの石材を生成――。あとは質量と落下スピードに任せてぶっ倒すだけだッ!!)
宙空に生成、羅列させた石材が一斉に落下していく。
初めてネズミを仕留めた際に使ったトラップの、7倍以上の高度から降り注ぐ石塊だ。その威力は推して知るべし。
「グォッ!? ウボォアア――!!」
石材の雨をその身に受け、変異種が苦痛の呻き声を上げている。
【HP:482/7500】
しかし俺の残りHPも500を割った。あと10発も耐えられそうにない。
(さっさとくたばりやがれ! デカデズミ!)
変異種の行動はどこかおかしい。クリスタルだけを執拗に攻撃し、他のことに関心を示さない。
現に今も石材に打たれ傷つきながらも、まったく避けようとしない。
まるで誰かに操られているかのように機械的で、それがとてつもなく不気味だった。
(ちくしょう! 間に合え――ッ!!)
理系じゃないとこういう時困る。