第31話 死に至る眼光
バランシュナイヴの弱点を見つけられず、俺があたふたしている間に刻々と時間は過ぎていく。
アスラはそれを分かってか、催促の言葉を掛けずにひたすら敵の攻撃を捌き続けていた。
俺の焦燥を煽らないようにしてくれているのだ。
だからといって捗っているわけではない。
(くっ……どこにあるんだ!)
咲き誇る鮮やかな色彩の花の所為で目が滑る。
しかも根の触手攻撃を繰り出すたび、そのしなりが木の幹全体を揺らして花も定位置には留まらない。こんな状態じゃ視覚のみで発見するのは難しすぎる。
せめて何らかの目印や法則性があれば――。
(花の大きさ、違う……花の色?)
大きさは関係ない。デカい花にあったら見つけ易過ぎて意味が無いはずだ。
バランシュナイヴの花の色は現在確認できているもので赤、橙、桃、紫、青、白、黄の7色。
その数もランダムでどこかに偏りがあるわけじゃない。
(――ッ!)
瞬間、俺の視界の端に映っているアスラの身体を覆っている闘気の色が目に入った。
アスラから迸っている闘気は青色。
青色――、確か以前アムは俺の魂の色が澄んだ空の様な〝天色〟だとか言っていた。
もしも闘気の色がイコール魂の色だとするなら、バランシュナイヴにも魂の固有色がある?
仮に魂が急所であるなら、花の色とリンクしていても不思議じゃない。
そして戦う前、アスラと話したバランシュナイヴの異名を俺は思い出していた。
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(最後の魔人てどんな奴なの?)
『〝緑を司る魔術師〟だ。主に攻撃魔法や状態異常のスキルを得意としている。樹木や花等などの植物を生み出し、魔力でそれらを操ることができる』
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(〝緑を司る魔術師〟……だったら奴の弱点は〝緑色の花〟にあるってことかッ!)
たくさん咲いている色花は弱点を隠すためのカムフラージュ。
この中に一つだけ緑色の花があるかもしれない。〝緑を司る魔術師〟が魂の色に紐付いている保証はないけど、他に考えを巡らせている余裕がないから決め打ちで探す!
攻略の糸口を掴んだ瞬間、俺の集中力は一気に研ぎ澄まされていった。
それはアムと同じ、他者を魂の色で識別できる特異な瞳力を開花させる境地へと至らせる。
(視えた!)
凝らした視界にハッキリと映し出されたバランシュナイヴの魂の色。
そこに一際美しい翡翠色の鮮花があり、花弁の中に埋もれるように目玉が見えていた。
(アスラ! 弱点があった! そこから右前方4メートル! 高さ10メートル!)
『応! よくやったサジン!』
アスラは触手を爪で切り裂きながら猛然と駆けだす。
そしてバランシュナイヴの放つ魔法の光弾を避け跳躍した。
――皇式・殲竜の型〝暁〟!
バランシュナイヴの弱点、その直上から降下したアスラ。
右手の五指には螺旋渦巻く風を纏っており、その貫手は今まさにバランシュナイヴの弱点である緑色の花を捉えようとしていた。
(よし! 完全に間合いに入った!)
「死を……賜う」
『ぬッ!?』
翡翠色の花の前面にオーロラの様な光が展開された。
『これは――、反射技巧魔法!?』
反射技巧魔法――。名称通りスキルを弾き返す魔法か!
(アスラッ!)
一瞬の閃光の後に吹き荒れた風がアスラの巨躯を吹き飛ばした。
アスラは壁面に叩きつけられ、その衝撃で血を吐き出す。
『がは……ッ!!』
後から訊いた話では本来、反射技巧魔法は相手の攻撃力を倍にして返す魔法らしい。
聖楔の影響でその効力が下がっているとはいえ、アスラの高い攻撃力が逆に仇となってしまったのだ。
しかしそんな窮地は、直後に発生した出来事に比べれば些細なことだった。
アスラにカウンターを喰らわせたバランシュナイヴの目玉がぎょろりと動き視線を変える。
その先にあったものは――、俺だった。
(俺のことが……視えてるのか!? 何で!?)
「絶死を賜う……〝無限極光ノ黒眼〟」
瞬間、目玉を中心にして黒い光が広がり全てを染め上げていく。
それを視ていた俺の魂は凍り付いたように得体の知れない悪寒に苛まれていた。
(これは何かヤバ――ッ!!)
この異様な光が魂を脅かす類の魔法であることは直観で理解できた。
それはまるで魂という名の光を、更なる光で塗り潰すような消去魔法。
俺の弱点であるダンジョン・コアは遥か遠く、そして肉体が無いからと油断していた。これは言うなれば魂へのダイレクトアタック。
どこで間違ったのか、そんな思考を巡らせる暇も無く俺の魂は光に飲み込まれていった。
聖楔の魔人戦――、閉幕。