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 あれから一週間が過ぎ、私はとても穏やかに生活している。その間に魔族の人たちとの仲も深まって毎日が楽しくてしかたがない。そして私自身も帰る方法を探しているけど、都合よくは見つかってくれなくて。そこは少し落ち込んでいる。だけど本当にみんなの温かさがすごくて、落ち込んではいられないと前向きに頑張っているところ。


 それなのに……。


「本当に生きているとはな」


 魔族領から少し離れた森の中、馬に乗った男は嫌な色を滲ませた声でそう言った。そして馬から降りて、ゆっくりと近づいてくる。


 あの日の記憶が頭を過る。瞬間、体が震え始める。この男に言われた言葉や汚いものを見るような冷たい表情。全身を包む圧力。その全てが私の心を掴んで、恐怖へと引き落としていく。


「な、んで……」

「まさか薬草を摘みにきた先で貴様を見つけることになるとはな。だが謎が解けた」

「……」


 足で地面を確認しながら後ろへと下がる。男から目線を逸らすのは怖いから、足元を見ることができない。でもいつか何かに足を引っかけて転んでしまいそうだ。


 大丈夫。慎重に下がっていくんだ。落ち着いて。


「そう震えなくていい。今の私は一人だしな」

「関係ない。近寄らないで」

「これは手厳しい」


 わざとらしく肩を竦める側近の男。そして笑みを浮かべ、私を見つめる。その笑みが何を意味しているのかわからないから怖い。だけど私にとっていいことではないのは確かだろう。この男やあの国が私にしたことを考えると、それだけは断言できてしまう。


 ……背を向けて走り出したとして、私が逃げ切れる確率はほぼない。ほぼ、というより絶対に無理だ。それじゃあこの状況をどうする。自分しかいない今、どうにかできるのは自分自身だ。


「聖女よ。我々の元へ戻れ。陛下もお喜びになる」

「お断り、します……」

「まだ怒っているのか? あのときはああするしかなかった。仕方がないことだったんだ。ああ、謝罪が必要なのか? それならこれで許してくれるか? あの日は申し訳なかった」


 男は頭を下げた。だけど下げる瞬間に見えた歪な笑みに、身体中がぞわっとした。


 声色からもわかっていたけど、私に対して悪いなんてこれっぽっちも思っていない。この謝罪とは言えない謝罪はポーズ。そしてそれの意味は、私に利用価値があるから致し方無くということだろう。


「小春ちゃんはどうしてますか。元気にしていますか?」

「ええ、もちろん。彼女は大切な聖女様ですからね」

「そう、ですか……それはよかったです」


 嘘は言っていない気がする。私のときと小春ちゃんのときの声のトーンが違うし、表情も柔らかだ。


「……」


 小春ちゃんがあの国で無事なら、私は私のことだけを考える。


 小春ちゃん、ごめん。


「私はあの国へは戻りません。私は魔族の聖女です」

「はあ? 魔族の聖女? この私が頭を下げたんだぞ。図に乗るなよ」

「乗っていません。私はあなた方に捨てられた、穢れ堕ちた聖女です。あのときあなた方は私の言葉を聞いてはくれなかったし、何もしてくれなかった。そしてあなたが私に贈った言葉は『穢れ堕ちた聖女は必要ない。一人寂しく逝け』です。私は私を救ってくれた人たちの役に立ちたい。だから私は魔族の聖女です!」

「っ……このっ、クソ女がっ! 我々が使ってやるって言っているんだ! つべこべ言わずに来いっ!」

「いっ……!」


 さっきまでの余裕ある姿から一変、般若のような顔で勢いよく私との距離を詰めて腕を掴んだ。その力強さに顔が歪む。


「放して! 私は行かない!」

「うるさい! 貴様を喚んだのは我々だ! その貴様をどう使おうが我々の勝手だろうっ! 大人しく道具として使われていろ!」

「私はっ……! 道具じゃない! 生きている、人間だ!」


 必死に抵抗し続け、掴まれている腕をどうにか自由にする。そして男を押す。男は不意打ちの衝撃に驚いてふらつきながら後ろへと数歩下がった。それだけに終わり倒れなかったのは、さすが国王陛下の側近ということなのかもしれない。


「貴様あああああっ!」

「そこまでだ」

「っ……なぜ、ここにいるんだ」


 私を殴ろうとしていた男は今、何十本もの剣に囲まれ身動きがとれない状態になっている。不思議とその光景を見ても、私は怖くなかった。それどころか安心で体から力が抜ける。


「ジオ、さん……」

「遅くなってすまない」

「いいえ。見つけてくれて、ありがとう」

「ああ」


 背中から伝わる温かさと穏やかな声に、じんわりと涙が溢れ出てくる。

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