第14話 同期③
「おう、おはようさん」
病院のベッドで目を覚ますと、一人の老人が椅子に腰を掛けていた。
眉間にシワを寄せた厳めしい顔つきで、作務衣を纏ったいかにも頑固そうな男。
この老人が母方の祖父だということを、俺はこの時はまだ知らなかった。
両親は俺を連れて旅行や帰省を一切したことがなかったし、親戚が訪ねてくることもなかった。
そんな閉鎖的な環境で育ったんだ。祖父の顔など知らなくて当たり前だ。
「誰……? 警察の人?」
「俺が刑事に見えるか?」
「全然」
「そらそうだ。俺は只の大工だからな。そんでもって佐甚、お前のジジイだよ」
「お、俺の……爺ちゃん?」
「応よ」
それから爺ちゃんは事のあらましをゆっくりと話してくれた。
父と母が口論の末に、あの惨劇へと至ったこと。
親戚との話し合いの結果、爺ちゃんが俺を引き取ることになったこと。
俺を気遣ってか詳細は大分省かれていたけど、それを訊かずとも容易に想像ができた。
想像はできたが、俺はそれをどこか他人事のような感覚で聞いていた。
何も言葉が見つからなかった。
涙一つも流れない。
ただ空虚な想いだけが、身体の気怠さと共に抜けていくようだった。
「俺……これからどうすればいいんだ」
俺は視線を落とし俯きながら自分の両手を見つめる。
その何も掴めないちっぽけで無力な手を――。
「甘えるな。手前の人生は手前で決めろ」
そう言うと、爺ちゃんは立ち上がり病室から出ていこうとした。
「……」
まともに顔を合わせたこともない孫の面倒を急に見ることになるなんて、爺ちゃんからすれば当然のこと迷惑な話だったろう。
話を聞く限りじゃ、母との仲も絶縁に近い状態だったらしい。
俺はどこにいっても、どこまでいっても必要とされない存在。
だから一緒に消えてしまいたかったのに――。
「佐甚――、お前が死ぬのは俺より後にしろ。頼んだぞ」
爺ちゃんは背を向けたままそう言い残し、病室から出ていった。
その言葉は聞いた直後、堰を切ったように俺の目からボロボロと涙が溢れだした。
それから間もなく退院した俺は警察の事情聴取やら何やらを終え、母の実家、つまりの爺ちゃんの家で暮らすことになった。
婆ちゃんは俺が生まれる前に亡くなっており、この家には爺ちゃん一人。
爺ちゃんが自分で建てた古風な日本家屋で、二人で暮らすには十分すぎる広さだった。
少し遠くなったがそのまま同じ中学に通い、高校は家から近い公立高校に俺は進学した。
受験勉強の遅れを取り戻すのは骨が折れたけど、お節介な花火が手伝ってくれて助かった。
そして爺ちゃんと暮らし始めてからは、信じられないくらい穏やかな日々を送っていた。
何気ない日常の繰り返しだったけど、爺ちゃんとの暮らしは心地が良かったんだ。
興味本位で爺ちゃんの仕事を見ている内に、建築関連の道に進みたいと思い始め将来の目標を持てるようになった。
爺ちゃんにそのことを話した時、「大工を舐めんじゃねえ」って鼻で笑われた。
でも何だかんだで嬉しそうだったことを今でも覚えている。
その笑顔を見たときに俺は理解した。
俺はこの人に幸せなってもらいたい。
高校を卒業して仕事に就いて、少しでも早く爺ちゃんと一緒に仕事がしたい。
爺ちゃんの背中を追いかけて――、
生きてて良かったと実感したい。生きた証を残したかったんだ。