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 私がこの世界に喚ばれたとき、私とは別にもう一人女の子がいた。


 その女の子は、ふわふわとしたセミロングの栗色の髪にぱっちりとしていて愛らしい瞳を持っていた。言うなれば、その姿はまるで童話に出てくるお姫様のようで。同じ性別の私でも可愛いと思ってじっと見つめてしまうくらい可愛い。


「……」


 だからそういう女の子と、そこそこの私とでは差が出てしまうのは仕方がないことだと思う。だけど私たち二人は聖女で、その聖女が必ずしなくてはならない清め(・・)をさせてもらえないのは度が過ぎてる。そう思って陛下にどうにか清めはさせてほしいとお願いし続けているけど、今日も無理だった。だからこっそり入ろうと清めの泉まで来たけど、見張りが多すぎて入れずに終わった。


 清めの泉のほうから聞こえる楽しそうな少女の声を聞きながら、私は来た道を戻っている。


「……何が、私が入ったら清めの泉が穢れるからだ」


 あのくそったれ国王陛下に、なんのための清めの泉だと問いたい。


 最初に注意事項で私たち聖女に言った言葉を忘れたのか。国王陛下はもちろん殿下や騎士らしき人たち、その他大勢も聞いていはずだ。


 聖女は祈り、国に結界を張る。そして穢れを癒し浄化することで人々に安らぎを。

 その過程で聖女の身は穢れに侵されていく。故に清めの泉でその身を癒し、穢れを流すのだ。


 確かにそう言った。そしてこうも言ったのだ。


 穢れを癒し浄化するときが一番聖女の身を危険にさらし、一番穢れに侵されていくのだと。 


「……」


 この世界に喚ばれてから二週間経ったとき国王陛下に私だけが呼び出された。そして告げられたのは、結界と穢れの対応を全て私が行うこと。それを告げられたときはまだ清めの泉で身を清めることができていたし、小春ちゃんは祈りと民の前に出て話を聞き癒すことが仕事だと言われたから役割分担だよねと思って何も言わなかった。だけどその日以来、清めの泉で身を清めることを許されなくなった。だから今の私は穢れに侵されている状態。


 今はまだ体に異常はないけど、いつ異常が出てくるかわからない。それがたまらなく……怖い。


「……」


 自室へと戻った私は、ぎゅうっと自分の体を抱き締めるように腕を回す。


 今日も、私は生きている。

 大丈夫。

 明日も、大丈夫。


 毎日恐怖と戦ってる。ずっと怖い。穢れに侵されきったときどうなるのか想像もつかないから。それでもやるしかない。


 今の私に与えられている選択は、聖女としての務めを果たすか餓死のどちらか。


 あまりの辛さに聖女としての仕事を休ませてほしいと伝えたら、働かざる者食うべからずと言わんばかりに小さな部屋へと閉じ込められた。そしてその日のご飯はなしでお風呂もなし。唯一救いだったのはその部屋にお手洗いがあったこと。どうにか一日水で過ごしたけど、あの日以来一度も休みたいとは言っていない。


 頼れる相手がこの国にはいなくて。

 助けを求めれる相手もこの国にはいない。


 私は孤立無援状態のぎりぎりで生きている。


「……」


 私と一緒に喚ばれた小春ちゃんは大丈夫かな。さっき聞こえた声の感じでは元気そうだったから、たぶん大丈夫だとは思うけど。最近は小春ちゃんの護衛の人たちが隠してしまって顔を見ることができないから心配だ。私とは違い、不安や恐怖を隠して笑っているかもしれないから。


 どうか、彼女が本心から寄り添える相手がいますように。


 私は祈るような姿でそう思った。



           ***



「よお! ユヅキ!」


 穢れ浄化の場にいると、入り口から大きな声で名前を呼ばれる。顔を上げると、体格がよく鬼のような角と赤い顔をした強面の魔族のグランさんが右手を挙げて笑顔で私を見ていた。


