第12話 同期①
(恥ずかしいってどういうことだ?)
アムは両手で頬に触れながら蠱惑的な視線を俺に向けている。
『同期を調整するならお互いの身体を知り合わないとできないんだよ』
何だその「わかってるでしょ」みたいな表情は――。
(互いの身体って、俺は肉体無いしアムだってそこから出られないだろう)
『サジン、スキルの説明をした時も言ったけど、大切なのは魂の在り方なの。表層的な肉体の繋がりじゃなく、魂同士が結びつく度合いで洗練されていく。つまり、貴方と私はお互いの魂をもっとよく知る必要があるの』
心を通わせる、みたいなことか。
(それで具体的には何をするんだ?)
『とりあえず私が自分の意識をサジンの魂内、つまり精神世界に潜行させる。これはまだサジンには難しいからね』
(俺は特に何もしなくていいんだな?)
『うん。でも私の意識がサジンの中に入り込むと、少なからず影響がでるはずだから気を付けてね』
(わかった)
アムは俺の了解を得ると、クリスタルの中で両掌を組み合わせ瞳を閉じた。
そしてクリスタルが光を放ちはじめ、室内と俺の視界を白く染めていく。
その光はどこか温もりを感じさせる柔らかなものだった。
やがてその光が消えていき、俺の視界には見覚えのある景色が広がっていた。
「ここは……」
風情ある日本家屋の一室。
本棚に並べられた漫画や参考書。壁に掛けられた高校の制服。
勉強机に置かれた爺ちゃんと撮った写真。
「俺の部屋だ」
懐かしい畳の匂いもする。
窓から射し込む夕暮れ時の西日と、虫の鳴く声も聴こえる。
何もかも俺が生きていたあの時のまま――。
「そうか、全部夢だったのか。俺が異世界に転生してダンジョンなんかになるわけが……ッ」
それを受け入れようとした直後、俺がいつも寝ていたベッドにアムが腰を掛けていた。
「へぇ、サジンってそんな感じなんだ♪ けっこう背高いね」
夢じゃなかったか。夢であってほしかった。
「何で俺の部屋なんだよ。普通はもっとスピリチュアルな空間じゃねえの?」
「サジンのイメージしやすい心象風景がここだったってことだね。まぁ気持ちはわかるよ。自分の部屋って落ち着くもんね☆」
落ち着く……か。確かにそれもあるが、きっと爺ちゃんとの思い出が一番詰まってる場所だからだろう。
この精神世界で俺の姿は前世のままだ。
着古したTシャツに七分丈のジャージと完全にリラックスした部屋着姿。
そしてゴミ箱には丸めたティッシュが入っている。どうでもいい再現度たけぇな。
ていうかこの娘は、いいかげん服着てください。
いまさらだがアムはクリスタルの中にいた時と同様に全裸だった。
あの時はクリスタル内の光の反射とかで、薄っすらとしか視えなかった肢体が今は露わになっている。女の子らしい白く線の細い身体。組まれた足の艶めかしさ。
幼い見た目とはいえ、流石にこれは目のやり場に困る。
「サジン、ここに座って♪」
アムはベッドの横をポンポンと叩いて俺を誘っている。
なんかそういう店に来た気分だ。
「はぁ、やれやれ……」
俺は首の後ろをガシガシと掻きながら、アムの隣に腰を下ろした。
未だに何でこんな事になったのか分からない。
大体、ダンジョンに転生するってどういう事だよ。
王族の跡取りとか、貴族の御曹司とか、せめてモンスターとかいくらでも他にマシなカードもあっただろうに。
神様ってやつはとことん俺に厳しいらしい。
「――って、うぉ!?」
アムは俺をベッドに押し倒し、そのまま覆い被さってきた。
「な、なんだよ急に……」
蠱惑的に笑みを浮かべ、アムは俺の眼を真っすぐに見つめてきた。
何か甘い香りがする。触れ合っている肌が溶け合っているかのような不思議な感覚だ。
意識が此処ではない遠くにあるようで、良からぬ催眠にでもかかったように思考が上手く働かない。
「サジンのこと何でもいいからたくさん教えて♪ 同期相手の記憶情報が必要だから」
「お……れのこと……? 俺は――」
俺は風に揺れるカーテンと、その向こう側に広がる夕焼けを眺めながら自身の記憶を辿りだした。
「俺は――、俺の親を殺したかった……」