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第22話 聖楔の魔人戦④

 アスラが殴ったのは〈加工〉スキルで作った俺の案山子ダミーだ。


「ここだぁ!!」


 床を這うような低い姿勢から、握った右拳に渾身のチカラを込める。

 俺はアスラのドテッ腹にそれを叩きつけた。


「――ンッ!」


 衝撃と共にアスラの身体がくの字に折れ曲がる。

 駆け引きはここまでだ。後はひたすらに殴り合うのみ。


「おおおおおおおッ!!」


 そのまま下りてきた顎を跳ね上げるように蹴りの追撃を加える。

 ゲッシュによって〈義体〉スキル自体も強化されており、攻撃力も以前とは段違いだ。


 これなら渡り合える――。


「御首級、頂戴!」


「ぐふッ!」


 蹴りを受けて尚、怯まずにアスラの拳が俺の顔面を打ち抜いてきた。

 流石に竜人だけあって頑強タフさは折り紙付きってわけか。

 しかしこれでハッキリと解かった。


 アスラの爆破能力は生物――、正確には魂がある物には機能しない。

 俺が奴から最初に受けた攻撃は、殴られる寸前にスキルで造ったガード用の鉱石が起爆しただけだ。

 爆破の能力自体は〝触れた魂の無い物質を爆弾に変える〟もの。

 では何故そんな欠陥のある能力になっているのか?


 考えられる理由はいくつかある。

 例えば聖楔によるステータスの低下と共にスキルレベルも下がっている。

 竜皇(ドラゴンロード)なんて異名を冠しているぐらいだ。爆発の威力も本来ならもっと強力で、俺なんかが喰らえば一撃で消し炭になっていてもおかしくない。

 おそらく全力を出されると聖楔やこのエリアそのものが崩壊するからだろう。


「おらおらおらぁッ!」


 俺とアスラは拳の応酬を繰り返す。

 始めは着いていけなかった速度にも段々と目が慣れてきた。

 小回りが利く分、俺の方が手数を稼げるが一発はアスラの方が重い。


 互いに決め手となる一撃を繰り出す機会(チャンス)を待っている。

 この至近距離で唯一、アスラに通用し得る〝技〟を出せる隙さえできれば何とかなるかもしれない。


「ぐっ、クソ! なろォッ!!」


 やはり乱打戦は武闘職のアスラに一歩先をいかれる。

 度重なるダメージの蓄積によって視界が赤く染まってきた。


 突き出す拳がカチ合うごとに身体が軋む。

 殴られるたびに鈍痛が魂にまで響いてくる。

 しかし何度も飛びかけ朦朧とする意識の底で、確かに伝わってくるものがある。


「アスラ、お前……」


 魂の波動とでも呼ぶべきだろうか。

 アスラの拳から発露されてくる自分に対する怒り、でもその向こう側に視えるのは――。


「御首級、頂戴――ッ!」


「そうだよなぁ! 愉しいんだよなぁ――!! ハハッハァ――ッ!!」


 アスラは聖楔に囚われて尚、拳を交える相手が現れたことに歓喜している。

 その昂ぶりが俺の魂すらも燃え上がらせていく。


 互いの命を削り合い、融け合っていくような高揚感の中で芽生えた一瞬の煌めき。

 ただの現代人の一高校生だった俺が、何故ここまで闘うことに命を懸けられるのか自分でも不思議だった。


 その理由はただ一つ。



 ――俺にはもう〝未練〟が無かったからだ。



 いつ死んでも構わない。

 心の深いところでそんな想いを抱いていた。


 だって爺ちゃんはもういない。

 俺が憧れ追いかけた背中はもう存在しない。






      〈佐甚――、お前が死ぬのは俺より後にしろ。頼んだぞ〉






 その約束が果たされた今、俺はどこに向かって歩いていけばいいのか分からない。異世界転生なんて馬鹿馬鹿しい命の行き先よりも、ただ俺は爺ちゃんと同じ場所(ところ)に逝きたいんだ。


「おおおおおォォォ――ッ!! 」


 無我夢中、乾坤一擲で繰り出した拳がアスラの下顎を捉えた。

 たたらを踏み、竜人の巨体が一瞬の怯みを見せる。


 このままぶっ倒れるまで殴り合っていれば、ある意味で楽だったのかもしれない。

 この瞬間まではそれで良いと思っていた。


 しかし、頭の中で響き渡った声が俺を現実に引き戻す。



『サジーン! 負けるなあああぁ――――ッ!!』



(アム……?)


 そうだ。俺が自分の命を懸けるってことは、同時に彼女の命を背負っていることと同じだ。

 俺はその事を完全に失念していた。



 自分の命を危険に晒すということを、アム自身は理解し(わかっ)ていたはずなのに――。


 なのに俺は自分のことしか考えていなかった。







『何で断ったんだよ』


 爺ちゃんは宮大工棟梁として数々の国宝や重要文化財の復元、修繕を務めてきた功績を国から認められた。しかしその栄誉を頑なに受けようとはしなかった。


『俺はな佐甚、自分が特別だなんて思ったことは一度としてねえ。そんなに傲慢じゃねえのさ』


『だけど……』


『俺が大工を続けられてきたのは仲間がいたからだ。手前のわがままに付き合って苦労ばーっか掛けて、それでも付いてきてくれたアイツらがいたからなんだよ』


 爺ちゃんは大工仲間たちと撮った写真を眺め、昔を懐かしむように穏やかに笑っていた。


『俺にとってアイツらは仲間であると同時に家族だった。佐甚、お前と同じでな』


『家族』


『そうだ。俺を認めてくれるアイツらがいた。それだけで十分満たされてるのさ。だから俺だけそんな御大層なモンを貰うのは気が引けるのよ。まぁ、そんなの気にする様な奴等じゃねえけどな』


 それから三日後、爺ちゃんは病院のベッドで息を引き取った。

 たくさんの元同僚(家族)に囲まれながら、満足そうに死んでいった。





「――ッ!」


 自分勝手に死ねない理由に気づかされた瞬間。

 俺とアスラの視線が交錯し、示し合わせたかのように二人ともが頭を大きく振りかぶった。


 互いに満身創痍となり、限界を振り絞り放つこの一撃を以って決着を迎える。



〈複合化スキル/限界四(アトランティス)重硬化(・インパクト)



「おおおおおおおおおおおおおおおおうるあああああああァッ!!!!」


「御首級!! 頂戴いいいいいいいいいいい仕るううううううッ!!!!」



 全身全霊を懸けた頭突きが炸裂し、室内にその轟音が響き渡る。

 俺とアスラを中心に突風が吹き荒れ、互いの額から尋常極まりない鮮血が迸った。



 その直後、聖楔にピシりとひびが入り、やがてアスラの巨体が石床に倒れ込むと同時に音を立てて崩れ去っていた。




「ぜぇぜぇ……はぁ…………頭は悪いけど、硬さには自信あるんだよ」

モチベーション維持のためブクマ、評価等々おなしゃす

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