第33話 あれからどうなった
ファラの動揺している姿を見た俺はアスラの死を覚悟していた。
「おう、サジン目が覚めたのか」
「は?」
仰向けに倒れている俺を覗き込むようにアスラが姿を現した。
「生きてるじゃん!」
「生きとるぞ」
アスラは顎をさすりながらしたり顔で答える。
多少の手傷は見られるが、本人はいたってケロリとしていた。
しかしアスラが無事だったってことは――
「バランシュナイヴはどうなったの?」
俺はアスラに問いかけながら義体の上体を起こし立ち上がる。
この義体は確か給食係のやつだな。などとどうでもいい確認をしていると、アスラは左の方を指差していた。
「初めましてぇ……い~え、こうして会うのは二度目になりますかなぁ。サジン殿ぉ」
そこには恭しく頭を下げ、間延びしたような独特な喋り方をする男が一人。
男は黒衣を纏い、魔法使いがよく被っているトンガリ帽子という出で立ち。その先端には花が咲いており、植物の蔓が絡み合ったかのような魔杖を手にしている。
顔はシワだらけの老人で、黒目がないからちょっと不気味だ。
「あんたがバランシュナイヴ……なの?」
「如何にもですぞぉ。いやはや聖楔の件はご迷惑をお掛けしたようで申し訳ない」
「まじか。全然ビジュアルが違うな」
戦ってた時は完全に樹のモンスターだったもんな。
今はどう見てもステレオタイプの魔法使いって感じだ。
「ほっほっほ、あの姿は聖楔の影響で魔の側面が強く出た状態でしてなぁ。見ての通り元の姿はしがないジジイですぞぉ」
魔の側面? あれが本性ということではないのかな。
他の魔人たちは元から竜人や鬼、幽霊といったモンスターの種族だ。でも側面と言うからには、半分は人間だってことだよな?
ハーフとかだったりするんだろうか。
確かにファンタジー作品ではハーフエルフとか混血はいるけど――。
「結局、アスラがバランシュナイヴを倒したって感じ?」
「……まぁ、そうだな。サジンが弱点を見つけてくれたおかげだ。その後に急いでファラを呼んだのだ。聖楔の結界が消えてからは時間との勝負だったが間に合ったようで何よりだ」
「そっか、ありがとう。アスラ、それとファラも」
「気にするな。むしろ我が迂闊だったと言える。バランの魔法にあのような切り札があったとはな」
アスラは瞑目しながら小さく溜め息をつく。
「ほほっ、年の功というやつですなぁ。まだ見せてない奥の手があるやもしれませんぞぉ」
「な、仲間なんだし……か、隠し事はよくないと思うよ。バ、バラン」
ファラは聖杖を抱え、少しはにかんだ様な笑みを浮かべている。
そういえばファラが笑った顔を初めて見た気がする。
「オラァ!」
そんな和やかな雰囲気をブチ壊し、というか物理的にダンジョンの壁を壊してきたのはシスだった。それ後で修理するの俺なんだからやめてくれよ。
「おう、サジン! 死にかけたんやってなぁ!? しっかりせえやボケナスがぁ!」
「……いやホント面目ない」
「こないな耄碌ジジイに殺されたとあっちゃ一生の恥やぞ」
「ふむ、相変わらず口の悪い鬼娘ですのう。成長せんのはその胸と同じというわけですなぁ」
バランシュナイヴはいつの間にかシスの近くに移動しており、彼女の平らな胸を揶揄しながらツンツンと小突いていた。
「こ……こんのむっつりジジイ! てめぇこそ下世話な性分が直ってねえようやな! ブチ殺す!」
「ほーほっほっほ! 捕まえてごらんなされぇ」
シスは顔を真っ赤にしながらバランシュナイヴを追いかけ回す。
しかしバランシュナイヴは転移魔法でひょいひょいとシスをあしらうように逃げていた。
コイツらなんだかんだで仲良さそうだな。
というよりこの四人は魔人なんて呼ばれているけど、どちらかと言えば冒険者の仲間同士のような印象を受ける。
アスラが武闘家、シスが戦士、ファラが僧侶、そしてバランシュナイヴが魔法使い――。
(――っ!? なんだろう……今、一瞬……)
俺の瞳には彼等が世界を救うため勇者と共に旅をしている光景が見えた。
泣いて、笑って、血を流しながら苦楽を共にしてきた戦友たち。
俺はそんな幻想を見ながら憧憬の念を抱いていた。
爺ちゃん、いつか……俺もいつか彼等の家族になれるだろうか。
爺ちゃんが誇りに思っていた大工仲間たちのように――。