第29話 聖楔の魔人戦⑤
俺はアスラと四体目の魔人がいる聖楔エリアまで向かっていた。
とは言っても今回は義体を使わないので、〈視界〉スキルを移動させながらの同行だ。
(最後の魔人てどんな奴なの?)
「〝緑を司る魔術師〟だ。主に攻撃魔法や状態異常のスキルを得意としている。樹木や花等などの植物を生み出し、魔力でそれらを操ることができる」
(あぁ、緑ってそういうことか)
「奴自身も緑の化身であるが故に再生力が高く、シスのような刀での斬撃に特化した戦闘スタイルは不利なのだ。ファラはそもそも援護系の僧侶なので一騎打ちには向かん」
(なるほど。それで爆破スキルと拳打による物理攻撃が得意なアスラが適任てことね。でも何で俺が手伝う必要があるんだ?)
アスラのスキルは殴った物質を爆破し、しかもその爆破は更に次の対象物に伝播していく。
聖楔によるステータス低下が無くなった今、その威力は推して知るべし。
さっきの話を聞く限りじゃ全然余裕そうなんだけどな。
「状態異常のスキルも得意だと言ったであろう?」
(あぁ)
「奴が振り撒く毒はステータス低下の影響を受けず、一吸いでもすれば戦闘の継続が難しい。爆風で吹き飛ばすことも不可能ではないが、聖楔エリアは魔人を倒さねば出られない結界が張られている」
聖楔エリアは壁外からの侵入はそこまで難しくない。
アスラの時も俺が簡単にアダマンタイトのハンマーで破壊することができた。
しかし逆に壁内からの脱出は魔人を倒して聖楔を破壊できなければ困難。これは一種のトラップルームになっており、壁外の強度を下げることを条件に壁内をより堅固な物にしているのだろう。
これは条件や制限を付けることでリスクを上げ、性能を向上させるゲッシュの応用に近いものなのかもしれないな。
聖楔を創ったのってどんな奴なんだろう。魔人を封じたくらいだから高名な賢者とか、もしかして勇者とかなのかな。教えてくれるか分からんが、戦いが終わったらアスラに訊いてみるか。
(つまり密室だから毒を室外に逃がすこともできないと?)
「左様。それと爆破スキルもできれば使わずに済ませたい」
(へ?)
「あれは少し加減が難しいのだ。過てば奴諸共にエリアを崩落させかねん。それに殺すだけなら簡単だが、聖楔攻略という意味では殺さず戦闘不能にしなければならない。我も同胞を討ちたくはないしな」
そこまで考えてるのか――。
俺がアスラと戦った時は結果的にそうなっただけで〝殺さずに〟なんて余裕は無かった。
きっと全力でやっても殺せるという到達点までは手が届かなかっただろうけど。
それからしばらくして聖楔エリアの外壁に俺たちは着いた。
「ではサジン、手筈通りに」
(了解!)
アスラが外壁を拳で破壊し、エリアの内部に侵入する。
俺はすかさず〈視界〉スキルを自由に移動させるため、アスラと視界を共有し広間全体を確認。
内景は中央に聖楔のモノリスがあり、以前の物とほぼ同じ作りのようだ。
俺たちが侵入したとほぼ同時に、聖楔の直上に魔法陣が浮かび上がる。
そこから姿を現したのは最後の魔人だった。
【九界の大魔導士:バランシュナイヴ・リィン=ドレイク】
(こ……こいつが最後の――)
その姿はこれまで仲間になった魔人とは一線を画すものだった。
外見はほぼ樹であり、無数に伸びた枝先には地下のダンジョンに似つかわしくない色鮮やかな花々の蕾が付いている。
そして何よりデカい。部屋全体にその巨木から根が広がり樹木による牢獄のような様相を呈していた。
「――死を……賜う」
どこが口かも分からないが、バランシュナイヴがそう告げた直後に蕾が一斉に開いた。
「サジン、来るぞッ!!」
アスラの警告から刹那、開かれた花々から事前に聞いていた〝毒〟が解き放たれる。そして煙状に散布された毒が部屋全体を覆い尽くすように広がりだした。
その最中、アスラは大きく息を吸い込み酸素を確保しながら双瞼を閉じた。
アスラの説明ではバランシュナイヴの毒は吸気による強力な持続ダメージと、視覚に直接訴えかける幻惑効果がある。
なのでアスラは息を止め、尚且つ目を閉じて戦わなければならない。
武闘職ということもあり心眼スキルを取得してはいるのだが、バランシュナイヴは存在そのものが一種の植物ということもあり対人スキルである心眼は機能しない。
そういう理由で相性が悪いとアスラは語っていた。
つまりこの戦いにおいて俺の役割とは、アスラの代わりに彼の眼になることだった。