「グランさん、こんにちは。今日もすごいですね」

「そうなんだよ! あの森のモンスターを討伐しきらない限りこんな感じだな」

「お疲れ様です」

「ユヅキもいつもありがとうな!」

「いえ」


 そう言って笑う。そして穢れをゆっくりと浄化していく。ゆっくりなのは早くしすぎると穢れに侵されている人が苦しかったり、痛いことを経験で知っているからだ。


「お前さんは本当にいい子だな! 俺を怖がらないし! 浄化する手は優しくて温かい!」

「ありがとうございます。それから、ごめんなさい。初めて会ったときは怖かったですよ。でもお話ししたらとても優しかったから怖くなくなったんです」

「がはははははっ! そうかそうか! 怖かったか!」


 大きく笑うグランさん。その笑い声で空気や建物が揺れている。もう慣れたけど、最初の頃は崩れてしまわないか不安だったなあ。


「今はグランさんの顔や声を聞くと元気になります」

「そうか! それは嬉しいな!」

「それからグランさんの笑顔が好きなんですよ。太陽みたいでとっても眩しいですけど、気持ちが前向きになるような温かさがあって」

「そうか? それは初めて言われたな」


 大きな口を開けて笑うグランさんは、本当に太陽のように眩しい。あとここへ来る魔族の人たち全員笑顔が可愛い。


 この世界の魔族と人間の関係性は昔は悪かったらしいけど、今はとても良好でこうして人間側の仕事を手伝ってくれているというのは喚ばれた最初の日に聞いた。そして聖女を喚び出せるのが人間だけらしく、魔族も穢れを浄化するときは聖女がいる場所を訪れるらしい。


「……」


 初めてグランさんを見たときは、その体の大きさだったり角が怖かった。だけど話してみると、こちらが元気をもらえるくらい明るくて優しい魔族でそこから私の癒し対象の一人である。このときだけは、穢れに対する恐怖が少しだけ和らぐ。


 ……この国の人間よりグランさんたちがいる魔族に召喚されたかった。


「はい。終わりましたよ」

「おお! ありがとうな! 体が軽い!」

「それはよかったです。あまり無理しないでくださいね」

「ありがとうな! ユヅキも頑張りすぎるなよ!」

「……はい」


 笑って答えるけど、顔が少し強ばってしまっているような気がする。


「わっ……」

「いい子だ! それじゃあまたな!」


 グランさんは私の頭をわしゃわしゃと撫でて帰っていった。


「嵐のあとのような髪になってしまった」


 髪を手ぐしで直しながらそう呟くと、ふっと笑いが込み上げてきた。


「ふ、あはははははっ! ふ、ふふ……」


 一通り笑って、涙を拭う。


 笑いすぎてしまった。よかった。今日は浄化する人が少なくて。


 誰もいない入り口を見てそう思った。



           ***



 それは本当に突然だった。浄化の仕事終え、結界の確認も終えた私がたまたま手を見たとき……毒々しい斑模様が浮き出ているのに気づいた。そこから急いで国王陛下の元へ向かう。そして部屋の前にいる側近の人たちに国王陛下への謁見をお願いをする。だけど私を見るなりそばにいた兵士たちに捕らえるように指示した。


「待ってください! お願いします! 国王陛下に会わせてください! どうか清めの泉で身を清めさせてください! お願いしますっ!」

「お前たちこの娘をあの部屋へ連れていけ」

「嫌だ! 放して! お願いします! 清め……っ」

「黙れよ、小娘。貴様のような穢れ堕ちた聖女など必要ない。一人寂しく逝け」


 その冷たさと圧力に言葉を失う。


 こんなの、まるで使い捨てじゃない。

 いいや、まるでじゃない。


 私はーー使い捨てられたんだ。


「連れていけ」


 引きずられるように歩く私は、きっと長くない。それだけはわかる。


 死にたくない。

 帰りたい。

 助けて。


 たくさんの言葉が頭に浮かび、埋め尽くされていく。だけど諦めてはいけないと、その中から助かる方法を探す。でもどれだけ浮かべても私が助かる道が見えない。


 あるのはぐしゃぐしゃな死にたくないという想いと、闇が塗り潰したような真っ暗な景色だけだった。


 お父さん、お母さん。ごめんなさい。

 私、もう駄目だ……。

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