せめてあと二分待って
自覚するお嬢様。
婚約者殿の見送りを終えたイザベルは、早鐘を鳴らし続ける胸を押さえて足早に自室に戻った。息を整えて、姿見の前に立つ。色のぼやけた金髪を高くポニーテールに結い上げた少女が、頬を上気させ、はにかみながら映っている。
頬を緩めたまま、くるん、と回ってみせる。空色のスカートの裾がふわふわ翻る。銀の糸で縁取られた蔓薔薇の刺繍が、部屋の明かりを弾いて光る。まあるく足首で留められた朱鷺色のストラップリボンの新しい靴。ヒールの高さにはまだ慣れないが、いつもより足がすらりと見え、大人っぽくて素敵だ。それに、年上の婚約者殿の青空に似た瞳がいつもより近くで見えた。
「お嬢様、いかがでしたか?」
今日の装いを担当してくれた侍女のメリッサが母と一緒に様子を見に訪れた。二人はにこやかに目を細めている。
「大きくて、硬くて、広かった……です」
よろけた瞬間、ヘンリーに抱き留められた。その腕は思いがけず大きかった。王子様の体躯は魔術師らしく、硬くてしっかりしていた。彼の速い鼓動と息遣いが直接伝わり、真っ直ぐと降りてきた遮るもののない澄んだ青い瞳にイザベルの胸はきゅう、となった。
「まあ、そうでしたか」
母は眉を下げ、メリッサに目で合図した。彼女は頭を下げ、すぐに部屋を退去した。
「イザベル。その新しい靴、そんなに硬くて大きいのならば足を痛めるかもしれません。メリッサがすぐにお店に連絡をしてくれるから早めに直してもらいましょう。ダンスの授業までになんとか都合をつけましょうね」
おっとりとやわらかく微笑む母。やさしい菫色の瞳と視線がかち合ってから一拍置いたイザベルは、顔から火が出そうになった。
問いかけを勘違いしたことも、浮かんだ感想をそのまま言葉にしたことも、すっぽりと覆ってくれたヘンリーの大きな身体の感触と温もりを思い出していたことも何もかもが恥ずかしい。燃え上がる頬を両手で覆い、へにゃりとその場にしゃがみ込んだ。
母がびっくりしたような音程で声をかけてくるが、上手な答えが思い浮かばない。母のたおやかな手のひらが、気遣わしげに頭をそっと撫でる気配がした。
けれども、イザベルはまだ当分顔を上げられそうになかった。知らないおとなのおとこのひとのようなヘンリーの温もりを直に感じた後遺症かもしれない。思い出すだけで胸のあたりがきゅうっとなるし、顔は火照るし、頭はひどくふわふわしたままだった。





