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親の心子知らず・事件編

おうじさまとおじょうさま

 小さな婚約者は、こちらの姿を認めるなり練習の手を止めてぴょんと立ち上がった。いつも通り真剣な表情で、けれどもまだぎこちなく淑女の礼をしてみせる可愛らしい姿につい笑みが零れそうになるが黙して待つ。

 ピアノのそばまでゆっくりと歩く。彼がかがんで視線を合わせて微笑めば、少女は頬をほのりと朱く染めた。窓からの陽光を受けて淡い紫色の瞳が煌めいている。

「こんにちは、タイニー・ベル。なにか素敵なことでもあったのかな。ご機嫌だね」

 こくこくと嬉しそうに頷き、少女は大きな猫のぬいぐるみを椅子の中央に寄せ、自身は右側へと素早く座り直した。左側――いつも二人で並んで連弾をするときの予約席である――に彼が腰を下ろすと、隣でイザベルがやわらかく笑う気配がする。とっておきの秘密を打ち明けるかのように小さな両手で筒を作り、ヘンリーの耳元に囁いた。


「おとうさまが、ねこ一匹までならば良いですよって」

「ねこ」

「はい。ええと、ねこちゃんならばしかたないって殿下もおっしゃるはずだと言っていました」


 朗らかに笑う少女につられて彼も頬を緩めた。

 先週の訪問時に叔父の屋敷で子猫が生まれたという話をしたら、好奇心いっぱいに大きな瞳をきらきらと輝かせ、話の続きを熱心にねだってくれたことを思い出す。子猫のことを、少女が小さな体いっぱいに手振り身振りで家族に伝える姿が目に浮かぶ。侯爵も一匹までならば、と飼うことを許したのだろう。子猫の行き先がまだ決まっていなければ、オーキッド侯爵家を叔父に進言しようと彼はこっそり決意した。

 でん、とイザベルと彼との間に鎮座する、とても大きな白銀の猫のぬいぐるみの背を撫でながら、優しい声を出す。

「来週、すぐ上の兄と、叔父上のところの子猫を見に行くことになったのだけれど、君も一緒に来てくれるかな」

 先週はサロンで見かけなかった猫のぬいぐるみの背中は、とてもやわらかく抜群の手触りであった。子猫に熱を上げた娘可愛さに侯爵が贈り、少女の一番のお気に入りになったであろう光景まで目に浮かぶ。

 山のように大きく、やわらかな触り心地を持つこの猫のぬいぐるみは万有引力ならぬ万有惹力を所持しているのかもしれない。もふもふでふかふかの背中を、イザベルと仲良く並んでゆっくりと撫で、ヘンリーはこっそり笑った。

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