承 姉の苦悩と二度目の追放
父イザナギに任命されたアマテラスは、今日も今日とて真面目に高天原を治めていました。
しかし、この日だけは様子が異なりました。
「なに? この地響きは?」
大地を踏み鳴らすような音が高天原に近づいてきていたのです。
「大変じゃ! スサノオがここ高天原に向かってきておるぞ!」
「な、なんですって!?」
報告を聞いたアマテラスは慌てました。
「まさか、父に追放された腹いせに高天原を侵略しにきたんじゃ……こうしてはいられないわ!」
アマテラスはすかさず神様パワーで、一瞬にして男装の姿へと変身しました。
そう、アマテラスは日本最古の変身ヒロイン――魔法少女?――であり、男装の麗人だったのです。
アマテラスはさらに弓を手に持ち、武装した状態で弟のスサノオに相対します。
「スサノオ、いったい何しにここ高天原に来たの!?」
「旅立ちの前に、姉上に挨拶しに来ただけです」
「嘘おっしゃい! 信用できるものですか!」
「では、ウケイで判断しようじゃないか!」
ウケイとは物事の当否を判断する占いのようなものです。
アマテラスはスサノオの剣をかみ砕き、口をゆすぎ、「ふぅう」と吐き出します。
すると三柱の女神が生まれます。
次に、スサノオはアマテラスの勾玉をかみ砕き、口をゆすぎ、「ふぅう」と吐き出します。
すると今度は五柱の男神が生まれました。
「俺の剣からは女神が生まれた。姉上、俺に邪な心がないことが証明されただろ?」
「え? そ、そうね……疑って悪かったわ」
アマテラス、ここで痛恨のミスを犯してしまいました。
ウケイとは本来、事前に結果を定めなければ当否の判断がつきません。
これではスサノオの言は、後出しじゃんけんです。
アマテラスは、まんまとスサノオの口車に乗せられてしまったのです。
因みに、アマテラスの勾玉から生まれた五柱の男神をアマテラスの子。
そして、スサノオの剣から生まれた三柱の女神をスサノオの子としました。
神様とは不思議なものです。
自分の正当性を証明できたスサノオは、ちゃっかり高天原に居座ってしまいました。
旅立ちの挨拶とはいったいなんだったのでしょう。
そして、居座るだけならまだよかったのですが……
「申し上げます! スサノオが田畑を破壊しつくしています!」
「それは……きっと新しく耕してくれているのよ」
「申し上げます! スサノオが神殿に糞をまき散らしています!」
「そ、それは……き、きっと酒に酔って吐いてしまったのよ」
スサノオは調子にのってやりたい放題、暴れ放題だったのです。
それに対しアマテラスは、ウケイの件や自分の弟ということもあり、スサノオを擁護します。
そんなところで、弟想いな姉を発揮しなくてもと思わざるを得ません。
そんなこんなで、暴れまわる弟と擁護する姉の日常が繰り広げられていました。
そんなある日、大事件が起こってしまうのです。
「た、大変です! 服織女が死亡しました!」
服織女とは、布を織る女神です。
小屋で服織女が布を織っているところに、スサノオが生きたままの馬の皮をはいで、そのまま小屋に投げ入れたというのです。
それに驚いた服織女は、機織り道具が突き刺さり死んでしまったのです。
「もう、かばいきれない……」
自分の治める地で殺人事件ならぬ殺神事件が起きてしまい、しかも犯人は弟のスサノオ。
さすがのアマテラスも擁護しきれません。
さらに、ショックを受けたアマテラスは、何もかも嫌になり、天岩屋戸に引きこもってしまいました。
そう、ここに日本最古の引きこもりが爆誕してしまうのでした。
アマテラスは、神々が住まう高天原を治める最高神かつ太陽神。
そんな彼女が職務放棄して引きこもってしまう。
それにより、太陽は登らず世界は闇に覆われ、至るところで災いが次々に起こってしまいます。
総理大臣や大統領が職務放棄して引きこもる……のも国家運営に大変な支障をきたしますが、それの比ではないでしょう。
困った神々は天安河原に集まり、どうしたらアマテラスを呼び戻せるか相談しました。
「オモイカネよ、何かいい案はないものか」
そこで白羽の矢が立ったのが、思慮深さに定評のある知恵の神オモイカネでした。
「オモイカネなら……オモイカネならやってくれる!」
その場にいた神々は、満場一致でそう思っていたことでしょう。
オモイカネは神々の期待に応えるように一晩……かどうかはわかりませんが、作戦を立案してくれました。
「さすがはオモイカネだ! 我らにできないことを平然とやってのける! そこに痺れ……」
それ以上はいけません。
なんにせよ、完璧な作戦だと神々はオモイカネを讃えたことでしょう。
そして、オモイカネの指示を受けた神々は、着々と準備を進めていくのでした。
さあ、準備は万端!
