第9話 アムルゼアノート・テラ=ニルファリス
「グオォアアア――ッ!! バオオオオオオッ!!!」
変異種は流れる血を撒き散らしながら、戦槌を振りまわし続けている。
雄叫びと絶叫がダンジョン内に木霊する。
それを聴いていた俺は、これが本当に命の奪い合いなのだと実感していた。
【HP:255/7500】
――俺のHPは風前の灯火だ。
(わりぃな……でも俺の勝ちだ)
変異種に向けて落下させた石材は70個の内半分程度。
残りの落下地点は奴の周囲にバラけさせてある。
それは奴の取り巻きである無数の子ネズミ達を潰すためだった。
その経験値でレベルをこの瞬間に上げる為だ。
【レベルが9になりました】
【レベルが10になりました】
これだけ部屋に子ネズミがひしめき合っていれば、正確な狙いをつけずとも当たる。
1匹の経験値が少なくても、数十匹分も集まればレベルは上がる。
レベルが上がれば1日に使えるスキルの限度回数が回復することは検証済だ。
つまりレベル10になった今、俺は再び石材を生成できるようになる。
しかも今度は100個分。全重量にして300kg。
俺は増築スキルを唱え、100個すべての石材を重ね合わせ巨大な石柱を創り出す。
それを変異種の頭上に叩き落とした。念には念を入れ、改築スキルで加速をさせた上でだ。
「――ッ!!」
石柱は途轍もない衝撃音と共に変異種を圧殺し、大量の血が石床を赤々と染めた。
(はぁはぁ、やった……マジで危なかった)
レベルが上がった際にHPも回復するかと期待してたが、どうやらそうではなかったようだ。
本当にギリギリの勝負だった。
変異種が死んだと同時に、取り巻きのネズミ達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
スタミナ無限の俺でも精神面は関係ないようで、どっと疲れを感じている。
心の余裕は命の余裕ってことか。
そしてHPは時間回復らしい。
【HP:459/7500】
いま徐々にだが回復していっている。一定時間攻撃を受けなければ良いみたいだ。
それにしてもハードモードが過ぎないか?
あの変異種がこの世界でどれくらいの強さなのか判らないが、もしあんなでも雑魚の部類だとすればゾッとする。同時に数体現われでもしてみろ。クリスタルを守り切れる気がしない。
最悪のケースを考えるほどに頭痛の種が増すばかりだった。
とはいえ今は生き残ったことを素直に喜んでおこう。小難しいことを考えるのは〝コイツ〟を調べてからだ。
俺はダンジョン・コアの正面に視界を移した。
やはり見間違いではなく、中には見知らぬ少女が眠っている。しかもとんでもない美少女だった。
まだ幼い顔つきをしており、見た目の年齢は12~14歳ぐらい。
薄紅色の長い髪に、透き通るような白磁の肌。耳がエルフのように尖っている。
(エルフってか、これ悪魔の類じゃないのか? 翼とか尻尾はないみたいだけど)
そんな感じで食い入るように観察していると、何の前触れもなく少女の瞳がカッと見開かれた。
(――なっ!?)
髪と同じ薄紅色の長い睫毛が上下し、目覚めた少女の瞳が俺に向けられている。
そして少女は声を発した。
「おっす、おはよ♪」
(俺のことが視えてる……のか? ていうかノリ軽っ)
「うん? そっか、〝心話〟でないとそっちの声は聴こえないか」
(間違いない。確かに俺を認識してしゃべりかけてる。なんだコイツ……)
『あーあーテステス、これでどうかな?』
少女の声が頭だか心だかに響いてきた。〝心話〟とか言ってたし、いわゆるテレパシー的なスキルなのだと思う。
(……聴こえてる)
俺は恐る恐る彼女の声に応えた。
得体の知れない相手だ。用心するに越したことはない。
そんな俺の緊張が伝わったのか、少女は眉尻を下げて少しだけ困ったような表情を浮かべる。
『うーん、運命を共にする者同士もっとフランクにいきたいんだけどなぁ』
(俺は今さっき死にかけたんだ。警戒ぐらいするさ)
『それは私も同じことだよ。言ったでしょ? 運命共同体だって』
(それはコアが破壊されて俺のHPが無くなったら君も死ぬって意味か?)
『そそ、私はここから出たら死んじゃうから。このクリスタルが生命維持装置? みたいな♪』
(……なるほど)
言っていることの筋はまぁ通ってるか。何でそうなってるのかは全然わからないけど。
『とりま自己紹介しておこうよ』
(緊張感ゼロォ!)
『私はアムルゼアノート・テラ=ニルファリス! どこにでもいる普通の女の子だぞ☆』
(いや名前なげぇし、普通の女の子は全裸でクリスタルに閉じこもらないからね)
『親しい友人にはアムって呼ばれてる。リア友いないから当然脳内の友達だけどね!』
拝啓、爺ちゃんへ――。
どうしよう。異世界転生して初めて会った人間?らしき相手が頭やべー奴だった。