子犬の淑女力
お兄様とお嬢様。
「一体何だ? 藪から棒に」
久しぶりに定時で帰宅したら、歳の離れた妹が学院の制服のまま背中に縋りついた。
上司と未来の舅と食事をするときの安心安全な攻略方法は何ですか、などとよくわからない質問をいきなり仕掛けてくる。返事をするまで「お兄様、お兄様」と子犬のようにぴょこぴょこ後をついて来た。めげないところは小さい頃からちっとも変わらない。
「……なるほど。それで父上と殿下の二人でお食事を?」
細い腕のどこにそんな力があるのか、妹はこちらの袖をきゅうと掴み、書庫へと追い立ててきた。早口の説明を聞き終えて、ニールは眉を顰める。
「たとえ給料三ヶ月分の食事を振る舞ってもらえるとしても、舅兼上司と二人きりで食事をするのはいくら殿下でもお困りになるだろう。絶対にやめなさい」
少なくとも自分は嫌だ。胃に穴が空く。まして、遅くに生まれた娘を目に入れても痛くないほどに可愛がっている父のことである。娘のお願いならばできる範囲で叶えてくれそうだ。しかし、その一方で娘を攫っていくことが早くから公的に確約されている殿下には手厳しいのだ。イザベルが夢見るように『ヘンリーおにいさま』のことばかりを口にし始めた時分からのことなので、娘を持つ父親という生き物は大層大人気ない。
初等学校時代からの友人――第二王子殿下――の末弟であるヘンリー殿下とは、ニール自身も付き合いは長い。公的に義弟となることが約束されているとはいえ、殿下が幼い頃から交流があるのだ。恐れ多いが、兄のような気持ちで成長を見守ってきた。そんなヘンリー殿下を給料三ヶ月分のお礼という名の針のむしろにさせるのは忍びないものがある。お礼どころかお礼参りになってしまう。
「もっと相手の気持ちや立場を考えなさい」
「……わかりました。考えが足りず、ごめんなさい」
妹はしゅんとしたように頭を下げた。後ろで高く結い上げていた淡い金髪が、遅れてしおしおと落ちてくる。叱られた子犬の尻尾のようである。素直なのは妹の長所であるが、少し言い方がきつかったかなと頭を撫でてやる。と――
「殿下のお気持ちを考慮する重要参考資料として統計を取ることにします! お兄様、今までにもらって嬉しかった贈り物は何ですか?」
菫色の瞳を好奇心いっぱいにきらきらさせて尋ねてきた。
転んでもただでは起きないとはこういうことか、とニールは帰宅後何度目かの深いため息をついた。





