あと二年
王子様とお嬢様。
いつものように婚約者殿は淑女の礼を粛々としてみせた。顔を上げる動きに沿い、後ろで高く結い上げた淡い金髪がふわりと揺れた。こちらと目線が合うと淡い菫色の瞳にどこか悪戯めいた光を灯し、頬を緩めた。それからこちらに駆け出し――前のめりにつんのめった。
「ひゃ……」
かそけき悲鳴ごと咄嗟に胸に抱き留めて、ヘンリーはようやく息を吐いた。
「イザベル。怪我はないかな」
「……はい。ごめんなさい」
イザベルの肩の震えが胸に直接伝わってくる。責めるつもりはなかったが、つい声が低くなった。二拍置き、努めてやわらかい声で、どうして急に走ったのかを問う。
腕の中の少女はかすかに身じろぎ、上目遣いにこちらを真っ直ぐと見上げた。菫色の瞳がいつもよりもなんだか近い。
「進級お祝いにお母様が新しい靴を贈ってくれたのです」
そっと見下ろすと、淡い朱鷺色のストラップリボンの付いた、常よりも踵の高い靴が少女の華奢な足を包んでいた。秋の午後、金色の陽光を受けてほのかに煌めいている。
「よく似合ってる。可愛いね」
「ありがとうございます。再来年のヘンリーお兄様とのお式とデビュタントまでにヒールの高さに慣れましょうね、って。新学期からダンスの授業も踵の高いものを使うのですよ」
少女はヘンリーの腕の中で、とびきりやわらかく笑う。
「とっても素敵な靴だから、ヘンリーお兄様に一番にお見せしたかったのです」
宝石箱のとっておきのアメジストの瞳いっぱいに自分だけが映っているのも、淡い金髪からほのかに伝わる甘い香りも、華奢でやわらかい身体もその温もりもたまらない。
「……早く卒業してほしいな、タイニー・ベル」
「進級したばかりですよ?」
首を傾げ、イザベルがきょとんと三度瞬いた。
卒業まで、あと二年。咲き染めの花のように可憐に笑う腕の中の少女の成長を一番近くで見守る権利も、その先の未来を全て貰い受ける約束もとうに得ている。けれども、「お兄様」から卒業できないのがなんだかやけにもどかしい。
ヘンリーは胸の痛みを耐えるように嘆息し、少女のつむじに唇をそっと寄せた。





