62/81
いつもはお兄様
王子様とお嬢様。
冷たくやわらかいものが額に触れた。ヘンリーは瞬いた。イザベルの華奢な手のひらが額を気遣わしげに撫でている。お互いに座っているのでいつもよりずっと顔が近い。
「お加減はいかがですか?」
宝石箱のとっておきのアメジストに似た瞳いっぱいに自分だけが映されているのがたまらなくて、視線を慌てて剥がす。咳払いをして息を整え、大丈夫だと頷いた。
どうしてここに来たのかを問えば、お兄様たちからヘンリーお兄様の一大事とお聞きしましたので、と少女はヘンリーの崩れた銀髪を整えるようにやわらかく撫でた。
「ヘンリーお兄様、わたしに何かできることはありますか?」
首を傾げた少女の淡い金髪が揺れる。その頬に指先を滑らせ、耳元に掠れ声で囁いた。
「それだけで良いのですか?」
イザベルは三度瞬いた。一拍置いてから言われたことを咀嚼できたのか、髪を撫でる手のひらの動きがぴたりと止まった。そして、頬を染めてはにかんで笑った。
「ロー様……」
聞き慣れたはずの自分の名前。初めてイザベルに紡がれたその音は、とびきり甘くやわらかくヘンリーの胸の奥を焦がした。