神々はアマテラスが引きこもる天岩屋戸の前に集まり、お祭りを開催したのです。
そう、アマテラス呼び戻し作戦は、日本最古のお祭りだったのです。
常世長鳴鳥――ニワトリ――の鳴き声が開始の合図です。
次に、フトダマが鏡と勾玉を供え物として持ち、アメノコヤネが祝詞を唱えます。
アメノタヂカラオは天岩屋戸の脇でひっそりとスタンバイ。
そして、アメノウズメが軽快に踊り始めました。
女神であるアメノウズメの踊る姿は、それはもう美しいものだったでしょう。
そう、踊りの最初は純粋な気持ちでそう思えるものだったに違いありません。
興が乗ったのか、アメノウズメの踊りは次第に激しさを増していきます。
それに伴い、着ていたものが次々にはだけてしまいます。
しまいには見えてはいけないところが、もろに見えてしまう状態になってしまいました。
そう、ここに日本最古のストリップショーが爆誕したのです。
それを見ていた神々は、ドッといっせいに笑い声を上げました。
赤面したり顔を逸らしてしまう初心な神様はいなかったのでしょうか。
「どうして笑い声が……」
天岩屋戸に引きこもっているアマテラスは、外の様子が気になって仕方がありません。
騒がしくなってきたと思ったら、神々の楽しそうな笑い声が聞こえてくるのです。
「どうして、皆そんなに楽しそうに騒いでいるの?」
気になったアマテラスは、少しだけ扉を開けて外を覗き見ながら声をかけました。
「それはアマテラス様、あなたよりも尊い神が現れたので、皆でお祝いをしているのです」
「そ、そんな……」
返ってきた言葉にショックを受けるアマテラス。
高天原を治める最高神としての自負がある彼女にとって、自分の居場所が奪われるような存在が、急に現れたとあっては気が気ではありません。
居ても立っても居られなくなったアマテラス。
自分よりも尊いとされる神を確認しようとして、扉をさらに開きました。
「タヂカラオ、今じゃあ!」
天岩屋戸の脇でひっそりとスタンバイしていた力自慢のアメノタヂカラオ。
オモイカネの合図にすかさず反応し、アマテラスの手を取り、外に引っ張り出します。
そのタイミングで、フトダマがしめ縄を巻いて天岩屋戸に入れないようにしました。
神々の華麗なる連携プレーが光るというものです。
「アマテラス様がお戻りになられたぞお!」
アマテラスの姿を見た神々は、歓声を上げます。
その様子にアマテラスは困惑してしまいました。
「これはいったい……私よりも尊い神というのは……」
「アマテラス様、あなたよりも尊い神などいません。皆、あなたが戻られるのを心待ちにしていたのです」
その言葉を聞いたアマテラスは感極まったことでしょう。
「皆には迷惑をかけてしまったわね、ごめんなさい。そして、ありがとう」
アマテラスの顔には、まさに太陽のように輝く笑顔が、そこにはきっとあったことでしょう。
アマテラスが戻って間もなく、高天原に住まう神々の総意としてスサノオの追放が決定しました。
スサノオ、まさかの二度目の追放です。
ここまで主人公と呼べる活躍を一切見せていません。
ましてや、犯罪者に成り下がる始末です。
スサノオ株は連日ストップ安を更新し続け、つかまされた個人は夜も眠れず枕を濡らすことでしょう。
ここからの巻き返しはあるのか!? スサノオの今後の活躍に乞うご期待!
■オモイカネ
知恵の神。国譲りでは派遣する神の選定を行い、天孫降臨の際にもアマテラスの孫であるホノニニギに随伴する。
■アメノウズメ
芸能の神。天孫降臨の際にアマテラスの孫であるホノニニギに随伴する。
■アメノコヤネ
祭事を司る神。天孫降臨の際にアマテラスの孫であるホノニニギに随伴する。
■フトダマ
神事を司る神。天孫降臨の際にアマテラスの孫であるホノニニギに随伴する。
■アメノタヂカラオ
力の神。天孫降臨の際にアマテラスの孫であるホノニニギに随伴する。