放課後サプライズ
お嬢様と王子様のお兄様ズ。
彫刻像も裸足で逃げ出しそうなくらい恐ろしく形の整った両手を組み、その甲に顎を乗せ、そのかたは告げた。今日ここに君を呼んだのは他でもない、と。只事ではないなとイザベルは背筋を正す。
三国一美しい王子と名高いそのかたは青い瞳に剣呑な光を揺らめかせた。
「君、最近ヘンリー・ローと直接会っていないだろう?」
三度瞬いた。図星である。イザベルは授業の予習復習とヘンリーに捧げる贈り物大作戦のための調査で、ヘンリーも研究が大詰めとのことでなかなか二人で会う時間を合わせることができていないのだ。
今朝、公爵閣下の屋敷に寄るよう早馬でお達しがあり、放課後に急ぎ参上した次第だ。
よくご存知ですねと頷けば、婚約者殿の兄君二人は疲れたように息を吐いた。
「叔父から早馬の知らせが毎日来ているからね。何が悲しいって、妻子の話より先に叔父の猫ちゃん最新トークを毎日聞かされてまた一つ叔父のねこちゃんについて詳しくなってしまうことなんだよ……」
「猫ちゃん自慢はまだしも、『医者ならばなんとかしろ』と診療所に連日早馬の知らせが来ると業務にも評判にも差し障りしかないので……」
「…………」
かけるべき声が見つからず、イザベルは曖昧に微笑んだ。二人は眉間に深く陰を刻む。
「叔父の猫ちゃん自慢はまあ良いとして。要するに我々は叔父と弟に早馬の意趣返しをしたい」
「仕事後に毎日ここで昔の君に会いに来ている哀れなヘンリー・ローに一発鋭いパンチをお見舞いしてやっても罰は当たらないだろう? おっと、待て待て。タイニー・ベル。君に拒否権はないぞう!」
据わった目をして笑う王子様二人が揃って向かいのソファから立ち上がる。地位、権力、年の功、あとなんだかとてつもなく強い圧力。二人とも背が高いので妙な迫力だ。
「ひえ」
強烈な挟み撃ちに座ったまま後退る。扉のそばで控えていた護衛がイザベルに目線を送ってきた。オーキッド侯爵家直属のその騎士は、「有事の際にはやむなく抜剣して王子殿下二人を取り押さえますのでご安心を」とでも言うように剣の握りに手を添え、イザベルににこやかに頷いた。「それはつまり今すぐ何もしてくれないということでは!?」と心の中で悲鳴を上げるイザベルの背中が無情にも長椅子の肘掛けにぶつかった。
とびきり美しい微笑みだが全く目が笑っていない二人のお兄様が迫る。イザベルは両手で頭を抱え、考えることをやめた。と――膝の上に小さな重みとやわらかな温もりを感じた。
恐る恐る目を開ける。膝の上には、幼い頃からヘンリーと二人で作戦会議を何度開催しても決して身体を触らせてくれなかった母猫が安心させるように鳴いた。みゃう、と。
三度瞬く。しっとりとやわらかく滑らかな極上の生き物が膝に顔を擦り寄せている。
「今だ!」
「やってしまえ!」
二人が叫んだ。
目を白黒させているうちに扉が開き、顔なじみの公爵閣下に仲良しの画家殿が肩を並べて登場した。後ろから公爵邸の侍女も入ってくる。彼女たちは凍りついたイザベルの髪と、膝でくつろぐ猫を丁寧にブラシで梳る。制服のリボンも結び直してくれた。
「やっぱり若いお嬢様は良いものですねえ。いつもは奥様お一人しか飾ることができないのでとても新鮮で心が華やぎます」
「ええ、ええ! 若様方が未来の奥様を連れてきてくださる日が待ち遠しいですわ!」
「うん。髪型はその学院スタイルのままで頼む。あれは制服姿のタイニー・ベルとはあまり会ったことがないと聞いている。より鋭く、より威力が増すパンチになるはずだ」
「うちもお前たちみたいに可愛いお嬢さんを捕まえてきてくれたら良いんだけどなあ。そうだ、お前、医者の伝手で素敵な猫ちゃんが居るおうちのお嬢さんを紹介しなさい」
「叔父上、早くも目的が迷子になっていらっしゃいますよ」
イザベルの戸惑いをよそに公爵閣下はじめ、皆でわいわい大いに盛り上がっている。
「やあ、お嬢様。お久しぶりですね。大きくなられましたなあ」
孫を迎える祖父のようにやさしく目を細め、画家殿が気さくに声をかけてきた。
「さあ、お嬢様、顎を引いて。背筋はまっすぐ。そうですそうですだいたいそんな感じで。やあ、猫ちゃん! 君はいつも良い子で可愛いねえ! 今日も君をとびきり素敵なレディに描かせてね。よろしくね!」
画家殿はすっかり白くなった顎髭を撫で、猫にでれでれ頬を緩めた。作戦会議を重ねた頃よりも歳を召した猫は少女の膝の上で寝返りを打ち、ふわふわの尻尾を一振りした。
そして、公爵閣下の猫ちゃん名画コレクションに、公爵閣下ご自慢の猫が初めてオーキッド侯爵家令嬢と仲良くしてくれた記念の一枚が加わったのであった。





