二人の距離・前編
おうじさまvs.おじょうさま
春から夏、夏から秋。一昨日より昨日、昨日より今日。婚約者と二人で一緒に過ごす時間を、頁を捲るように少しずつ重ねてイザベルと打ち解けてきたように感じていたのだが、もしかしたらそれは思い込みだったのかもしれない。ヘンリーは内心首を傾げる。
オーキッド侯爵邸のサロンのピアノでいつも通り二人並んで連弾をしているが、今日はイザベルとの距離がなんだか遠い。鍵盤を滑る小さな指も、奏でる音もほんのり遠いのだ。一曲終えた。大きな猫のぬいぐるみの背を撫で、いつものもふもふ感を確かめると少女が微笑む。こちらの袖を小さな手のひらできゅうと引き、ヘンリーに耳を貸すようおねだりしてきた。淡い菫色の瞳に笑い返して耳を寄せると、やわく弾む声がする。
「おとうさまがあたらしい椅子を発明したのです! とてもすごいのです、とても!」
「うん?」
分からずに眉を上げると、少女はほどけるような笑みを落とした。白銀の大きな猫のぬいぐるみを胸に引き寄せて、とん、とクッションを突く。
と――少女とぬいぐるみが座ったまま緩やかに遠ざかった。否、自分の座面が左に、イザベルのそれが右へとみょんみょん伸びていく。「ねこちゃんが留守でも伸びるから安心安全だとおとうさまが言いました」と誇らしげに笑う声がサロンに明るく響いた。





