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親の心子知らず・解説と実況編

お兄様たちと小さな婚約者たち

 陽だまりの満ちたサロンにのんびりとしたテンポの穏やかな調べが響く。焼き菓子を食べ終え、第二王子殿下はティーカップを丁寧な所作で口元に寄せた。茶葉の香りもじっくりと味わっているらしい。やがて、怪訝そうに美しい眉を寄せると前方を指差した。


「あれは何ですか?」

「あれは猫のぬいぐるみです」


 教科書の例文のような会話になってしまった。とはいえ、他に答えようがないのだが。

 ピアノ椅子には、妹イザベルとその婚約者であるヘンリー第四王子殿下、左右に腰掛けた二人に挟まれるようにして白銀の猫の大きなぬいぐるみが仲良く並んでいた。ピアノを遠巻きに囲み、我が家の侍女と殿下方の護衛がそれらをにこにこと見守っている。


「ねこ」


 深い青色の瞳が大きく見開れた。彼は口を丸くぽかんと開いたまま、小さな婚約者二人とぬいぐるみを眺めている。三国一美しく麗しい王子と謳われているこのひとのそうした間の抜けた表情はなかなか貴重である。


「猫一匹までならば許す、と父が」

「へえ。猫を欲しがる愛娘のおねだりに負けて、侯爵がぬいぐるみを一つまでならばと買ってあげたのか。うちも叔父のところで子猫が生まれて以来、次弟が末弟を巻き込んで両親相手に子猫を飼うための至高にして究極のプレゼンをするって張り切っているところでね。その面白さと可愛さに負けそうになるのはわかるなあ」

 やわらかに笑う第二王子殿下の横顔は兄らしく見える。

「いえ、そうではなくて」

「うん?」

 やさしい勘違いをする相手に真実を告げるのは心苦しいものがある。だが、誤解というものは速やかに解かねばならない。彼は眉を寄せ、努めて冷静な声を出した。

「父が許可したのは距離についてです」

「きょり」

「はい。物理的距離についてです」

 相手は物言いたげな深い青空と同じ色合いの双眸を伏せ、かろうじて頷いた。


「ヘンリー王子殿下と大変仲睦まじく過ごしている愛娘に父は言いました。まだお前には教えていなかったがオーキッド家には古くより定められた家訓がある。年頃の男女はエブリデイエブリタイムエブリワン節度ある距離を保って相手と接しなければならない。しかし猫一匹分の距離までならばその接近を許す、と」


 王子殿下はピアノ椅子に並ぶ婚約者二人を呆けたように眺めた。「年頃も何もお互いまだ十歳にさえ達していないぜ?」と大きく首を傾げている。妹はこの春に六歳になったばかりで、ヘンリー殿下は秋に十歳を迎えるはずである。

「イザベル嬢はなんて?」

「元気よく返事をしていましたが、よく分かってはいない様子でした。それで父が今日の殿下の訪問のために急ぎ買い求めたのがあのぬいぐるみだというわけです」

「そのこころは?」

「距離感を目で理解させるためです。曰く、殿下とお会いするときは必ずこれを連れてお前たちの間に座らせなさい。ねこちゃんならば仕方ないと殿下も仰るはずだから、と」

「……娘を持つ父親はとてつもなく悲しい生き物なんだね」

 ティーカップを静かに置き、午後の陽射しを明るく透かす窓を見やるその目つきはどこか遠い。なんだかしょっぱいなあ、と小さく零すのが聞こえてくる。

 返せる言葉は何もない。けれども、せめて第二王子殿下の元に紅茶用の砂糖と焼き菓子のおかわりを用意するよう侯爵子息は侍女に声をかけた。

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