挿話Ⅰ 聖災なるカテドラル
次回から不定期更新になると思います。
壮麗な大聖堂の中――、
ステンドグラスの外側から射し込む陽の光で、堂内を漂う埃が煌めている。
祭壇の前には真紅の祭服を身に纏った老齢の男。
そしてその背後には一人の修道女が膝をつき首を垂れていた。
修道女はまだ年若く、20歳前後の見た目をしている。
見た目は聖職者のそれだが、胸元は大きく開いており、その豊かな谷間に埋もれる形で赤い宝石が付いた装身具を身に着けていた。
それこそ異端聖問教会の証たるタリスマンである。
「枢機卿……ご報告が」
修道女は目を伏したまま男に語り掛ける。
「シスター・プラセール。良き報せだと私は嬉しいのだがね」
「彼の地で〝シンジャ〟の反応が消失している領域が確認されております」
「……っ」
「原生モンスターと会敵した可能性も考慮し、装備のレベルを上げましたが反応の消失は続き……おそらくは」
男は修道女の言葉を耳にした後に硬直し、次第に肩を戦慄かせ始めた。そしてブツブツと小さな独り言を繰り返し、やがて壊れかけたブリキ人形のように首を巡らせ、頭を下げたままのプラセールを見下ろす。
「――であるならば」
枢機卿は眉間に幾重ものシワを作り、怒りに満ち満ちた表情で口を開く。
「貴殿はすべきことがあるだろう! ――このアバズレがあぁッ!!!」
手にしていた聖杖を振り下ろし、プラセールの背に叩きつける枢機卿。
何十回と繰り返されるその行き過ぎた折檻を、彼女は黙しながらひたすらに耐えていた。
「はぁはぁ……はぁ、今すぐに調査し始末をつけろ」
枢機卿は肩で息をしながら、歪み切った醜悪な顔面でプラセールを睨みつける。
その振る舞いはどこまでも卑小で、組織の長としての威厳など皆無だった。
それもそのはずで、異端聖問教会の内部は〝とある外敵〟に怯えた者たちの集団でしかない。
裏切りと欺瞞を繰り返し、自らを守るためにあらゆる手段を用いて築き上げた砂の城。
そんな私利私欲と危うさの中でも成り立っているのは、曲がりなりにも人間という種にとって救世の要であることが事実だったからである。
しかしその血を継ぎ、その使命を宿した一族は代を追うごとに腐敗していった。
いや、その痩せた心は初めから魂に刻まれていたものだったのかもしれない。
〝とある外敵〟とは共生の道を選択することも可能だった。
それを模索しようとしなかった狭量な結果が招いた実情が現在まで続いている。
――ただそれだけのことだ。
枢機卿の理不尽な折檻を受けたプラセールは、床に置いていた長刀を手によろめきながら立ち上がる。そして枢機卿に一礼をして背を向けた。
「私が現地へと向かいます」
「さっさとしろ! 芽を摘むまで戻ることは許さんッ!!」
「はっ」
プラセールは堂内の通路を背筋を正し歩いていた。
その凛然とした表情と透き通るような美しさに、すれ違う同僚たちは目を奪われる。
彼女はシスターであると同時に、異端聖問教会の中では枢機卿の直下にあたる高位の聖騎士クラスであり、その他の有象無象とは一線を画す存在だ。
「はぁ……」
堂内の人気の無い場所に着いたプラセールは小さく吐息を漏らす。
そして石壁に寄りかかった。
枢機卿から受けたヒリつくような背中の痛み。浴びせられた罵声。
それを思い起こした彼女は修道服の中に手を這わせ、淫蕩に耽りながら恍惚とした表情を浮かべる。
その顔は先の枢機卿とは比べものにならないほど卑しく歪み切っていた。
「あぁ……もっと、気持ちよく…………なりたい」
聖騎神官シスター・プラセール。
彼女もまた世界の悪意にその魂を堕とした破綻者である。