第13話 同期②
俺の両親はどうしようもないクズだった。
父は大企業の重役という世間的にはエリートに属する人物だったが、中身は母や俺に家庭内で暴力を振るい仕事の憂さを晴らすようなDV男。
母はそんな夫に愛想をつかしながら、外に男を作り夜遊び三昧の日々――。
母が家にいない時間は増え、それによって父の暴力は俺に集中することになった。
殴られ、蹴られ、締め上げられて何度も死ぬような思いをした。
毎日のように身体に青痣をつくり、切れた口の中の血を飲んでいた。
幼少期の俺はなぜ父親が暴力を振るうのかも、母が家を留守にすることが多いのかも分からなかった。無知な自分は、そういう家庭もあるのだろうとしか思わなかった。
事実、テレビのニュースではそうした社会問題が度々取り立たされていたし、その内の1つが自分の置かれた環境に過ぎないのだと納得するしかなかった。
そうした幼少期を過ごした俺は当然の様にグレた。
小学生の時から気に入らない同級生は殴ったし、教師にも平気で暴言を吐くようなクソガキだった。まぁ口が悪いのは今もそうだけど。
中学校に入学した頃には札付きの悪として立派な不良となり、幼馴染の火花という少女ただ一人を除いては、誰も俺と付き合おうとする奴はいなかった。
中三になり、そこそこ力がついてから父の暴力に対し歯向かってみた。
そして殴り返してから以降、父は俺に手を出さなくなった。
何かゴチャゴチャと言いながら虚栄を張っていたが、単純に反撃をされるようになったことで父は怯えたのだ。
俺は暴力から解放されたことよりも、こんな臆病で卑劣な男が自分の父親だという事実に愕然とした。そして行き場の無い憤りを抱えたまま、漫然とした日々を送るしかなかった。
だからあの頃は何もかもが憎かった。
他人の視線が、他人の囁きが、この世のすべてが俺を貶めているような感覚に陥っていた。
両親の関係は完全に冷え切り、もはや家庭内で口すらきかない。
そしてなにより、二人は俺にまったく興味も関心も無かった。
俺が学校で多くの問題を起こし停学を受けても、警察に補導されても、非難する言葉の一つすら掛けてはくれなかった。
そうした出来事が何度か続いた時、ふと全部がどうでもよくなった瞬間が訪れた。
――だから、いっそのこと殺してやろうと思ったのだ。
何のことはない。
父親と同じで自分もマトモな人間じゃない。
他人を傷つけることでしか、自分の存在意義を示すことができない破綻した人間。
そんな人間はいない方が世の中のためだ。
自分自身も含めて。
そんな風に考えて、俺は学校帰りに包丁を買って家に帰った。
季節は夏の始まりで、やたら蝉の鳴き声がうるさかったのを覚えている。
その鳴き声に晒されながら俺は自宅の扉の前で立ちつくしていた。
扉を開けばきっと俺は後戻りできない。
そんな瀬戸際に立っている自覚があった。
学校鞄に忍ばせた包丁。
それを意識すると、湿気を多く含んだうだるような暑さの中で視界が滲んでいた。
「……っ」
極度の緊張と不安から立ち眩みを起こしかける。
俺はそれを必死に堪えながら、涙を拭いて自宅のドアノブに手をかけた。
意を決した――。
殺意を胸の内に刻み、何もかもを終わらせる覚悟という名の凶器を握りしめながら扉を開く。
そしてリビングに入った俺の眼前には信じられない光景が広がっていた。
血の海に倒れ伏している父の姿。
そのすぐ傍で天井から首を括っている母の姿。
何が起きているのかまるで理解できなかった。
混乱と困惑、前後不覚に陥りそうなほどの異様な光景――。
全身から冷たい汗が吹き出し、動悸が胸を締め付けていく。
「はっはっは、ッ……はっ、うっ、ぐ…………ッ」
この光景は間違っている。
俺がまだ死んでいない。
父と母を殺し、最後に俺が死ぬ。そういう予定だったんだ。
それで全部終わりにするつもりで覚悟を決めた。
なのにどうしてこうなる?
俺は握っていた包丁を落とし放心した。
そして意識が次第に薄れていき気が付いたのは翌日――、
病院のベッドの上だった。