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「あの! ジオさん! あの国から助けていただきありがとうございます! それからご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません!」
言い切って頭を下げる。すると「なぜ謝るんだ? 私は君に迷惑をかけられた覚えがない」と少し怒っているような声色で言われて、慌てて顔を上げた。だけど魔王様の表情を見て怒っているわけではないと気づく。
「……」
これはどちらかと言うと単純に疑問に思って、ただ言葉にしただけのような表情だ。首を小さく傾げているのがなんとも言えない可愛さを引き出している。
つい、じっと魔王様を見つめてしまう。肌は色白というより、ほんのり紫色。切れ長の涼やかな目と傷み一つなさそうな長く美しい赤紫より薄桃色に近い髪。そして深海のような青さから、太陽に照らされる海面へと行くような青さへと色が薄くなっている大きな二本の角。男性らしい大きく、けれど女性のように美しい手。指は長く綺麗で伸びすぎていない爪は清潔感がある。
……美形だ。
自分の中でたっぷりの間があってからの答えがこれ。もう美形としか言いようがない。あ、でも可愛さもある。
「そんなに熱く見つめられると、溶けてしまいそうだな」
「っ……ご、ごめんなさい!」
「謝ることではない。ただ少し私が照れてしまっただけだ」
「う、ぐ……」
頬を少し赤らめ微笑む魔王様の威力がすごい。元の世界で恋人がいたこともないし、クラスの男の子たちともほとんど関わりはなかった。それにもちろんこの世界の男性陣とも関わりがなかったから耐性がないんだ、私。だからどうしたらいいのかわからず、ただただ微笑む魔王様を見つめ続ける。
いや……あともう一つ言いたいことがあるでしょ。それを伝えなければ。
「ジオさん。私、ジオさんに何かお礼をしたいんです。それで今の私にできることが聖女の力を使うことしかなくて……この力は役に立ちますか?」
私がそう言うと、魔王様は眉間に皺を寄せて不機嫌ですと表情で言い始めた。思わず謝罪の言葉を口にしようとすると、手で制止された。
「君は、さっきからずっと丁寧に話す。私はそれを必要ないと伝え、君はわかったと言った。それなのに君は変わらず話す。もう一度だけ言う。私は君にそれを求めていない」
「ごめん……それは、気づいてなかった」
「それから君を助けたことに関しては、私が助けたかったから助けた。それだけだ。だから礼も必要ない。ただ君がここで自由に生活してくれたなら私は嬉しい」
「いや、でもそれは、あまりにも申し訳ないと言うか……」
「私は君に聖女としてではなく、小鳥遊雪月として生活してほしい。その中で君が聖女の力を使いたいと思うことがあるなら使っても構わないし、使いたくないのなら使わなくてもいい。ここではただ君らしく生活をしてくれ。もちろん衣食住の心配も必要ない。それから帰る方法はこちらでどうにかするから安心してほしい」
「ジオさん……ありがとう。お世話になります」
「ああ」
静かに頷いて微笑んでくれる魔王様……いや、ジオさん。その微笑みにつられて私の頬は緩む。
「あっ、ジオさん。一つお願いがあるんだけど、私のことも名前で呼んでほしい。さっきからジオさんも私のこと君って呼んでるから」
「では、ユヅさん。これからはそう呼ぶことにする。ユヅさんが私をジオさんと呼ぶから揃えてみた。お揃いだ」
「っ……」
両手を顔にあてて天を仰ぎそうになる。どうしよう。この数十分でジオさんの美形さには慣れたと思ったけど、そんなことなかった。え、魔族は慣れてるの。大丈夫なの。ジオさん可愛すぎではないですか。
そんなこんなで私はジオさんと別れ、アメリアさんがいろいろと案内してくれることになった。そして広いお城の中を歩き回り、いろいろな魔族の人たちに会ってお話をした。私を救ってくれた泉へも行って、小さくお礼を伝える。それも終わった現在、最初に私が寝ていた部屋へと戻ってきたところだ。
