第7話 知らない者と識らない物
不味い。これは非常に不味いことになった。これは流石にイレギュラーすぎる。
このままだと俺は――――、確実に死ぬ。
【HP:2359/7500】
今この瞬間も俺のHPは削られ続けている。
まさか〝こんなもの〟がこのダンジョン内に隠されていたなんて想定外だ。
俺自身がまったく存在を知覚できていなかったのだから仕方ないが、それは余りにも致命的なことだった。
レベルアップの手段、スキルの使用方法や回数などの説明がない時点で、かなりの不親切設計だったことは理解していた。
理解していたつもりで、これがゲームではなく現実なのだとという心構えもしていた。
この先、理不尽なこともまま起こるだろうとは思っていた。
それでも甘かった。
法に守られた日本の現代社会とは次元が違う不平等と不条理を突きつけられている。
一歩道を踏み外せば奈落へと落ち、数瞬の気の緩みが死に直結することだって有り得る。
俺はこのネズミ達がダンジョンに侵入してきたことを、もっと熟慮し警戒するべきだったんだ。
床や壁を破壊されてもHPが減らないから死なない? 無敵の存在だって?
なら何故HPが設定されているんだ? そんなの決まってる。減る可能性があるからだろうが。
(バカなのか俺は――ッ!)
切迫している状況の中、無いはずの心臓の鼓動が早鐘を打つ幻聴すら聴こえだした。
それはまるで、ここがターニングポイントだと知らせる晩鐘の様に――。
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――そして、現在からおよそ15分前まで話は遡る。
現れたラットン(変異種)と雪崩れ込んできた子ネズミ達は一斉に同じ方向へと走り出した。
子ネズミが変異種を先導するように、ダンジョンの中央部を目指している。
そこは俺が転生し最初に目覚めた円形の広間だ。
他の部屋もそうだが、特にこれといって何もない伽藍洞。
そのはずなのに、ネズミ達は他に一切目もくれずそこを目指している。
その様は明らかに明確な目的を持った漸進だった。
(どういうことだ……?)
俺は彼等の行く先を追うようにして視界を切り替えていく。
やはり辿り着いたのは予想通り中央円形の広間だった。
(ここを拠点や寝床にでもするんだろうか?)
変異種はずかずかと広間の中へと歩みを進め、中心部で立ち止まった。
子ネズミ達はそれを取り囲んでおり、なにやら儀式めいた様相を呈している。
そして変異種は何かを探すように鼻をスンスンと鳴らし周囲の臭いを嗅いでいた。
しばらくした後、変異種がピタリと動きを止める。
この時、俺は背筋にぞわりとした悪寒が走った。まぁ背筋が無いというツッコミは置いておこう。
「ヴォアァァァァ――ッ!!」
(ッ!?)
変異種はネズミらしからぬ雄叫びを轟かせる。
その影響で広間全体が軋み、小規模の地鳴りが響き渡った。
そして全力で戦槌を石床に叩き下ろし、その絶大な威力の果てに崩落が始まる。
急転直下――、変異種は砕けた石床と共に縦に空いた穴へと落ちていった。
(隠し部屋か!?)
数十メートル落ちた先にあったのは、俺の全く知らない部屋。
形状こそ広間の円形と酷似しているが、その最奥には巨大なクリスタルがあった。
祭壇のようなオブジェクトの上に浮遊しているそれは、虹色の彩光を揺らめかせ神々しい輝きを放っている。
(まさか……これが俺の、ダンジョンの本体か?)
俺はクリスタルを視界に捉えた瞬間、それが直観的に分かった――。
そしてご丁寧にも【ダンジョン・コア】と表記されていることでそれを確信する。
しかしこれも理不尽な話だ。
俺自身がダンジョンであるにもかかわらず、自分の弱点が何処にあるのかも知らされていなかったなんて。そんなフザけた話しがあるのかと、転生させた馬鹿野郎に問い質したい。
俺が心の中でそんな愚痴を吐き捨てている隙に、変異種は猛然と駆け出しクリスタルへと突撃をかけはじめた。
その最中、俺は揺らめくクリスタルの中に人影を見た。
一糸纏わぬ姿で膝を抱えながら眠っている少女の姿を――。
(いや誰だよ!)