第18話 命を懸ける覚悟
俺がダンジョンに転生してから半年ほどが経過していた。
定期的なラットン変異種の襲来によってレベルが上がり、生成・加工できる素材も充実。
ダンジョンの掘削・拡大も順調で、すでに部屋数も20を超えて初期の4倍になっており、おまけに通路も複雑化させているので迷宮らしくなっている。
具体的な広さは分からないが、おそらく東京ドームぐらいだと思う。知らんけど。
さらに変異種の置き土産である様々な属性素材を壁や床の材料として使い、炎熱エリア、氷獄エリア、暗黒エリアといった風に同じダンジョン内でも様々なフィールド効果を持たせてみた。
ちなみに今更になって判明したことだが、初期から生成できた石材は蛍石と呼ばれる素材で、名前の通りホタルのように微弱な光を放つ特性を持っている。
その効果によってダンジョン内は灯りもないのに真っ暗闇ではなかったのだ。
(ダンジョンが広がったのは良い。しかしだな――)
『ちょっと寂しいよね、二人っきりだし』
(それな!)
そうだ。このダンジョンには肝心のモンスターが1匹もいない。
これではいざ地上への出入り口を開通させたところで、冒険者達を迎え撃つこともできない。
『まぁ私はサジンと二人っきりでも十分楽しいけどね♪』
(あっそ)
『ぴえん! そっけないゾ☆』
アムのおちゃらけは放っておくとして、このままではダンジョンの体を成していない。
ダンジョン内に配置するトラップや財宝の類はスキルで何とかなりそうだが、モンスターという生物だけは如何ともし難い。
というのも、俺のスキルツリーには召喚系のスキルが見当たらないからだ。
未だ習得できていない魔法に関しては、以前アムに尋ねてみたところ『魔詞と契約が必要なんだけど、やり方忘れちゃったテヘペロ♪』とか舐めたこと言ってたので諦めた。
(どうしたもんか)
『……――』
さっさと地上への出入り口を作って外からモンスターを呼び込む。方法としてアリか。しかし可能であればその前にモンスターを用意したい。
これはしっかりと準備を整えてから物事を始めたいという俺の性格上のこだわりだ。
建築でも設計図や仕様図を元に施工を開始するのが当たり前。それらをすっ飛ばして外界と繋がってしまうのは本意じゃない。
『……――』
そういえば結局のところラットン変異種は何処から侵入してきてるんだろう。
子ネズミの方はサイズ的に土中を掘ったり隙間から来てたんだと思うが、あの巨体を誇る変異種はそうもいかないはずだ。
アムの言っていた異端聖問教会の刺客?であるダンジョンスレイヤーなのであれば、転移魔法とかの類で送り込まれてる可能性もある。
(うーん……)
そんな感じでアレコレと思い悩んでいたが、どれも納得のいく答えには辿りつけなかった。
『サジン』
(おん?)
『モンスター……欲しいんだよね?』
(そうだな。何か妙案でも浮かんだのか?)
『方法があるにはある』
アムは珍しく神妙な面持ちで視線をわずかに泳がせている。
そして言うか言うまいか迷った様な間を置き、やがて言葉を紡ぎ出した。
『聖楔の封印を解ければ、多分モンスターは手に入るよ』
(聖楔?)
『この領域に封印されてる魔人がいるんだけど、彼等を解放してあげればサジンの力になってくれるかもしれない』
(魔人て……封印されてるならヤベぇ奴なんじゃ?)
『魔族は基本的に弱肉強食の種族だから、実力を示すことさえできれば従属させることも不可能じゃないよ』
(ちょっと待て。封印から解放するだけなのに戦う必要があるのか?)
『魔人を封印している聖楔には防衛機構があるの。だから封印を解くためには魔人本体と対峙しなくちゃいけない。もちろん本人の意志じゃないから多少は能力が落ちてるはずだけど、それでも今のサジンじゃ歯が立たないと思う』
つまりラットン変異種と同じように操られているわけか。
(って、歯が立たないのかよ! ダメじゃねえか!)
『だから今のって言ったでしょ』
(もっとレベル上げろってことか? でも基礎ステータス変わらないし、スキルの種類や回数が増えたところで勝率がそこまで変わるとは思えないが)
『――だからレベルじゃなくてリスクを上げて対抗する』
(リスク?)
『サジン、少し前に取得SP温存しておいてって言ったよね?』
(あぁ、そういえば言ってたな)
何度目かの変異種を倒した際に、新しいスキルを取ろうとしたらアムに止められたことを俺は思い出した。その時は理由を教えてくれなかったが『後で必要になるかもしれない』とだけ言われたんだっけか。
俺はステータス画面で現在の取得SPを確認する。
【取得SP:6440】
複合化スキルを取った後は使ってないので結構溜まってるな。
『それで【義体】のスキルを取得すれば戦えるレベルまで強くなれると思う』
(義体……これか)
現在まで取得しているスキルからツリーを辿ると、アムの言うスキルが確かにあった。
・義体〈ボディ〉:∞
∟仮初の肉体を得ることができる。義体は操作スキルで動かすことが可能。
∟生殖機能はない。
必要SP:5000
義体はつまり人間形態になれるってことか。だけど生殖機能って……その補足いる?
(これを取れば強くなれるってのはどういう理屈だ? 俺からしてみればこのスキルは戦闘においては逆効果だ。ダンジョン・コアという明確な弱点はあるが、肉体がないからこそのアドバンテージを捨ててまで使う理由がよくわからないな)
魔人と戦うならこの広間じゃなく聖楔のある別のエリアになるはず。
であればダンジョン・コアを狙われる可能性は低いだろう。
『そうだね。でもリスクを上げる為には必要なことなの』
俺がアムの言いたいことを理解しあぐていると、彼女は自身の胸に手をあて続きを語りだした。
『サジンの魂は元は人の身体に宿っていたもの。だからその魂も人の形に最適化されている。ここまではいい?』
(うーん、まぁなんとなく。肉体を動かすなら人型の方がしっくり来やすいってことだよな)
『そう、そして更にその身体にゲッシュを課すことで、今のレベル以上の潜在能力を引き出して魔人との実力差を埋める』
(縛り……つまり制約をかけて能力をブーストさせるってことか。あ……っ!)
ここで俺の胸中に余計な感情が浮かび上がってしまった。
俺はダンジョンに転生したんだ。
なので仮初とはいえ肉体を持ってしまったら、ダンジョンとしてのアイデンティティが崩壊するんじゃないか?
まぁ元人間なわけだから、そこまで気にすることはないんだろうけど。
こういうのは一度気になると、妙なこだわりが生まれちまうんだよな。悪癖かもしれん。
だったらいっそのこと縛りをそれにしてみるか。
(戦闘時しか義体スキルを使えないって制約だったらどうだ?)
これならダンジョンを拡大する作業は〝ダンジョン〟としての俺で実行できる。
そんでもって俺がダンジョンの主として、後々に冒険者たちの前に立ちはだかるラスボス的な役回りもできる。
『ダメだね。それにプラスして義体は遠隔操作じゃなく自分の魂を乗せるぐらいは必要だよ。そこまでのリスクを払って戦う覚悟がサジンにはある?』
(……)
射竦めるようなアムの視線。
恐らくこの条件は彼女の中ではじめから決まっていたんだろう。
だからこの提案を渋っていたのかもしれない。
命を懸ける覚悟――。
俺はその選択を迫られていた。