いつだって王子様
王子様と王子様のお兄様
二年ほど前の話だ。叔父の屋敷から早馬の知らせがあった。子猫たちに水の都の土産を用意していなかったことについて問い詰められるのかと首を捻りながら彼が参上すると、問答無用で客間に通された。
叔父ご自慢の子猫たちが、みゅうみゅう訴えながらソファを取り囲んでいる。足元にふわふわ擦り寄ってくるのをやんわり避け、後ろから近寄る。座面に頭を預けた末弟が手足を丸めてラグマットに座っていた。青い目は冬の空のようにしんとしている。
叔父が猫を抱っこしながら眉を下げた。ヘンリー・ローは珍しくしょげているのだ、と。護衛も首を傾げながら、「ヘンリー殿下はここ五日ほど仕事後に公爵閣下のお屋敷に直行しています」と報告してくる。喉を鳴らして甘える猫を撫で、叔父は静かに言う。
「我が家のとびきり可愛い猫ちゃんたちを撫でれば元気がたちまち百万倍は湧くものだが、ヘンリー・ローがこんなにもしょげたままなのが気にかかってお前を呼んだのだ」
長兄も次弟も口下手なので、叔父は自分に白羽の矢を立てたのだろう。四人兄弟の中で、この末弟を一番構っていたのは確かに自分である。と――末弟が深刻そうに息を吐いた。目線の先はふわふわした子猫にはなかった。客間に飾られた肖像画である。そこには叔父ご自慢の猫と一緒に淡い金髪と紫水晶の瞳の少女が描かれていた。
しょげた理由も叔父の屋敷に通う事情も非常にこそばゆかった。婚約者の手による刺繍入りのものを自分はまだ一度ももらったことがないと拗ねたのだという。常ならば少女からの言葉を待つのに、待ちきれず少女につい告げた自分に対して末弟はしょげているのだ。顔を合わせ辛いが恋しくて幼い日の少女に会いにこの客間に通っているのだ。
末弟は初めて自分を「ヘンリーおにいさま」と呼び、無邪気に慕ってくれたイザベル孃が可愛くて仕方がないのだ。いつだってこの少女の歩みを、四つ年上のヘンリーはイザベル孃だけの理解ある素敵なお兄様として、やさしい王子様として待っていた。
「たまにはお前が待つのをやめたって良い。あの子だって気にしないだろう」
末弟は静かに首を振った。銀髪が目元に僅かにかかり、光を散らした。
「いいえ、兄上。僕たちの婚約は僕が希って散々外堀を埋めて固めて始めた関係なのです。イザベルが婚約も婚姻も何もかもまだ知らないうちに、あの子の将来をもらい受けることを僕の我儘一つで定めてしまったのです。ですから、イザベルが歩み寄ってくれるのを僕はいつだって待ちたいのです」
薄く敷かれたどこまでもやさしい王子様の笑み。肖像画を見つめるスカイブルーの瞳の影はずっとやわらかい。たまらなくなり、彼は末弟の銀髪をわしわし撫でた。
当時の実況はやはりこちらのお兄様にお任せします。





