いつもの叔父様
王子様のお兄様たち。
果てしなく胡乱な目つきで次弟が問う。
「兄上、何を入れ知恵なさったのです?」
「お願いするなら今が好機だぞ、と唆しただけだ。人聞きの悪いことを言うんじゃない」
「よっぽど質が悪いですよ……」
兄上は行儀も悪い、と呆れた声。長椅子の肘置きに頭を置き、ごろりと寝転んでいる彼に弟は隠そうともせずに巨大なため息を吐いた。彼は胸の上で微睡み始めた猫の背をそっと撫でる。叔父が自慢するのも納得のふわふわしっとりとした上質な毛並みだ。
「あのなあ、こちらに帰るなり叔父上に早馬で呼ばれたんだぞ。妻子の顔より先に叔父上の元気なお姿を見るのはおかしいだろう? 少しくらい休む権利はあるはずだ。そういうお前の方こそ、タイニー・ベルに一体何を吹き込んだんだ、何を?」
「よほど嫌なものでない限り今日のヘンリー・ローのお願い事は叶えてあげなさい」
とてもよい働きをした次弟に笑う。相手はため息を吐き、眉間に深く皺を刻む。
「……叔父上がうるさいんですよ。『うちの猫ちゃんのそばにいて元気が出ないだなんてヘンリー・ローは何か深刻な病かもしれない、お前は医者だろう何とかしろ』と。いいかげん、僕が人間専門の医師じゃないと叔父上には覚えていただきたいものです」
叔父は獣医をしている次弟の診療所に、いつもの猫自慢と共に末弟の穏やかならぬ様子を五日連続で知らせに来たのだという。早馬で。迷惑極まりない行為ではあるが、次弟は叔父には頭が上がらないので強く出ることはできない。猫馬鹿の叔父は獣医の弟にとって強力な後ろ盾なのだ。子猫を譲ったり、猫を嫁がせたりした知人や羽振りの良い愛猫家に猫ちゃんのかかりつけ医として次弟をどんどん紹介しているのだという。
「まあ、早めの特効薬がよく効いて、ヘンリー・ローとタイニー・ベルも雨降って地固まるんじゃない?」
「あの二人に雨が一度でも降ったことあるんですかね……」
鋭い返しだが、「今がまさに歴史に残る本降りだろう」と笑い返す。少なくとも自分が末弟を連れてオーキッド侯爵家に通っていた限りの記憶では、子犬が二匹じゃれ合うような微笑ましい光景しか見たことがないし、二人が喧嘩をしたという報告は一度も耳にしたことがない。それに、年頃になっても猫一匹分までの距離を空けるというオーキッド侯爵からの厳命を末弟は律儀にもきちんと守っているようだ。
「ヘンリー・ローはよく言えばタイニー・ベルの前では優しくて素敵なお兄様、悪く言えば格好つけたがりなところがあるからなあ」
「元々二人ともおっとりした性格だからというのも大いにあるのでしょうが、二人ともこちらが気後れするほどのんびりしていますしね。ああ、でも」
次弟は懐かしそうに青い瞳を細めた。
「タイニー・ベル嬢が『大きくなったら王子様になりたい』と言いだしたときのあれは面白かったなあ。ヘンリー・ローが『王子様のお嫁さんではだめなのか』と顔を朱くしたり青くしたり白くしたりと忙しくしているのは見応えありました」
「確かにあれは気の毒なほど愉快だった。そういう格好悪いところも情けない部分も全部見せてこそ、絆とか関係とか一層深まるものなんだが。……二人とも実に可愛いね」
「なるほど、経験則ですか」
こちらの左手の薬指をまっすぐ見つめる青い瞳ににっこり笑う。
「ところで、速やかにヘンリー・ローのおねだりについて真剣な議論をしたいのだが」
「いわゆる男女の関係が特に大きく進展しないレベルのものに三千ジェム」
「あっ、待て! 俺もそっちなのにお前もそうだと全然賭けにならないだろう!?」
しれっと迷いなく答える次弟に抗議の声をあげると、胸の上にいた猫が逃げてしまった。彼女は一拍置いて次弟の膝の上でごろごろ喉を鳴らしている。薄情だが逞しい。
「いやあ。二人ともすっかり大きくなったなあ! うんうん。この良き日は是非とも我が家の猫ちゃんと一緒に記念に残す必要がある!」
唐突に扉が開き、ご機嫌な叔父の声が室内に弾けた。叔父の懇意にしている画家殿もにこやかに笑い、頭を下げてくる。すっかり白くなった髪が揺れた。
「……叔父上。そのご趣味、まだ続けていらっしゃったのですか?」
「みゃあん」
かつては次弟にも末弟にもその婚約者の少女にも懐こうとしなかった母猫で、今はすっかりおばあちゃんになった猫が、げんなりする次弟を元気づけるかのようにとびきり甘い声で返事をした。





