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呼吸を止めて十秒
お父様とお嬢様。
やわらかなピアノの音色が止まった。拍手をしてお茶に誘う。娘は笑って頷いた。
テーブルを挟んで座る。丁寧な所作でカップを持つ姿につい笑みが漏れる。昔は床に足が届かず、ぷらぷら小さな足を泳がせては妻に窘められ、叱られた子犬のようにしゅんとしたり、「おとうさま」と膝の上に乗り上げては抱っこをしてほしいと全身で甘えてきたりしたものだ。今となっては懐かしい。
妻譲りの淡い菫色の瞳いっぱいに星を煌めかせ、娘が首を傾げた。今までにもらって嬉しかった贈り物は何ですか、と。
「ニールとイザベルを授かったことだね」
迷わず答えれば、娘は嬉しそうにふにゃりと頬を緩めた。
「なるほど。でも、それはさすがに早すぎるかなと……」
娘を、凝視する。何やら穏やかならぬものが聞こえた気がする。
咳払いをして、腕を組む。
「イザベル。そこに座りなさい」
「もう座っていますよ……?」
その日、陽だまりに満ちたサロンにはオーキッド侯爵の渾身の説教が響き渡った。





