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 ジオさんはカーテンのように私の前をマントで遮ってくれて、そのおかげで男の姿が見えなくなる。


「ふー……」


 小さく息を吐き出し、無意識に握り締めていた手を開く。そして握って開いてを繰り返していると、そっと大きく美しい手に触れられる。


「ジオさん……?」

「冷たくなっているな……もう大丈夫だ。私がそばにいる」

「っ……ありがとう」

「ああ。君はよく頑張った」


 その言葉に、止まったはずの涙が溢れそうになるがぐっと抑え飲み込む。


 ここで泣いてどうする。泣いても何も解決しない。それにこのままじゃジオさんにおんぶにだっこ状態になってしまうぞ。


「ジオさん、ありがとう。ジオさんが来てくれたから私はもう大丈夫」


 そう伝えてジオさんのマントから出ようと一歩踏み出そうとしたけど、お腹に腕を回され引き寄せられたことで出来ずに終わった。私はその行動の意味がわからずジオさんを見る。


「ジ、オさん……」


 私を見るジオさんの瞳の奥がどこか怒りに揺れているように見えて、開きかけた口を閉じる。


「君はもうアレを瞳に映す必要はない。君が穢れる」

「いや、あの……」

「君は私たちの聖女なのだろう? ならば見てはいけない。あれこそ穢れなのだから」


 何を言っているんですか、というその音は男の叫ぶような声によって掻き消された。


「魔族の者よ! その娘を喚んだのは我々人間だ! それが何を意味するかわかるか?」

「……」

「魔族では聖女を喚ぶことはできない。それは魔族が悪で、我々人間が善だからだ。故に聖女を正しく使えるのは我々人間だ。魔族の者ではない!」

「哀れだな」

「何を言っている?」

「真実を知ることをやめた者たちよ。王家の地下にある遺跡に残された文字を読んでみよ。そこに真実はある」

「何を勿体をつけている。はっきり言ったらどうだ」

「人間である貴公が私の言葉を聞くとは思えない。己の目で確かめるのが一番だ。そして文字も読めるはずだ。そういう呪いがかかっている」

「わかった。それについては陛下と共に確認しよう。だが、それとその娘の話は別だ。娘! 聖女としての務めを果たせ。貴様がなんのために喚ばれたのかを考えよ。そして我々の労力を無駄にするな」


 ぎゅっと拳を握る。私の体は怒りで震え始めている。


 私のことはいくら言ってもらっても構わない。だけど魔族のみんなを下げたような言い方だけは許せない。今あなたの前にいる人は魔王様で、あなたより立場が上なのに……。


 この世界で魔族と人間の関係が良好でいられるのは、魔族の人たちの優しさだ。そうじゃなきゃいつ争いが起こってもおかしくない。それくらい酷い。何が魔族が悪で、人間が善だ。魔族の人たちのどこを見て(そう)だと判断しているんだ。ちゃんと見て。ちゃんと話してみてよ。あなたたちよりずっと優しいし温かいんだから。


「そんなに力強く握りすぎては駄目だ。手を痛めてしまう」

「大丈夫ですよ。これくらい」

「いいや、駄目だ。ほら、ゆっくり開いて」


 言われるままにゆっくりと手を開くと、爪が食い込んでいたのか痕が残っていた。するとお腹に回していたほうの手でするりと撫でられる。


「痕になっているな。痛むだろう」


 憂いを帯びた表情で見られてしまうと何も言えなくなってしまう。私は何も言わず、ただジオさんを見つめる。するとジオさんは小さく笑って、視線を男に戻した。


「クーシャエルノア王には我々魔族がこの少女を保護すると伝えてある」

「何を勝手なことを言っている!」

「勝手なのは貴公らであろう。この少女は貴公らが見捨てた命だ」


 そこまで言い切るとジオさんは「ユヅさん。怖いことは何もないから、少しの間だけ目を閉じていてくれ。それから耳は私が塞ぐから驚かないでほしい」と言った。私は少し悩んでからゆっくりと目を閉じると、すぐに両耳を塞がれる。


 姿が、見えなくなって。

 音が、聞こえなくなった。


 今から何が起こるんだろう。私にはわからない。だけどジオさんが怪我をしたり、傷つくことがなければいいな。


「っ……! う、ぐ……息がっ……!」

「人間よ、よく聞け。あの国にはもう一人、貴公らが大切にしている飾りの聖女がいるだろう。その聖女に、聖女としての務めを果たさせてから物申せ」

「そ、れは……」

「できぬのならばそれでもいい。だが、この少女は私の聖女だ。もし私から離そうとするならば、貴公らもろともこの世界を灰にしてしまうかもしれないな」

「わが、った……わがっだがら……」

「二度と、私の聖女を愚弄してくれるな」

「げほっ、ごほごっほっ……!」

「では、我々はこれで失礼する」


 肌にあたる空気がぴりぴりしている。吹いている風も、どこか荒々しいような気がする。


 その空気に耐えられなくて指を動かしてしまう。するとすぐに耳から手が離れて、穏やかな低い声が聞こえてくる。


「まだ目は開けずに、体は私に委ねてほしい」

「うん。わかった」

「ありがとう。では帰ろう」


 その言葉が聞こえた瞬間、ふわっと体が浮いた。思わず目を開けてしまいそうになるが、ぎゅっと力を込めて目を閉じたままにする。


 ……いきなりの浮遊は怖いので、教えてほしかった。

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