「お城の中はこんな感じよ。あとは聖女の力を使ったときは、さっきの泉で身を清めてね。もし一人が心細かったら私に言ってちょうだい。一緒に行くから」
「はい。ありがとうございます」
「いいのよ。ねえ、ユヅキちゃん。私にもジオディスカーラ様のように話してくれないかしら?」
「え?」
「駄目、かしら?」
「あ、ううん! 大丈夫!」
「ふふ、嬉しいわ。ありがとう」
そう言って笑いかけてくれるアメリアさんに私も笑い返す。
なんだか……人間側と魔族側の温度差に風邪を引いてしまいそうだ。確かにあの国にいたときから人間よりも魔族の人たちのほうが仲がよかったけど。それでも多少なり悪意や、納得がいかないという雰囲気を向けられたりするかもしれないと思っていた。思っていたけど……全くそういうことがない。むしろみんな温かく迎えてくれた。そしてこちらが申し訳なくなるくらいとても親切。
あの国にいた私だから言える。
ここの魔族の人たちは、とても清らかな心と優しさを持っていると思います。
***
夕方。開けていた窓から何やら騒がしい音が聞こえてきて部屋から出た。そしてその音へ近づくと、グランさんたちの声が聞こえてくる。
「っ……!」
遠目に見える真っ黒な靄に私は手で口を押さえる。穢れに身を包まれる時間が長ければ長いほど、穢れそのものになり自我を失った黒い化け物になる。それは聖女以外の全てに言えることで。私は話に聞いただけじゃなく、この目で見たことがあるから知っている。
私は走り出す。
早く浄化しないと……グランさんたちが黒い化け物になってしまう。
それから小春ちゃん……小春ちゃんはどうしたの。どうしてグランさんたちは穢れに包まれた状態なの。何か、小春ちゃんの身にもあったの。
「お前らどうした!? 今日は真っ黒なままじゃねえか!」
「いや、まあ、あれだ……」
「まさか、また人間にそのまま帰れって言われたのか……?」
「……」
会話は聞こえなかったけど、大きな舌打ちだけは聞こえて体が跳ねる。だけど走る速度を落とさず、私は息を大きく吸いその全てを吐き出すように声を出す。
最初に浄化しなければならないのは、一番穢れに身を包まれているグランさんだ。
「グランさんっ!」
「ユヅキ! どうした?」
「私に任せてください!」
「いいのか?」
「はい!」
「ありがとうな!」
とっても嬉しそうに笑うグランさんの手をいつものように持って、ゆっくりと浄化していく。場所を移動する時間が惜しい。
「グランさんが終わったら順番に浄化するので待っていてくださいね」
私がそう伝えるとみんな元気に返事をしてくれて、グランさんの後ろに一列に並んで順番を待ってくれている。それにちゃんと穢れが濃い人が前にいて薄くなるにつれ後ろへと並んでくれているからありがたい。
「痛くないですか?」
「おう! 大丈夫だ」
みんなも清めの泉へ入ったら聖女のように穢れを清めることができるならいいのに。でもあの国でされた話では無理だと聞いたし。
この穢れという存在はどこからやって来てるんだろう。そしてなんのために生まれたんだろうか。
「ユヅキ。ジオディスカーラ様とは会ったか?」
「あ、はい! 会いました」
「どうだった?」
「とても優しくて温かい方だと思いました。それからこれは悪い意味ではなくて、なんだか可愛らしい方だなあとも思いました」
「……怖くは、なかったか?」
「怖くなかったですよ。だってグランさんたちが笑顔で話してくれていた方ですから。私が話を聞いて想像していたままの方でした」
「そう、か……」
「はい! う、わっ……!」
突然、グランさんにわしゃわしゃと頭を撫でられて驚いてしまう。でも浄化する手は休めないように集中する。
ぼさぼさになった髪はそのままに視線を上げると、グランさんは少し悲しそうで……でも嬉しさもあるような複雑な表情で私を見ていた。