第32話 今際
呆気なかった。
まだ全てが途中で、全てがこれからだと思っていた。
きっと心のどこかで順風満帆という名のレールに乗っていたと勘違いしていたんだ。
ダンジョンとはいえ異世界に転生し、そこで第二の人生を謳歌できる。最後には何の後悔も無いまま大団円を迎えられると高を括っていたのさ。
そんな甘っちょろい考え方で足元を掬われた。
アスラは強いし、いざとなったらなんだかんだ言ってシスや他の仲間が助けに来てくれるかもとか、心の奥底で無意識にそんな想いを抱えていたんだろう。
だから殺された。だから死んだ。無慈悲にあっさりと。
爺ちゃん、結局俺は全部中途半端なままだったよ――。
両親とのことも、爺ちゃんとのことも、自分の夢でさえも。
何も成せないままだった。
「運命共同体か……アムには悪いことをしたな」
俺はそんな独り言を呟きながら、かつてアムと同期作業をした精神世界の自室に佇んでいた。
鳴り止まないヒグラシの声と、傾きかけた夕焼けの西日が窓の外から流れ込んでいる。
爺ちゃんのいる場所に逝きたいと思っていた。
でも、もう少しだけアム達と一緒にいたかった。仲間ができて楽しかったんだ。
造りかけのダンジョンだって完成させたかった。
「何で……ッ! 何でこうなるんだ! 俺はいつも! いつも! いつもいつもいつもいつもいつもォ!! ふざけるなぁ――ッ!!」
俺は溜まりに溜まった鬱憤を吐き出しながら、壁に拳を叩きつける。
やがて拳から血が滲み出し、俺はその痛み抱えながら膝を突いていた。
――……? 何で死んでるのに痛いんだ?
確かにアムと同期した時は彼女に触れた感覚や温もりがあった。
その妙な違和感を覚えた直後、遠くから微かに何かが聴こえてきた。
『■■、なぜ勝手な真似をしたの?』
『どの道、処■する必要があったろう。それが我々の使■なのだから』
『でも……私は――』
『いくら■■したとはいえ御主は■■だ。よもやそれを忘れたわけではあるまい』
誰だ?
何の話をしているんだろう。ヒグラシの声がノイズになってよく聞き取れない。
しかし何か大事なことを話している気がする。
「……とにかく戻らないと。話はそれからだ」
傷ついた拳を開き、何も掴めずにいた己の無力な掌を見つめる。
――この魂が告げている。まだ終わっちゃいない。
「サジン」
懐かしい声音を耳にし、振り返るとそこには祖父が腕を組み立っていた。
これはきっと生死の境に現れた幻影だろう。三途の川ってやつか。
きっと以前の俺なら迷わず爺ちゃんのところへ行ったと思う。
でも――今は、
「じ、爺ちゃん……俺――」
「やりかけの仕事ほっぽって勝手にくたばる奴があるか。さっさと持ち場に戻らんかいバカ孫が」
「うーん、いやまぁ爺ちゃんならそう言うと思ったけどさ……はぁ」
爺ちゃんはシッシと犬猫でも追っ払うかのような態度で手を振っていた。
今際の際だってのに、緊張感とか優しさとか無いもんかね。
「うん。俺、戻るよ」
「ちゃんと飯……食えよ」
「大丈夫。俺ってばダンジョンだから!」
幻影の祖父に笑顔で別れを告げると、俺の意識は見慣れた石造りのダンジョンに戻っていた。
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「あ、お兄ちゃん起きた」
目覚めた俺の横にはファラがおり、両手から何やら神々しい緑光を放っている。
なんとなく回復魔法っぽい感じだ。
「あれ、義体? 何で?」
俺の魂は1体の義体内に入っているようだった。
デザインから察するに、〈複製〉で造り出した自動人形の義体だ。
「そ、それはお兄ちゃんの魂を修復するのに器があった方がやり易かったから」
「魂の修復……? やっぱり俺一度死にかけたのか」
「うん。で、でも実際には死んだわけじゃなくて、形象を失って漂っていただけだから。そ、それを集めて元に戻したの」
ファラの話では、聖楔の結界は物理的なものだけでなく、魔力や精神といったエネルギーさえも閉じ込める性質があると語っていた。
故に俺の魂もまた、バランシュナイヴの魔法で消滅せず広間内に留まっていたということらしい。
「アスラはどうなった!? バランシュナイヴとの戦いは?」
「そ、それは……」
ファラは俺の問いに困った様子で目を泳がせていた。
「まさか――?」